50.隠された眼光
「わあ、やけ食いかい?ダン」
「カザン!」
サーシャのサラダ(大盛り)をダンに捧げるところをカザンに見られました。
こ、これは…
カザンにも、ステーキを用意しなければいけませんね……
***
ダンは部屋のなかで、もっしゃもっしゃとサラダを平らげています。
カザンが入口に姿を見せると、
「…カザン、準備は落ち着いたの」
咀嚼を終え、口元をナプキンで拭きながら、カザンに話しかけました。
うん、やはり満腹になってもらうって大事なことですね。ダンもご機嫌良さそうです。
「おかげさまで、なんとか。フィリア、こんな時に護衛に就くことができず、申し訳ない」
「いいの、カザン。ダンがいるし、今は警備を固めてもらっているもの」
「今は、だろう?それに、そろそろ部屋のなかは退屈だと思っているだろう?」
「そ、そんなことは…あるんだけれど」
誤魔化しきれずに頷くと、カザンはふふ、と笑って後ろに手招きした。
「陛下に願い出て、彼らの入城を許可していただいたよ」
「彼ら…?」
思わず首を傾げると、私室の次の間から姿を見せたのは、懐かしい顔だった。
「フィリア!久しぶり。ああ、聞いていた噂以上だ、なんて美しいレディに」
「ジャン!リーヴェル国に来ていたの⁈」
驚いて大きな声を出してしまった。
アランと同じく、数年ぶりに会う白猫の獣人、ジャン。
黒のセベリア装束が似合う、素敵な青年になっていた。
アランパパが着ていたデザインとは若干異なり、腰布の小さな隙間から、くるんくるんと動く長い尻尾が見えている。
「そうそう、これもしておかないと」
ジャンは私の前に立つと、優雅に騎士の礼をする。
「フィリア殿下には、ご機嫌麗しゅう。…騎士として貴女のような姫を守護できれば、最上の喜び」
驚く私と目が合うと、茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせた。
ジャンの優雅な所作に見惚れていると、カザンは感嘆したように数度手を叩いた。
「さすがジャン、そつないね。それに比べて…アラン、いい加減入ってきなよ」
「す、すみません、兄上…」
次の間の入口から、おずおずと入ってきたのは、先日再会したばかりのアランだった。
「アランも来てくれたの?」
「あ、ああ、フィーリ。その…怪我は、大丈夫?」
言われて、ぴんと思い当たった。
背筋を伸ばし、ドレスの裾をつまむと深々と礼をする。
「きちんと、御礼も申し上られないままでしたね。アラン様、先日は危ないところを助けてくださり、ありがとうございました。おかげさまで、私はかすり傷程度、父は背に矢傷を受けましたが、快方に向かっていると伺っております。母は、無傷でなによりですわ」
私室への先触れなしの訪問で、非公式な場とはいえ、ここはきちんと淑女の礼を見せないと、せっかくのマナーが泣いてしまう。
ただ堅苦しいのも愛想がないので、顔をあげると、私はアランににっこりと微笑んでみせた。
「…本当に、ありがとう、アラン」
「おっ、俺は!当然のことをしたまでで…!」
アランは大声をあげると、また入口の陰に隠れてしまった。
背中が丸見えだよー……装束が、ばっさばっさと横揺れしているのはなんで?
ぽかん、とアランを見ていると、横からカザンの呆れたようなため息が聞こえた。
「…アラン、フィリアの顔も見れなくなってどうするのさ…」
「これが、アランの言ってた笑顔か…。確かに、刺激が強い」
カザンとジャンの呟く声は聞き取り辛い。え、私なにか不作法しました?
「…フィリアは悪くないよ。アラン!いい加減に中に入って、扉閉めて」
痺れを切らしたらしいダンが、アランに怒鳴る。
あ、あれ…サーシャのサラダ、足りなかった…?
アランが扉を閉めると、ダンは切り出した。
「カザンも、こんなときに先触れもなしに来るなんて、どうしたのさ」
私の前に立ち、カザンと対峙する。
ローブの裾がふわふわ揺れているということは、臨戦体勢ということだ。
ダンの背中から、ひょっこりと顔を出して、皆の様子を伺う。
「ごめん、ダン。一言も知らせないなんて、無神経だった。…さすがだね、僕らでさえ詰問するなんて、護衛の鑑だ」
「世辞はいい」
「ふふ、分かっているよ。そうだな、理由はいくつかあるんだけれど…」
カザンははたと、言葉を区切って私に目をやった。
「フィリア、オーヴェ殿下に会いに行かないかい?」
「お父さまに?」
予想外の言葉に、私は反芻してしまった。
パパさんの治療と、私の護衛もあり、この一週間パパさんに会えていない。
「そう。今日、アランやジャンを王城に呼んだのはオーヴェ殿下だよ。殿下に、話を聞くのが一番早いんじゃないかな」
パパさんが呼んだと聞いて、ダンはますます顔を顰めた。
ああ!黒と白のもふもふのコントラストが!皺ができる事でもふもふ感がごわごわ感に!駄目だよダン!もふもふ感を大事に!
「旦那様の名前が一番聞きたくなかった…。いいよ、フィリア。旦那様に会いに行こう」
「いいの⁈嬉しい、お母さまにも久しぶりに会えるわ」
パパさんの看護にママさんは付きっ切りだ。何回か、この部屋にも顔を出してくれたけれど、高熱を出したらしいパパさんの側にいてあげてと、私も頼んだのだ。
渋々ながら、ダンは次の間の侍女に先触れを頼みに行った。
ダンが私から離れたほんの数瞬。
「やっぱり、女の子は笑顔が一番だね」
ジャンがさらりと言うものだから、照れてしまった。少し頬が熱い。
「ジャ、ジャンは…相変わらず、優しいんだね」
「ジャンは、相変わらず、女の子にだけ、優しいな」
「…ダン⁈」
ぐいっと割り込んだ声と体は、つい先ほど侍女と話していたはずのダンだ。
「ダン……こんなにすぐ戻ってこなくていいのに」
「ふんっ。どいつもこいつも…油断ならない。目を離していられるもんか」
ダンがぎろりとジャンを睨む。が、黒のもふもふに隠された鋭い眼光は、伝わっているのだろうか。
また機嫌の悪くなったダンを宥めながら、私達はパパさんのところに向かったのだった。
「おや、王太子殿下、ご機嫌麗しゅう。フィリアの部屋にいらしたのですか?」
「あ、ああ、カザンか。そうだ、フィリアの…フィリアの……」
「……フィリアの、なんです?何故顔がそんなにも赤いんですか?お膝抱っこぐらいでしたら、殿下は慣れていらっしゃいますよねえ」
「(しまった!)い、いや、なんでも」
「なんでもないわけないでしょう。さあ、殿下、大人しく白状しましょうか」
「そ、そのう…白くて、柔らかくて…」
「…は?」
「やっぱりなんでもない…!」
「あ!殿下!しまった…逃げられたか…」
フィリアがサーシャのサラダを用意する間に、部屋の外ではこんな会話が繰り広げられていました。




