58.Side.S 大人達の会合
サイドストーリーです。
部屋の中を漂う冷気に、僕は大きく大きく、ため息をついた。
「……オーヴェ、貴様その顔なんとかならんのか」
「何。昔と変わらず美しいでしょ」
「そういうことを言っているのではない」
アラン達が城を訪れたその日の夜、王城の奥まった一室、陛下の私室には旦那様、奥様、そして自分の3人が集っていた。
一番豪勢な椅子に座る陛下の向かいに、ぶすっとした表情で椅子にもたれる旦那様。
二人の直角に置かれたソファには、奥様と自分が座り、あと一人、カザンが来るのを待っていた。
カザンの帰郷の前に、陛下は私的な場を設けたかったのだろうが、それにしてもタイミングが悪すぎる。
「そうねえ、出会った頃を思い出すわあ」
奥様はうふふ、と可愛らしく笑い、超絶不機嫌の旦那様をあたたかく見つめる。
いや奥様、そこは旦那様を諌めて欲しいんですが。
「なにが気に入らんのだ」
陛下はグラスに酒を注ぐと、飲み始めた。
旦那様の態度に苛立っているのか、カザンが来るまで待ちきれなかったようだ。
旦那様はとっくに飲み始めている。それでも顔色も機嫌も変わらないんだから、ある意味すごい。
「気に入らないこと?そうだね、私達を襲った賊の黒幕が捕まえられないこと」
「それは今調査を」
「あと、フィリアの式典出席。仕組んだのはアンタだろ?」
「……どうしてそう思った」
旦那様は長い足を組むと、陛下に向き直った。
「アラン達のこと、私は君よりもよーく、知ってる。あの単純思考の二人は、フィリアに王城に会いに来ることは思いついても、式典にフィリアに出席してもらう、なんて思いつくわけないだろう。そもそも式典の出席者が誰か、知らないはずだ」
「さて、どうかな」
陛下はグラスを回して楽しそうに旦那様の話を聞いている。
口端をわずかにあげて笑う陛下は、どう見ても悪人面だ。
「陛下が出席されるなら、フィリアの出席は不要だろう?そそのかした誰かがいないと、二人が動くわけない」
「そうとして、何故貴様は出席を許した?気に食わんのなら止めればいい」
陛下の指摘に、旦那様はますます眉間の皺を深くした。
若作りの旦那様が、眉間に皺を作ると随分に年相応に見えるなあ。
「私だって、考えることはあるのさ。ずっと守っていられる訳ではないから」
呟くと、ぷいと顔を背ける。
「フィリアはもう16になる。今からでも息子の婚約者と発表させてもよい」
「その話は断っただろう?」
「ああ、あの娘自ら断りを入れてきたんだ。今から数年前に。…もうフィリアは子供ではない」
僕には旦那様の気持ちがよく分かる。
小さい頃からフィリアを見てきた。いつまでも避けてはいられないと王城に来たけれど、僕達はフィリアが何かを決断するのが怖いんだ。
それが、自分達の手を離すことになりそうで。
フィリアをたった一人、この国の象徴にしてしまいそうで。
「そうねえ、私もあの子はそろそろ、自分で動いてよいと思いますわ。いつまでも能力も立場も秘めておけませんもの」
「…リディア」
「それに、恋をすれば一気に大人になりますわ。もうすぐかしら、楽しみね」
奥様の発言に、ぎょっとしたのは僕だけでない。
「な、何を言い出すんだリディア!フィリアにはまだ恋は早い。お付き合いも婚約も結婚も早い。フィリアは…ずっと…ずっと……」
「あなたがそう仰るからいけないのでしょう?ねえ、ダン?」
「ぼ、僕は!…僕は…フィリアが、幸せになればそれで……」
「もう、我慢ばかりすると体によくないわよ」
奥様は軽く頬を膨らませると、拗ねたように顔を背けた。
母親であっても可愛らしい仕草に、僕は苦笑いするしかない。
「失礼します。……おや、お楽しみですね。遅くなり申し訳ありません」
侍従に案内され、入ってきたのはカザンだ。
陛下と旦那様の様子を見て、面白そうに片眉をあげた。
陛下に促され、奥様と僕の向かいのソファに座る。
「陛下、私的なお時間だったのではありませんか。私もいてよろしいのでしょうか」
「なに、そなたがそう言って時間をくれぬから、夜に呼びつけたのだ。このまま故郷に帰るつもりだったなど、寂しいことを言うわけではあるまい」
カザンは陛下に気に入られている。少年時代から嫡男でありながら留学し、そして頭角をめきめきと現した。
陛下がこのまま残るよう、かなり強く慰留したという噂は、城に勤める者全員が知っている。
「私のような若輩者が陛下にお時間を取らせる訳にはいかないと思いまして。けれど、ありがとうございます。この国で学べたことは宝です」
陛下がカザンの分の酒を用意させる。あれは、かなり強い高級酒だ。確か竜をも殺せるとか。
琥珀色のその液体をカザンはうっとりと見つめる。フィリア曰くのふっさふっさと横に揺れる尻尾に喜びが表れているというべきか。そうか、カザンの好きな酒だったのか。
「では、皆、杯を。我が国に、その血と能力をもって偉大な功績を残した、カザン=セベリアに、乾杯」
陛下の声にあわせて、僕達は杯を交わす。
「ダン、そなたはカザンの成した偉業を知らぬであろう。誰もそれを偉業と思っておらぬからな」
「と、仰いますと?」
突然話を振られ驚くが、カザンの偉業とは一体何なんだろう。
「拾われてこの城にきたそなただ。疑問に思わず受け止めてしまったかもしれんな」
「この城に、なにかをもたらしたと?」
僕は考える。セベリア領から持ってきたものでもあるのだろうか。
「それを言うなら、ダンも同じですよ。フィリアにずっと仕えていることが、当たり前になっている」
「それは、僕がセベリア領にいた頃から側にいてただけであって」
「ふむ、そうだな。確かに、それも一種の功績かもしれん」
「でしょう?」
陛下とカザンはお互いに頷きあう。全くわからないまま僕は旦那様に振り返った。
陛下が言いたいことはなに。
旦那様は、相変わらず不機嫌を見せながら、答えてくれた。
「ダン、リーヴェル国は、少し特徴があってね。圧倒的に人間が多い」
「そうですね、お師様に拾っていただいた当初は、自分以外の獣人を見ませんでした」
「君だって、この城の人間からいやごとを言われたことがあるだろう」
「ああ、"人間派"ですか」
「そうした派閥が出来たのも、近年なんだよ。カザンが来るまでは、この城には獣人はひとりもいなかったから」
「え……?」
思い返すと、城の使用人は皆人間ばかりだ。それも金髪が多い。たまたま、そんな人を集めただけだと思っていたけれど。
「そうか……」
なんだか、色々と腑に落ちた。
「私は、能力があれば種族は問わないつもりだ。だが、いざ城に入れるとなるとな…」
陛下の声が、右から左を通り抜ける。
僕は、これまでこの城で一部の貴族から言われたことを思い出し、それがお師様やフィリアと関係ある自分でも言われていたことを考える。
この国に後ろ盾のないカザンはどうだったんだろう。
そして一番腑に落ちたのは。
「だから、最近のフィリアは悶々しているようだったんだ……」
寝言でもふもふ…とか、つるつる…とか、ざらざら…とか呟いては涙していたフィリアのことを思い出す。
会えないアランや双子達のことで泣いているのかと思っていたけれど、そういえば城には僕やカザン以外の獣人がいなかった。
寂しそうなフィリアには悪いけれど、変な獣人の輩が混じっているよりかは安全だったかも、と考えてしまう僕だった。
ママさんの発言にぎょっとする男性陣。
そしてダンには色々と筒抜けなフィリアさん。
ダンが、フィリアの寝顔や寝言を見た(聞いた)のは偶然です。決して夜中に部屋に浸入したわけではありません。




