53.抱きたい男
「あら、ダン様!今日はどんなご用事?」
「ダン様!採れたて新鮮のサーシャがありますよ」
「まあ、今日はお夜食にしては早く……え、違う?失礼いたしました」
城内冒険を始めて、早々に気づいたことがあります。
ダン=ヴァネル、彼は侍女達からモテモテの男性でした。
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「いや、違うから。皆、構わないで仕事をしていて。……サーシャは残しといて」
ダンは、寄ってくる侍女達をきっぱりと追い払った。サーシャの葉だけは確保したようだけれど。
「ダン、さま……?」
思わず呟いた声に、ダンはびくうっと大きく肩を震わせた。
「いや、あの、誤解だから。全然、この辺りに顔なんか出してないから」
「ふうん」
小声の弁解に、そっけない声が出た。
あら、なんだかパパさんみたい。
ダンがあちこちの部署に顔を出すと、使用人達は先ほどのようにダンを歓迎する。
どうも、ダン一人で来たと思ったようで、後ろでそっと顔を伏せ、控えている私なんか見えていないのだ。
リネン室では「ふっかふかのシーツとタオルに替えておきましたよ!」と言われていたし。
いえ、私だってふっかふかのシーツとタオルだし、食べたい時に食べることもできるんですけど、そういうことじゃないんです……
いじける私を余所に、ダンと使用人達の会話は続く。
「ダンさま、お菓子もありますよ、ベリーのタルトに林檎のクッキー!」
ああ!私の好物ばかり並べたてて!
「そ、それは貰っておこうかな…。なにか、小さな籠にでも入れて」
「そう仰ると思ってました。はい、フィリア様によろしくお伝えください」
……え?
「ダン様がこちらにいらっしゃるときは、サーシャのサラダか、フィリア様のお菓子を求めておいでですもんねえ」
「先日の事件があって、私達も心配しているんです。精霊に愛されし姫様のお命を狙うなんて、どんな不届き者かしら」
「フィリア様のお心が少しでも癒されますように、檸檬のフィナンシェも足しておきますね」
使用人達の思いがけない言葉に、私は顔を上げそうになった。
直接言葉を交わす機会も、顔を見ることもなかなかないというのに、ダンを通じて彼女達の優しさを私は受けていたのだ。
ああ…檸檬のフィナンシェ、大事に食べよう…。
「ありがとう、フィリアもきっと喜ぶよ」
ダンが、私をちらっと横目で見て答える。
うん、とっても嬉しい。
皆、優しいなあ……
キッチンを出た私達は、中庭へと出た。
広くて植木の多い中庭は、身を潜められる場所が多い。その危険性は頭に残して、どこかで、貰ったばかりのお菓子をいただきましょう。
「思っていたよりも、出入りの多い城なのね」
ひとり言のように呟いた声に、ダンはきちんと返事をくれた。
「特に、昼以降のこの時間はね。業者は午前中に用意したものを持ってくるし、貴族方は午後から起き出しているからね」
「そうよね…」
見た限り、城の門で身分確認すれば、あとは自由に動けるようだった。
区域ごとに、何回も身分確認をするといったことはなさそう。
「これが普通なのかしら…」
「リーヴェル国の王城は、門戸を開き、開放しているといってもいいかもしれない。それでも、陛下や旦那様達の私室がある階や、執務室、もちろん謁見室は、兵士達が警備しているし、個人つきの護衛もいるけどね」
城といっても、城のほとんどは街中から入ってくる人々が働いている。
建物に入るのは、案外簡単そうだ。
「……私が部屋で軟禁されるのも、仕方なさそう…」
「おや、やっと分かった?それなら」
「帰らないわよ!中庭と修練所はきちんと冒険するんだから!」
「ちっ」
ダンが!私に!舌打ちを!
大きくショックを受けた…ふりをして、私は中庭を駆け出した。
ふふん、今更ダンの舌打ちぐらいで驚きません。
「あ!フィリアの馬鹿!」
ダンは走り出した私を追いかけようと、その体を風で浮かせる。
「なんぞ、騒がしい」
闖入者の声は、私がふざけてダンから離れたその隙に聞こえてきた。
慌てて私は茂みに姿を隠す。
咄嗟の防衛反応とはいえ、侍女服を着ている私が茂みにいるのを見つけられたら、それはそれでなんと言い訳しよう。
ダンは、私を追いかけるのを止め、闖入者に向き直ったようだ。
「これは、メイヘル伯爵。ご機嫌麗しく」と挨拶する声が聞こえる。
なんだ、闖入者はメイヘル伯爵か、と私はほっとひと息吐いた。
メイヘル伯爵といえば、王都近くに領地を持つ中堅どころの貴族だ。
お手入ればっちりの茶色の口髭を、くるりんくるりん弄びながら、いつもお茶会やパーティで会うとにこやかに接してくれる、おじさま貴族だ。
メイヘル伯爵に顔を見られたらすぐバレてしまうわ。
茂のなか、背を向けた格好だけれど、私はじっと身を潜める。
「獣が王城の庭で、なんぞ」
そうそう、メイヘル伯爵といえば、言葉の端々に古めかしい表現が出て、それがなんだか愉快な様子で……………は?
「カザンを探しているのです」
「おお、いやじゃの。この王城には犬猫の類が多くて。栄えあるリーヴェル国の、誉れをなんとしようか」
「…御用がなければ、失礼いたします」
「フィリア殿下はいかがか。やはり側仕えがおらねば、苦労しましょうぞ」
「フィリア殿下には、私が」
「けがらわしい。獣が一端の者となろうか。ああ、いやじゃの。精霊姫となろう方に、頼れる者をつけられぬとは」
メイヘル伯爵は、チャームポイントの口髭をふるふると揺らした。
私は、空いた口が塞がらない。
え、なにを仰っているのかしら、この髭伯爵は。
どういうことかしら、ダンが頼りないとでもいうのかしら。
カザンを、犬猫の類ですって?
けがらわしいって、どこの誰が?
ダンやカザンが、リーヴェル国に来てから私をずぅっと守ってくれていることは、周知のこと。
それを、頼りないですって。
何よりも、ひとに対して、けがらわしい?
こ、この、
ダンの!カザンの!
もふもふの素晴らしさがわからないとは人間じゃないわね⁈
艶やかな毛並を手入れとマメなブラッシングで上質なシルクのような手触りにしている、カザンの努力がわからないのかしら⁈
本当はごわごわ毛質を、特別に開発した薬品でさらさらに整えているダンの優しさも!
おかげでぎゅぅって抱きついても、頬が痛くないのよ!
彼らの努力が、見て取れぬとは、人の上に立つ資格なし!
ええい、そこに直りなさい、不届きものめ、フィリアが成敗してあげる……!!
次回、フィリアによるもふもふ講座が始まります、こうご期待くださ(誇張500%)
げふんごふん
なお、ダンくんは侍女達の「一度でいいから抱いてみたい男性」ランキングで不動の1位を獲得しているそうです。
フィリア以外人を寄せ付けないため、抱きつきの成功者はまだいないということ。
※活動報告にて小ネタ掲載しました!そちらもよろしくお願いします(o^^o)




