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48.SideS 言うことをきかない

思ったより長くなりました。

サイドストーリー(アラン視点)です。

ガランッ


大きな音を立てて、相手の手から槍が落ちた。


「しょ、勝者……アラン=セベリアッ!」


審判が判定を下すと、観衆が大きくどよめいた。

そのどよめきが、歓声に変わるまでの時間はわずか。



観客にとっては、まさに新たな歴史に立ち会った瞬間であり、俺にとっては、念願叶った瞬間だった。



****



「ぃよっしゃー!!父上に勝った!父上に勝った!」


控室に戻った途端、喜びが爆発した。


思わず飛び上がると、天井に頭をぶつけそうになった。

尻尾は千切れんばかりにブンブンと揺れていて、耳もピコピコと動く。

この喜びは抑えようにも抑えきれない。


「ジャン!俺、ついに、勝ったぞ!」


俺はジャンに向かって、何度目かわからない雄叫びをあげる。


毎年開催される武芸大会で、長剣の部門に出場していた親友は、数年前からあっさりと優勝を手にしていた。

白猫の獣人であるジャンは、俊敏さと柔軟さを活かした剣術で相手を翻弄する。

ついでに観客の女性の心を掴んで、女性人気ナンバーワンの剣士として有名だった。


「やっとだね……。いい加減、アランを待ちきれなくなっていたよ」


「うるさいな!15になる年に間に合ったんだからいいだろ!」


やれやれと、首を振るジャンに噛み付くように返す。


ジャンだってリーヴェル国に行きたいと思っていたのは知ってる。でもジャン単身での留学は認められていなかった。俺の留学が決まって、初めて同行という形で認められるらしい。


苦節数年、これまでの苦労を思い返して、つい指折り数え始める。


「リーヴェル国に行く条件はこれで達成したはずだ。もう父上に止められるもんか」


兄のカザンは幼い頃から留学していたのに、俺がリーヴェル国に行くことは両親に強く反対されていた。

粘りに粘り、引き出したいくつかの条件を、俺は順に達成してみせた。

ひとつ、中等科は首席で卒業すること。ひとつ、領地改革の施策素案を作ること。ひとつ、教養を磨くため、毎年母上の誕生日に歌か絵の新作を披露すること。ほか、諸々。


周囲から「無理難題」と笑われた「父上に槍で勝つ」ことさえ、ついに達成したのだから、俺がどんなに嬉しいか、想像がつくだろうか。


「まさか本当にハサン様に勝つとはなあ。未だに信じられないよ」

「ふん、リーヴェル国に行けば嫌でも実感するさ」


ようやく居心地を落ち着けると、俺は愛用の槍を、刃も柄も鋼鉄で仕上げた特注の槍をぶんと振り回す。

父上に勝つにはどうすればいいか、経験に勝る槍技を身につけられるか、散々考えた末がこの槍だ。


経験でも技でも敵わないなら、力とスピードで勝つまで。

練習用に作った鉄槍が、意外に父上にはやりにくいことがわかり、それからはずっとこの槍一本だ。


「馬鹿力のアランが、フィリアを傷つけないようちゃんと守りにいくさ」

「なんだよそれ。俺はフィーリに会いに行くだけさ。兄上がフィーリの護衛をしているらしいから、次は俺がフィーリを守るんだ」


ふんふんふん、と鼻歌混じりに鉄槍をぶんぶん振り回す。

ジャンの呆れた声も気にならない。リーヴェル国、楽しみだなあ。



****



数ヶ月後、俺はリーヴェル国王城で、きょろきょろと落ち着かないでいた。


リーヴェル国王陛下の誕生日を祝う舞踏会に、使節団の一員として招待されたのだった。

呼ばれるなんて思っていなかったから、豪華絢爛な大広間にめかし込んで出席している自分が信じられない。


リーヴェル国に来ればいつかフィーリに会えると思っていたけれど、まさか来てすぐ会えるだなんて。


久しぶりに会う兄上と、お互いの近況を話しながら、今か今かと落ち着かない時を過ごしていた。



「ご入場ー!オーヴェ=ユーメル殿下、リディア夫人、フィリア令嬢のお越しー!」



侍従が読み上げた名前に、耳と尻尾がびん、と逆立った。


緊張と、期待が入り混じり、耳と尻尾が休まることなく振り続けている。


だ、大丈夫だ…今日はジャンの忠告に従って、セベリア領の白の長衣を着ている。

ゆったりとしたその衣装のおかげで、揺れる尻尾は外から見えないはず。



(フィーリが来た……フィーリが来た!)



周りに倣って頭を下げるが、早く顔を見たくて仕方ない。

最後に会ってからは丸6年経った。元気かな、相変わらず花の香りはするだろうか。


(フィーリ……!)


がばっと思い切り跳ね上げた顔は、一点を見つめて固まった。



…そこにいたのは、俺の知る少女じゃなかった。


金の髪も青い瞳も変わらない。隣に殿下が立っていることから、彼女がそうなんだとはわかる。


でも。


口元に浮かべた笑みは、まるで広間中の男に向けているようで。

頭身も伸び、大人びたドレスがよく似合う、女らしい丸みのある体つき。


記憶の中の少女が、ひとりの女性になっていた。

大勢の男のひとりとわかっていても、その笑みに、瞳に惹かれてしまう。


「ああ、フィリアが来たね。うん、今日も可愛い」

兄上の声が、頭のなかを素通りする。


(可愛い…?可愛いと、いうより)


「綺麗、だ」


口を滑った言葉は、思ったより大きな声だったらしい。

兄上だけでなく、国主にまで聞こえたようだ。


「ふむ…。アラン、年はいくつか」

「は、はい。15になりました」

「そうか、フィリア殿下と同じ年か」

国主はふむふむと頷いて、意地悪くニヤリと笑った。


(ええ!なんだよ、それ。俺まずいこと言ったかな)

慌てて兄上を見るが、兄上もニヤリと笑ってきた。

(お、俺の味方は…ジャン!ジャーン!!)

身分の都合もあり、ジャンは今日の舞踏会には来ていないが、咄嗟の立ち居振る舞いは見習うことが多かった。

肝心なときにいないだなんて!



「今日は、フィリアのデビューだからね。ほら、早速侯爵が近づいていった」

兄上の言葉に目を向けると、恰幅の良い男が、息子を連れてオーヴェ殿下と話していた。

どうやら、フィーリに息子を紹介したいらしい。


フィーリは、その息子と若干言葉を交わすと、艶やかに微笑んだ。


(フィーリ……)


遠目からでもわかる。その微笑みは、男に向けちゃ駄目だ。

ああ、ほら。他の男が寄ってきた。


「わあ、早速フィーリも頑張ってるね」

兄上の能天気な言葉に、思わず睨みつけてしまった。


「アラン、なに?」

「……なんでもない」

上手く言葉にできない。

フィーリが、人間の男達に囲まれている。上級貴族の子息達とひと目でわかる、洗練された動きだが、フィーリの纏う空気とは違う。


違うんだ。



「アドルフ=ユーメル陛下のご入場ーー!!」



侍従長が読み上げた名前に、はっと我に返る。

俺達は、陛下の入場を待って、広間の隅で待機していた。

周りは同じように他国から来た貴族や、それを接待するリーヴェル国の大臣達だった。


気づかなかったが、陛下が用意を終えて、いらっしゃったようだ。

ぞろぞろと進む人の流れに、俺も慌ててついていった。



「皆、顔をあげよ。今宵は存分に楽しんでいってくれ」

「陛下、おめでとうございます。陛下のご健勝とリーヴェル国の繁栄を神に感謝申し上げます」

「おめでとうございます」



陛下は広間の中心で、臣下の皆に言葉をかけた。

オーヴェ殿下が言葉を返し、招待客一同で倣った。


一礼のあと顔をあげると、フィーリがさっと陛下に向かってくるのが分かった。

オーヴェ殿下の次は、フィーリ。


(少し、遠いな……)


なんだかフィーリが遠い存在に思えて、目を逸らす。

兄上の影に、思わず体を隠してしまった。


「アラン?」

「いや、その。なんだか目立ってしまった気がして」


咄嗟に返せたのは、上手くない理由。

兄上は、ふふ、と微笑むとそのまま立って塞いでくれた。



「陛下、おめでとうございます」

「ああ、フィリア。今日がデビューか、美しいな」

「ありがとうございます」


近くで聞こえた声は、俺の知っている、フィーリの声だった。


「紹介しよう、各国の皆様、我が姪のフィリアだ。今宵がデビュー。初々しいと思わんか?」

「まあ、陛下。お恥ずかしいですわ」


陛下は、俺達を向いて、両手を広げフィーリを紹介する。

ころころと、鈴の音のような笑い声をたて、フィーリは扇で口元を隠す。


「今宵がデビューですか。それでは是非、ダンスの相手をお願いしたいものですな」

「貴殿より若者がよかろう、今日は私の息子を連れてきております。陛下、いかがでしょうか」


陛下に早速紹介されたとあって、他国の貴族達も浮き足立ってしまった。

数少ないリーヴェル王族の姫君だ。縁があるならと、意気込む貴族も多かった。




「よろしければ、陛下。」


各国の代表が賑やかに話す声を、遮ったのは、国主だった。


「我が国の、戦士にその栄誉を下さらぬか」

「ほう、戦士とは、そこにいるカザンのことか?」

国主の言葉に、陛下は面白そうに片眉を上げた。

リーヴェル国の軍服を着せるぐらいだから、兄上がいかに優れた戦士であるか、陛下はよくご存知だ。


「いえ、先日我が国一の戦士となった、アラン=セベリアです。アラン、前へ」




「え?」


呼ばれた名前に、思わず聞き返してしまった。

一斉に、人の視線が俺に集中する。


(え、今、なんていった。俺、今なんて言われた)


咄嗟に動けずにいると、兄上が体をずらして、前へ進むよう促してくれた。

なんとか数歩歩み、フィーリの前に立つ。


俺の様子なんて気にもかけず、国主は話を続ける。

「先日、我が国で武芸試合がありましてな。槍の部門でこの者が優勝したのです」

「貴国では、もう何年も同じ人物が優勝していたのではなかったか?」

「ええ、このアラン、カザンの父親ハサンがもう二十年以上我が国一の戦士であったのです」

「ほう…子が父を越えたか。フィリア、どうだ?デビューのパートナーとなる、栄誉を与えてやるか」


父上のことは、陛下もご存知だったらしい。

陛下に聞かれたフィーリは、そっと目を伏せた。長い睫毛がふるふると揺れている。

まさか、嫌なのだろうか。



「…私でよろしければ」



小さな囁きに、じり、と背に走るものがあった。

一歩前に出て、左手をフィーリに差し出す。


「それでは、私と一曲」


ダンスなんて、久しぶりだ。

上手く踊れるかわからないけれど、今は何よりこの機会を逃したくない。


おずおずと、右手を乗せてくれるフィーリ。

少し強引に、手を引き寄せるとびっくりしたようだった。


鼻腔をくすぐる花の香りに、安堵した。


(フィーリだ…やっぱり、フィーリだ)




気持ちを言葉に出来ないまま、音楽が変わったのでフィーリをエスコートして、広間の中央へ出る。



「フィーリ、やっと、会えた」



向かい合って、ようやく出せた声は掠れてしまった。

聞こえたかな、もしかして、フィーリは俺との約束なんて忘れてしまっただろうか。

不安な気持ちに襲われたのは、一瞬で済んだ。


「…うん、アラン、会いたかった」


俺の知ってる、フィーリの言葉だった。

慌てて顔を見ると、にこりと笑うフィーリと目があった。



(……ああ!もう!)


だから、その微笑みは男に向けちゃ駄目だ。

駄目なんだよフィーリ……


長衣の下で、尻尾がばっさばっさと大きく振り始める。

駄目だ、落ち着け尻尾。耳も止まるんだ。


長衣が捲れることはないだろうが、端からみて気づかれては困る。困ると思う。



ぐっとフィーリの手を握ると、俺は毅然と前を向いた。


集中しよう。



それから俺は、一言もフィーリと言葉を交わさなかった。


これ以上はないかというぐらい、真剣に挑んだダンスのおかげで、アラン=セベリアは戦士でありながら紳士、ダンスの大変上手い男と広間中で噂されたと、後から兄上に聞かされたのだった。






言うことをきかない(主に尻尾が)


ちなみにカザン兄様の軍服は尻尾が外側に出ているスタイリッシュ軍服です。


セベリア領の装束は、涼しいだけでなく尻尾も隠せる先人の知恵が詰まった衣装です。



【小ネタ追加】

活動報告に小話追加しました。(26.5.9分)

これがほんとの○○○………

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