44.デビューします。
フィリア=ユーメル(15歳)、本日社交界デビューいたします。
この日のため用意されたドレスは、青みがかったピンク色のドレス。
とろりとした滑らかな生地を、腰からパニエで大きく膨らませた。
胸元の切り替えは一見シンプルなデザイン。近くで見ると細かな刺繍が全面で施されているのがわかる。
余計な飾りは付けず、胸のラインを綺麗に出したデザインだ。
スカート部分にはレースと別布を重ね、少し動くとふわふわと裾が舞い、可愛らしい。
夜会のような蝋燭の明かりのもとでは、ピンク色にも紫色にも見える。
「まあ、フィリア。素晴らしいわ、完璧よ」
ママさんが着付け終わった私を見て、大きく頷いた。
「ありがとう、お母さま。これなら多少ダンスで失敗しても、大丈夫そう」
どれくらい予算を使ったのか怖くて聞けないが、王族の姫君のデビューに相応しいドレスには違いないだろう。
デビューにぴったりの愛らしさと華やかさを備えたドレス。
「あらあら、あんなに練習したのだから、失敗なんてしないわよ。…あなたもどうぞ、フィリアを見てあげて」
ママさんが声をかけると、扉の向こうで待っていたパパさんが勢いよく扉を開けて入ってきた。
「フィリアっ…!ああ、なんて愛らしい!こんなに可愛い娘をエスコートできるなんて、私は幸せ者だよ」
パパさんは私の姿をぐるりと一周して見ると、大きく頷いた。
「私の見込み通り、いや以上だね。これもきっとフィリアに似合うよ」
「お父さま?」
そっと差し出された布張りの箱。開けると、サファイアのような大粒の青の宝石の首飾りがあった。
「フィリアの、瞳の色だよ。デビューのお祝いさ」
「まあ…!お父さま!ありがとう!」
思わず私はパパさんにぎゅっと抱きついた。
この世界に生まれて15年。15年前から変わらずイケメンで、優しいパパさん。
ママさんのことを世界で一番愛していて、娘の将来を真剣に考えてくれている。
わーん、パパさん!惚れてまうやろー!!
私は涙がせり上がるのをぐっと堪えた。
パパさんは私を強く抱き返してくれる。パパさんも、ちょっと半泣きじゃないかな。
(くっ…こんな可愛いフィリアを悪い虫共の巣窟に放り出すだなんて!)
(あらあらあなたってば。宝石に術を施しておいて何を言うのかしら)
(あれ?バレた?)
(うふふ、あなたのくれた"狼避け"、私もきちんと持っているわよ)
小声で話す両親の会話は聞こえなかった。
さあ、フィリア!パパさんやママさんのためにも、立派なデビューを果たさないといけないわ!
***
「ご入場ー!オーヴェ=ユーメル殿下、リディア夫人、フィリア令嬢のお越しー!」
舞踏会が開かれる王城の広間に到着すると、待ち構えていた侍従が朗々と名前を読み上げた。
先に入場していた貴族の皆様方は、一様に紳士淑女の礼で出迎えてくれる。
私は、右手をパパさんに預け、ひどくゆっくりとした足取りで広間を歩く。
ドレスの裾が波打ち踊るよう。
広間の灯りを、身につけた貴石が弾くよう。
人々の視線が、一心に集まるよう。
ママさんに鍛えられた、優雅であり可憐な笑みを頬に浮かべる。
つっ…と視線を横に逸らすと、貴族の皆様方が私を見つめているのがわかった。
(成功、かな……?)
第一印象で圧倒せよ、先制で打って出よ。
ママさんとじいやにしごかれた、社交界でのルールは先手必勝だった。
今日が私のデビューということで、値踏みにきた貴族も多いことはわかっていた。
何の値踏みか。
もちろん、"精霊達に愛されし姫君"として祭り上げるのに相応しいかどうか。
「ああ、これは侯爵閣下。おいでてしたか」
「オーヴェ殿下、ご機嫌麗しゅう」
「久方ぶりですね」
「ほっほっほ、殿下が掌中の珠を隠しておいででしたからな。いやはや相変わらず美しい奥方だ。姫君も愛らしい」
「まあ、閣下、お上手ですこと」
王族であるパパさんは、自分から話しかけないといけない。
初めに寄ってきた侯爵に声をかけた。
「いやいや真実を言ったまでのこと。…ところで、愚息を姫君にご紹介させていただいても?」
婚姻相手としてどれほどの価値があるか、も値踏みされるひとつであった。
「ええ、もちろん。…フィリア」
「ご機嫌麗しゅう、ザール侯爵、ディラン様」
パパさんに促されて、私は侯爵とその息子の名前を呼んだ。
この舞踏会までにあらかたの貴族の家系図は頭に入れてきた。
向こうにもそれが分かったのだろう、侯爵がニヤリと笑ってこちらを見た。
(あああ……神経使い過ぎて千切れそう……)
今日の流れは、大体聞いている。
まず、招待者があらかた揃ったあと、主役である陛下のご登場、ご挨拶。
それから順に貴族が祝辞を申し上げに行く。
今日の舞踏会のデビュナーも紹介され、音楽が流れればダンスの始まりだ。
まだ陛下も登場していない時点から腹の探り合いだ。
本音でいえばこんな社交は苦手で避けたい。
でも、私はここで大人しくしているわけにはいかないのだ。
「フィリア殿下、噂に違わぬ美しさ。さすが"精霊達に愛されし姫君"でいらっしゃる」
「まあ、ディラン様。伝承の姫君に例えてくださるなんて、詩人ですこと」
この社交界で"フィリア"の価値を作り上げる。
足元を盤石にしたうえで、私は自由を夢見るのだ。
ははは、うふふ、と楽しげな会話を繰り返す。
パパさんとママさんは、ある程度時間が経てば私と別行動の予定だ。
私同様、この舞踏会でデビューする令嬢達も多いという。
若い貴族達はさっそくパートナー探しに夢中になるだろうと言われた。
フィリアも、適当に若者と話して、いるんだったらパートナー探してもいいよ、
と今朝方パパさんには言われている。
ただ、私としてはあまり今日決まったパートナーを作りたくない。
下手に騒がれる相手も作りたくないし、かといって一回もダンスせずに終わるのも今後に差し支えるので困る。
(まずは、こいつをダシに何人か捕まえてやる…!)
前世で凡人の私は、現世での自分の価値をあまり理解していなかったらしい。
その後、広間中の若者達に囲まれて、大変な目にあうことなんて、全く想像していませんでした。
舞踏会が始まる少し前
王太子殿下の私室にて
「……フィリアが、来ない」
「まあ、当たり前でしょうね」
「当たり前ってなにさ!」
「オーヴェ殿下は王太子殿下のことを目の敵にされてますから。寄らせる訳がありません」
「叔父のくせに大人げない!僕はフィリアに会いたかった!」
「はいはい、子どもは寝る時間ですよ」
「カザンは⁈カザンはこの後どうするの⁈」
「もちろん舞踏会に出席して陛下にお祝いを申し上げますよ」
「フィリアと踊るの⁈」
「さあ…ふふ、どうでしょうね」
「!絶対、行かせない!この部屋から出すもんか!」
「殿下、寝言は寝て言えと申しまして。おやすみなさいませ」
「なんだこの縄!いつの間に!カザンの、カザンの馬鹿ーー!!」
こんな会話が繰り広げられたことを主人公は知りません。




