51.お見舞いはお静かに
「お父さま!お母さま!」
一週間ぶりに会うパパさんは、心なしか顔がほっそりしています。
思わず、パパさんが寝る寝台に駆け寄ってしまいました。
扉が閉められる前で、侍従達から見えていたのに。
フィリア、淑女マナー失格ですわ。
******
「ああ、フィリア。元気かい?」
寝台から身を起こしたパパさんが、両腕を広げて迎えてくれる。私は迷わずその胸に飛び込んでしまいました。
「お父さま……私のために、ごめんなさい」
パパさんは傷の深さは大したことがなかったものの、鏃に塗られた毒のため、一昼夜高熱に苦しんでいたと聞きました。
「何を言うんだ、フィリア。可愛い娘のためなら、父親の冥利に尽きるというものだよ」
ぎゅうっと私を抱きしめて、なだめるように髪を撫でてくれる。
「でも…」
「でも、じゃない。私で本当によかった。賊もそう思っているかもしれないね。フィリアでも、リディアでも、私は賊を許さなかったから」
「お父さま……」
パパさん…男前すぎるよ…。あ、ママさんってば、ほんのり頬を朱色に染めて。惚れ直しちゃっていますねわかります。
「…旦那様、ご自身の怪我でも賊を許しませんでしょう」
「おや、ダン、なにか言ったかい?」
「いえ、何にも」
パパさんは、私を寝台横の椅子に座らせて、漸くダンやカザン、皆が集まっているのに気づいたようです。
「やあ、カザン達も。よく来てくれたね」
声も穏やか、表情も朗らか、それなのに、アランやジャンはじり、と一歩後ずさりました。
アランは顔を引き締めると、片足でとん、と地面を蹴ってから頭を大きく下げる、変わった一礼をしました。
「殿下、ご無沙汰しております」
「アラン、ハサンに勝ったそうだね。カザンでも成し得なかったことだ。素晴らしい」
「もったいない御言葉、ありがとうございます」
咄嗟にアランがした礼は、セベリア領の戦士がよくする形らしい。
本来は、試合なんかで槍を持ったまま行う形式なんだと、カザンが小声で教えてくれる。
ふむふむ、つまり戦う前の戦士の礼ということなんですね……ん?
「それに、私達を守ってくれた。アラン、礼を言いたい。ありがとう」
「アラン様、ありがとうございます。この人が軽症で済んだのも、あなたのおかげよ」
パパさんにあわせ、ママさんも深々と頭を下げた。
ところで、とパパさんは笑みを深くした。
「今日は君に礼を言いたくて、呼んだんだが。私的な呼び出しだが、先にフィリアとも会えたようだな」
「…最初、侍従武官には、殿下は療養中につきお目通りできないと聞きまして」
「ふうん」
「それで、アラン達が私を訪ねてきたんですよ。オーヴェ殿下もフィリアに会えなくて寂しい頃かと思いましてね。フィリアとダンに声をかけて、皆で伺いしました」
カザンが、パパさんのそっけない相槌に言葉を返す。
パパさんの視線を受けて、ようやくジャンも会話に加われた。
「ご無沙汰をしております、オーヴェ殿下、リディア様」
「まあ、ジャンね?立派な青年になって、わからなかったわ」
「リディア様はお変わりなく…いや、ますますお美しくなられたのでは?」
「もう、ジャンくんは昔から上手ねえ」
ママさんは、ころころと声をあげて笑った。
あれほど毎日パパさんに美しさを讃えられていても、嬉しいものは嬉しいらし…え、パパさんの肩が震えている?!
「ジャン、旦那様の前で奥様を口説くなんて、死ぬよ」
「まあ、ダンったら、面白いことを言うのねえ」
「いえ奥様、冗談じゃありませんから。旦那様、枕の下の短刀を握らないでください」
ダンの言葉に、ジャンはえ!と驚いたようだ。真っ白い、今日も美しい毛艶の尻尾がぴんと立っている。
「口説くも何も、真実を述べたまでなのに…」
ジャン!君のフェミニスト精神は心底根付いているんだね!ママさん、ますますにっこりしちゃったよ!
「……真実、か。確かに、真実には違いない」
パパさんはぶつぶつと何か呟くと、枕の下からそっと手を抜いた。
本当に何か隠してあるのかしら、ダンもよく知っているなあ。
「お父さま、舞踏会でも会えましたけれど、幼馴染ですもの。こうやって会うことができて嬉しいですわ」
なんだか不穏な空気を感じ、私は早口で割り込んだ。
「私も、アランに御礼を言いたかったわ。それに、彼らがいてくれたから、部屋からの外出許可が出たのよ」
護衛のダンに、セベリアの戦士3人だ。アランの実績を見ても、ちょっとやそっとの襲撃では挫けないだろう。
「フィリア……」
パパさんは、なにか考えるように私を見つめる。
「犯人の特定と、対策が打てない状況で部屋から出るのは危険だからね。カザンに代わる護衛を探しているんだが、なかなか見つからなくてね…どうしたものか」
「分かってるわ、お父さま。あの、私考えてみたの。もし、カザンの護衛が見つからないようであれば」
私も護身のための精霊術を修行してみようと思うのだけど、どうかしらーーーーーーー
「あ、あの!」
「アラン?」
私とパパさんの会話を遮る、大きな声。
「俺は、フィーリを守りたい。会いたいだけじゃない、フィーリを守れる男になって、会いに来ようと修行してきたんだ」
「アラン……」
なんということでしょう、あの小さかったもふもふ毛玉のアランが、狼に似た顔つきを凛々しくさせて、パパさんに申し出ています。
大きく伸びた背も、いつもより高く見えます。
アラン…立派な青年になって……
思わずじぃんと、心にきてしまった。
胸の前でぐっと手を握り込んでしまう。
「駄目だ」
「…殿下!」
「駄目ったら、駄目だ。君がいくら親友の息子といえど、カザンの弟といえど、駄目なものは駄目。そもそも、君はこのリーヴェル国に留学に来たんだろう」
「それは…」
「学生の本分を忘れるな。ジャン=シュヴァン、君も同じだ」
「……かしこまりました、殿下」
「ジャン!」
「アラン、殿下のいうとおりだ。聞き分けなさい」
「兄上!でも、それではフィーリが…」
「フィリアには、ダンがついているから」
ジャンやカザンの言葉でも、アランは納得いかないようだ。
「ふふっ」
「フィーリ…?」
なんだか、昔を思い出してしまった。アランと一緒に誘拐されたときも、アランは真っ直ぐ素直で、でも、私のことを守ってくれようとしたんだ。
「アラン、お父さまの言うとおりよ。リーヴェル国の学園は素晴らしいと聞くわ。学ぶ機会は大事にしなくては」
「フィーリ……」
「だから、ジャンと、時々遊びに来てくれる?私にも、どんな学園生活か教えて欲しいの」
王族の子女とはいえ、私は世間に出ることを控えて学園には通っていない。
そもそも、学園には男子ばかりが通っていて、あえて目立つことをしたくなかった。
「お父さま、時々来てもらうことは、いいかしら?」
「……時々、なら許そう。私の名前で入城許可を出す。カザンか、ダンを訪問すること」
「やったわ!お父さま、ありがとう!」
私はにっこり笑って、アランに振り向いた。
「アラン、ジャン、また来てね。ダンと一緒に待ってるわ」
「うん、フィリアと一緒に待ってやろう。必ず僕を最初に訪問するんだ、間違えるな」
ダンは、私の横に立つと、ふふんと腕を組んだ。
あら?ダンも嬉しいのかしら、なんだか機嫌良さそう。
あ、サーシャのサラダは食物繊維たっぷりだから、やっと満腹になったのかしら。
「フィーリ…フィーリ……。フィーリが、そう、言うなら……」
反対に、アランはしょぼんとしてしまったわ。
うーん、カザンと同じく、ステーキでいいかしら。
満腹になれば元気も出るわよね。
私は退出するアラン達を見送り、カザンに小声で食堂へ行くことを勧めた。
カザンは「フィリアは、可愛らしいね」ととんちんかんな言葉を残して去っていったわ。
…ん?ダン、私なにか、不作法しました?
活動報告にて小ネタ募集しています。
よろしければリクエストしてくださいませ(o^^o)




