45.モテても困ります(ただし人間に限る)
フィリアです。
意外です、モテてます。
「姫、今日もお美しい。初めての舞踏会で緊張していませんか?飲み物をお持ちしましょう」
「フィリア様、初めまして。お会いできて私の胸はまるで少年のように高まっていますよ」
「フィリア殿下、以前姉の開いたお茶会に来てくださいましたね。あのときも思いましたが、まるで花の妖精のよう。今日は艶やかな花を思わせます」
侯爵令息のディランを筆頭に、私のところへ次から次へとやってくる貴族子息達。
整った顔立ちに、舞踏会に相応しい華やかな服装。
それに甘い声音で囁かれる優しい言葉。
うう…なんだかモテすぎて引いてしまう。
あまりモテすぎても困るもんなんですね、いえもちろんレイアちゃんやテオくんにちやほやしてもらえるなら、いくらでもちやほやしていただきたいんですが。
例えダンがある日「実は双子だったんだ…」と生き別れの兄を連れてきても全然構わない、むしろありがとう。ぜひそのふかふかな2人に挟まれてふかふかしていただきた…いけない、私ったらつい取り止めもないことを考えてしまったわ。
「まあ、皆様、一斉にお話にならないで。私、皆様とゆっくりお話したいもの」
「これは失礼、フィリア殿下。我々も、噂の姫君とようやくお話できて興奮しているのです」
目の前の青年達は、はは、と爽やかに笑った。
おそらく、父親に命ぜられて私のところに来ているのだろう。
耳触りのよい言葉に、当たり障りのない会話。
彼らと話していても、益はないなと私は早々に見限ることにした。
(もうすぐ陛下がいらっしゃるはず。祝辞を述べに、この輪から離れましょう)
特訓の証である、完璧な貴婦人の笑みを顔に貼り付け、私は陛下の登場を待っていた。
今日、ダンは舞踏会の警備に駆り出され、裏方である。
カザンも、後から招待客として来ると聞いているので、いつものようにエスコートも護衛も任せきりではない。
(パパさんも近くにいるし、ダンもどこかから見てくれているはずなんだけどね)
目の前の子息達から視線を離したとき、侍従長が大きな声で陛下のお越しを告げた。
「アドルフ=ユーメル陛下のご入場ーー!!」
貴族達の注目が一斉に浴びせられる。
いつものように、厳しい顔つきで広間の中央へ進まれる陛下。
今日が誕生日だというのに、相変わらずの無表情である。
豪奢な衣装には文句のつけようがない。陛下の鍛えられた体躯をより立派に、存在を偉大に見せた。
陛下のあとは妃殿下、大臣、他国からの客人がぞろぞろと続く。
近づく陛下を淑女の礼をして出迎える。
「皆、顔をあげよ。今宵は存分に楽しんでいってくれ」
「陛下、おめでとうございます。陛下のご健勝とリーヴェル国の繁栄を神に感謝申し上げます」
「おめでとうございます」
陛下の言葉に、パパさんがお祝いの言葉を返し、一同が倣う。
陛下が鷹揚に頷かれた後、ようやく顔をあげることができる。
私はゆっくりと顔をあげた。
にこやかな笑みは絶やさず、まっすぐ陛下を見つめる。
その完璧を装った私を見て、陛下はニヤリと笑ったようだった。
(なにか、あるのかしら…)
子息達の輪を抜けて、私は陛下のもとへ歩み寄った。
パパさんの次に続けるのは私なのよ、と周りに知らせるように。
陛下の後ろに続く大臣が、一歩退き、他国からの客人を前に誘導した。
リーヴェル国を囲む複数の国々の国主または国主代理がぞろぞろと陛下の近くに並び始めた。
(………え?)
そこには、隣国の国主もいた。複数の自治領の代表のような男だ。そして、その後ろにはセベリア領子息のカザンが黒の軍服姿で控えていた。
「…陛下、おめでとうございます」
「ああ、フィリア。今日がデビューか、美しいな」
「ありがとうございます」
陛下のお褒めの言葉も、どこかふわりと頭のなかを通り抜けていく。
「紹介しよう、各国の皆様、我が姪のフィリアだ。今宵がデビュー。初々しいと思わんか?」
「まあ、陛下。お恥ずかしいですわ」
私はころころと笑う自分の声を意識した。
扇で口元を隠し、目はそちらに向けた。
「今宵がデビューですか。それでは是非、ダンスの相手をお願いしたいものですな」
「貴殿より若者がよかろう、今日は私の息子を連れてきております。陛下、いかがでしょうか」
「よろしければ、陛下。」
各国の代表が賑やかに話す声を、よく通る、低い声が遮った。
「我が国の、戦士にその栄誉を下さらぬか」
「ほう、戦士とは、そこにいるカザンのことか?」
隣国の国主の声に、陛下は面白そうに片眉を上げた。
「いえ、先日我が国一の戦士となった、アラン=セベリアです。アラン、前へ」
国主の声につられるように、皆がそちらに目を向けた。
促され、前に出てきた姿を見て、私は息を飲んだ。
記憶にある幼い顔つきはどこにもない。
狼に似た相貌が、こちらをじっと見つめている。
(アラン……)
セベリア領でよく着られる白の長衣が、体の線を隠しているが、すらりと伸びた身長は見上げるほどだ。
時折辺りを伺うように、耳だけがぴくぴくと動いていた。
「先日、我が国で武芸試合がありましてな。槍の部門でこの者が優勝したのです」
「貴国では、もう何年も同じ人物が優勝していたのではなかったか?」
「ええ、このアラン、カザンの父親ハサンがもう二十年以上我が国一の戦士であったのです」
「ほう…子が父を越えたか。フィリア、どうだ?デビューのパートナーとなる、栄誉を与えてやるか」
にやりと意地悪く笑った陛下に、私は慎ましげに目を伏せた。
「…私でよろしければ」
ここで、「ぜひ」や「喜んで」など言おうものなら、後で国内の貴族から何を言われるか分からない。
まさか陛下が、カザンの弟とはいえ、他国からの客人をパートナーに勧めるだなんて思いもしなかった。
アランが、一歩前に出て、私に手を差し伸べる。
「それでは、私と一曲」
少し大人びた言葉に驚きながらも、右手を彼の左手に乗せると、静かに音楽が変わった。
アランにエスコートされ、私達は広間の中央へ踊り出た。
向かい合って互いの両手を取る。
「…フィーリ、やっと、会えた」
耳元で小さく囁かれたその声に、視界が滲んだ。
「…うん、アラン、会いたかった」
溢れそうになる涙を誤魔化すように、私はにこりと笑った。
広間中の視線を浴びながらも、一曲は本当に短い時間に感じられた。
カザンの心中
(フィリア、今日も可愛いなあ。ふふっ、アランが来ていると知ったら驚くだろうな)
(えっ、アラン、父上に槍で勝ったのか⁈)
(ああっ、なんて立派になったんだアラン!フィリアをエスコートするだなんて!)
(フィリア、綺麗だよフィリア!あ、いけない目から汗が)
「……カザン、そなた尻尾が千切れそうだぞ」
平素は冷静沈着で柔和、感情を表に見せないカザンも、年の離れた可愛い弟を前にすると、脳内と尻尾が連動されるようです。




