47.楽しい宴も終わり
「フィリア、そろそろお暇しようか」
カーテンの向こうからパパさんの声がかかる。
私はそっとダンから体を離した。
頬からもふもふの感触が離れるのは名残惜しい。
おめかしローブだって、滑らかな生地触りが私好みだった。
「…じゃ、僕は仕事に戻るから」
「ええ、ダン。お仕事がんばってね」
いつも通りそっけない事を言って、ダンはベランダからふわりと体を浮かし、庭へと降りていった。
風の精霊術師であるダンは、自由自在に空を飛べる。会場周辺の見回りと、要所に風の精霊の罠を仕掛けるのが主な担当らしい。
「お父さま、お母さま、ありがとう」
煌びやかな会場に戻り、そっとパパさんとママさんの側に近づく。
「うふふ、フィリアも、今日のデビューは楽しめたかしら?」
レースの扇で口元を隠しながら、ママさんが聞いてきた。
いたずらが成功した子どものように、目を細めて笑っている。
きっと、カザンやダンにこの段取りを計画させたのはママさんなんだろう。……パパさんは気のせいか、忌々しげに天井の灯りを見つめているし。パパさーん、フィリアが戻ってきましたよー。
「お父さまはね、フィリアの成長に感動しているの」
「そ、そうなんだ……?お父さま…?」
なにやらぶつぶつ呟いているパパさんに恐る恐る声をかけると、ようやく気づいてくれた。
「あ、ああ、フィリア…。今日は楽しめたかな?安心しなさい、今日フィリアに声をかけた男は全員侍従長が記録している。気に入らない男がいれば言いなさい。二度と近づけさせないから」
え?!ここは気に入った男がいるか聞くところでなくて?!
「そうね…特に、いなかったわ」
「そうか、それは残念だな」
パパさん?!娘の出会いをどうお考えで?!
深く聞くと墓穴を掘るように思えて、私は追求することは止めた。
パパさんは、ママさんと私の手を取ると、来たときと同じように出口までエスコートしてくれる。
私達が帰るのがわかったのだろう、何人か声をかけようとした子息達が居たが、パパさんにひと睨みされて引き下がっていった。
…パパさーん。確かに出会いを求めてきたわけではありませんが、露骨過ぎませんかー。
夜会はまだまだ続く。それこそ夜を徹して皆楽しみ、屋敷に帰るのは昼前という者も出るだろう。
陛下もある程度過ごしたら、退場するようだし、最後まで過ごすのは、出会いを求める年頃の男女くらいかな。
私には、思いがけない再会があったもの。
今日のところは、これで十分だわ。
広間を出て、長い長い階段を降りる。
今日はレイアちゃんとテオくんの待つ、愛すべき我が家、城下の屋敷に帰るようだ。
馬車着き場へ向かう私達の前を侍従が先導している。
ほかの係が、私達の馬車を呼びに行っており、馬車着き場に着く頃には馬車が待っているという素晴らしい仕事っぷりを見せてくれる。
ほら、もう馬車が来ている。
「さあ、リディア、君からどうぞ」
パパさんはママさんを先にエスコートする。
その間私はパパさんの横で待っているのだ。
「フィーリ!!!」
大きな声が私の名前を呼ぶ。
「屈んで!」
振り向こうとしたその時に、そう言われてどれだけすぐ反応できるのだろう。
「…え」
「フィリア!」
パパさんの怒鳴り声と共に力強く腕を引っ張られる。
ジュッ
「…っぐ」
パパさんが私を抱きしめるのと、何かが当たる音が同時に聞こえた。
「…お父さま?!お父さま!」
矢が刺さったのだ、と理解したのは数瞬経ってから。
私を狙って放たれた矢を、パパさんが庇って受けた。
「あなた!フィリア!」
馬車のなかから一部始終見ていたママさんが悲鳴をあげる。
「リディアっ、フィリアをなかに…」
「だめ!お父さまも!」
背に矢を受けながらも、パパさんは私を馬車に無理矢理詰め込もうとする。
抗えない力の強さに、パパさんの余裕のなさがわかる。
馬車に放り込まれながら、私は慌てて周りの様子を確認した。
賊は、兵士は、助けは、どこに。
馬車の周りは騒然としていた。
目の前で王族が撃たれたのだ。駆けつける兵士がいておかしくないのに、皆、突然現れた賊と応戦していた。
いや、むしろ賊に仕留められている、が正しいかもしれない。
助けを呼ぼうと走った兵士は賊に殺され、王城の玄関周りというのに、立っている人がどんどん少なくなる。
「…まさか今日とはな……」
馬車の入口を守るようにパパさんは立ち塞がる。剣を抜くも、典礼用に飾りのついた宝剣は実践向きではない。
「だめ!お父さまもなかに!」
服を引っ張るが、パパさんは馬車のなかに入るつもりはないようだ。
どうにかしないと、と考えて私は愕然とした。
じいやから学んだり、ダンと練習した精霊術に、攻撃用のものはない。
水中に長く潜ったり、空を飛んだり、火をともしたり、どちらかというと生活や護身に役立つものばかりだ。
兵士を倒すと幾人かの賊はこちらに向かってきた。
当然だ、元から狙いはこちらなんだ。
「……ど、どうし」
「フィーリ!!」
バギッ
響く音がして、こちらに向かっていた賊の体が吹っ飛んだ。
「アラン!」
銀色に輝く長槍を、横薙ぎに払い、アランが舞っていた。
こちらに向かってくる賊を後ろから追いかけ、次から次に沈めていく。
アランが仲間を討っているのに気づき、兵士を倒した賊も向かってくる。
「アラン!うしろ!」
「…ハッ!」
槍の柄で後ろの賊の腹を突き、返す槍でもう一人の賊を沈めて。
槍は休むことなく舞い続ける。
「フィーリ!中に入れ!」
賊を討ちながら、馬車まで来たアランは、パパさんの首根っこを掴み、体を持ち上げると文字通り馬車に放り込んだ。
ば、馬鹿力!乱暴に見せかけて背は庇ってるあたりが気遣っているんだろうか。
馬車の扉が閉められると、アランの姿は見えないが、槍がなにかを砕く音だけが次々に聞こえる。
ほんの、数分だったはず。
絶え間なく聞こえていた戦闘音がぴたりと止んで、静かになった。
キィ、と馬車の扉が開くと、そこにはアラン一人が立っていた。
「…フィーリ、もう大丈夫だよ」
銀の槍が月明かりを受けて、鈍く光っている。
月光のもと、賊を討ち倒したアランの姿は、私の知らない人のようだった。
この夜会でのアランサイドのサイドストーリーを次話か次々話で書く予定です。
略して尻尾サイドストーリーです。




