46.踊りましょう
広間の中央で、見つめ合いながら踊る私達を皆どう思っているのだろう。
話したいことはたくさんあった。
約束を、まさかアランが果たしてくれるなんて。
記憶よりもずっと大人びたアラン。
もう随分昔だけど、赤ん坊の頃はあんなにぷにぷにしていたのに、鍛えたしなやかな体躯にはもう面影がない。
結局一言も言葉を交わさないまま音楽が終わってしまった。
最後のターンを終え、アランの前に戻ると、互いに深く一礼をする。
ずっと踊っていたいけれど、二曲目もアランと踊ってはいられない。私はアランにエスコートされ陛下のもとへ戻っていった。
陛下はアランにエスコートされる私を見て、またニヤリと笑ったようだった。
陛下に声をかける間もなく、その後アランを皮切りに貴族子息達からダンスを申し込まれ、私は何曲も何曲も踊る羽目になった。
(頬が…足が…つる……!!)
痙攣しそうになる表情筋を押さえ込むのは大変でした。
「フィリア、私とも一曲」
「カザン!」
「ふふ、今日は護衛じゃないから。たまにはいいだろう?」
「ええ、お受けしますわ」
そろそろ休憩したい!というときにカザンが誘ってくれたので、私はお誘いを受けることにした。
最初は序列に気を遣ったけれど、途中からは申し込まれた順に引き受けた。
どうも侍従長が後ろで手を回していて、あまりおかしな輩は近づけないようにしてくれているらしかった。
音楽も緩やかなものに変わった。
カザンは私の腰に手を添え、軽く引き寄せる。
互いの体が近づくこの体勢は、こっそり話をするのに向いている。
「フィリア、私は故郷に帰るよ」
「…うん、カザン。わかってた」
「何年もこの国に滞在してしまったからね、父上の後を継ぐにはしばらく時間がかかるかもしれない」
「ふふ、セベリア領を継ぐために、王都で色々と学んでいたんじゃない」
6年、カザンが側にいてわかったのは、彼がどれほど故郷を愛しているかということ。
陛下に気に入られて、私の護衛も命ぜられて、どうなるかと思ったが、カザンが故郷に帰れるなら祝福しないといけない。
「カザン、寂しいけれど、あなたの道に神の祝福がありますように」
「ありがとう、フィリア」
緩やかに踊っていた私達だけれど、気づけば広間の中央から随分と移動して、パパさん達のいる窓側まで来ていた。
カザンは、人が少ない隅っこに、私をさりげなく連れてきてくれたようだった。
音楽が変わり、私達は互いに礼を。
そのとき、カザンがさっと片膝をついて私の手を取った。
「麗しの姫君、精霊達だけでなく皆に愛されし姫君、我が忠誠をあなたに」
手にキスが、カザンの鼻先が触れた。
「え…⁈」
思わぬ言葉にびっくりする私を笑って、カザンはさっさと立ち上がった。
あっという間の出来事に戸惑っていると、ぐいと腕を引っ張られた。
「カザン!このっ…」
「やあ、ダン。お仕事お疲れ様」
「僕がいないのをいいことにっ」
「広間に出てきていいのかい?ほら、さっさと外に出る」
ダンに腕を引っ張られ、もふんと私はダンにぶつかってしまった。
「あらあら〜フィリアったら、ぼうっとしないの。お父さまが見てくれているから、休憩してきていいわよ?」
「え、お母さま?どういう」
「フィリアはこっち!」
再びダンに腕を引っ張られると、パパさんとママさんが立つ大窓の向こう、ベランダに連れていかれた。
私とダンがベランダに出ると、カーテンがしめられ、パパさんとママさんがそこに立ってくれたようだった。
これで広間から他に人は来れないだろう。
「ったく…カザンのやつ、最後と思って目をつぶっていれば調子に乗るんだから」
「ダン…?あの、これはどういう?」
今日、ダンは万が一のことが起きないよう、警備に駆り出されていたはずだ。
それが、いつもの作業用ローブと違って、おめかしローブを着て目の前に立っている。
「フィリア、今日デビューだろ」
「ええ、そうよ。ダンだって、よく分かってるじゃない」
「疲れてるだろうから、旦那様達と企んで、ベランダで休む時間を作ったんだ」
「そうなの…?ありがとう」
確かに夜会は初めてだけど、お茶会ではいくらでも社交してきたというのに、今日に限ってダンはどうしたというのかしら。
不思議に思っているのがバレたのか、ダンがしかめっ面をする。
や、しかめっ面といても、もふもふ白黒の毛皮があるのでしかめてはいないんだけど、そんな感じの表情だ。
「ああっ…もう、違うな」
ダンはがしがしと頭をかいた。あ、肉球がちょっと赤い。
「どうしたの?ダン」
声をかけると、ダンはきっとこちらを睨んだ。
「フィリア、僕とも一曲踊ろう」
「え?」
「べ、別にいいだろ。いつも練習に付き合っているんだから、僕だって踊れるさ」
「いやあの」
「それとも何、今はそんな気分じゃないって言いたいの」
「別にそんな」
「ふーん、アランと踊れたのが楽しかった?カザンとも踊ったくせに」
「ダン!!」
早口でまくしたてるダンに大きな声を出すと、びっくりしたようだった。
「もう、ダンってば、まくし立てないでよ。……ええ、喜んで。踊りましょう?」
「あ、ああ、ごめん。そうだったね。踊ろう、フィリア」
広間のカーテンから漏れ聞こえる音楽にあわせ、私達はゆっくりと踊った。
小さい頃からダンと練習してきたから、どんなタイミングでもばっちりと息をあわせて始めることができる。
緩やかに、流れるような時間。
ダンの肩に、私の頭を乗せる。
ゆらゆらと揺れ動くと、とても安心する。
「フィリア、よくがんばったね」
ダンの言葉が、優しく身にしみいった。
活動報告に小話アップしました。
「そのころアノヒトは〜○○○編〜」です!




