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41.春の祝賀

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花


そんな(ことわざ)がありまして。



四方八方から浴びせられる視線に負けず、私は新しく仕立てたミントグリーンのドレスが舞うように歩を進めた。


今日は王宮の庭園で春のお茶会。


国中の貴族が集まり、新年の祝いを口にする。

夜は華やかな夜会があるが、私のデビューはそこではない。

今日は昼だけ、皆の前に姿を現す。


"精霊達に愛されし姫君"、リーヴェル国に新たな繁栄をもたらす予感の姫君。

新年の祝いに相応しい、華やかな装いが、彼ら貴族の目を楽しませるのです。




幼い頃を異国の地で育った姫君は、少し変わり者。

護衛として側に置くのは、能力の高い獣人達。


元宮廷筆頭術師の愛弟子、熊の獣人、ダン=ヴァネル。

師と養子縁組をした彼は、この春からヴァネルの名を名乗ることとなった。


風の精霊術師であるダンは、常着ている紺のローブから、深緑のローブを新調したようだ。大きく背が伸びた彼は、年齢の割にがっしりとした体格。ローブを着ていることと、毛皮に紛れ分かりにくいが、近づいたときに見えるその落ち着いた眼差しが彼の知性を感じさせた。



フィリアを挟んでダンの反対側を歩むのは、犬の獣人、カザン=セベリア。

隣国のセベリア領領主子息。代々引き継がれた狼に似た相貌と鍛え上げられたその体躯が、彼の戦士としての才を感じさせた。

今日はカザンがフィリアをエスコートしている。

ミントグリーンのドレスを着たフィリアと似合うよう、白の軍服を身に纏った。

彼の才を買う陛下自らが、フィリアの護衛として彼を指名したのだ。





私は、カザンに右手を預け、左手に白の扇を持ったまま、会場を進んだ。

ヒールのある靴で芝の上は歩きにくい。だがそれを感じさせないよう、優雅に、まっすぐ、それでいてたおやかに歩く術を私は身につけた。




6年前のあの日、私は陛下に謁見し、殿下との婚姻を断った。


それからの日々は、一言でいえば地獄だった。

誰にも負けない知性と教養を身につけたい、と口が滑ったばかりに、ママさんとじいやから鬼のように特訓された。

貴族令嬢達の集まるサロンにも顔を出し、流行やセンスを磨き、ある程度の人間関係を構築した。

精霊術の特訓も、ダンにしごかれた。あれは泣いた。派手な特訓が出来ない分、地味な、地道な鍛錬ばかり。あまりにもつまらなくて何度か嘘泣きをして、夜中、誰にも見つからないようダンと大空を飛びに出かけたことが数える程度。


一番の地獄は、平然と暗殺されるようになったことだった。

真っ正面から襲われること、毒が仕込まれること、小説で読んだままの暗殺術が次から次へと出てきた。

護衛としてダンやカザンを連れ回るようになり、徐々になりはひそめたが、しかし。


このままでは精神衛生上よろしくないと、私が隠れ家を改築してもらい、一家の城外の邸宅としたのは察せられるだろう。

もちろん海と直結した池を作り、疲れたときはマイエンジェルズと遊び放題だ。


天使達も今や11歳ぐらい、もとが幼かったからか、9歳の殿下と同じぐらいに感じられる。

いや、殿下が大人びているのかもしれない。



私は護衛2人を引き連れ、ゆっくりと、会場の中心である噴水前のテーブルにやってきた。


「陛下、妃殿下、ご機嫌麗しゅう」

私はカザンから手を離し、ドレスを摘まんで優雅に一礼した。

ミントグリーンのドレスは、実は細かいタックがあり、こうして一礼してドレスの裾を拡げると、明るい黄色のラインが入っているのがわかる。

もちろん歩いているときも、ミントグリーンと黄色のグラデーションを意識して見せるようにしている。

爽やかなドレスでありながら、動きがあって華やかなドレス。

お茶会の衣装としてこれ以上のものはない。


「フィリア、よい、楽にせよ」

陛下のお声がかかって、ようやく私は顔をあげる。

ドレスの下では太ももとふくらはぎがつりそうな勢いでぷるぷるしている。

絶対に顔には出さないけど。


「まあ、フィリア。今日もなんて可愛らしいこと。まるで春の訪れを知らせる妖精のようだわ」

陛下の横に座る妃殿下は、私の格好をお気に召したようだ。軽く手を叩き、喜ぶ様子は、年齢を感じさせない愛らしさだ。


……は、陛下まさか、赤ん坊の殿下を連れ回していたし、可愛いもの好きなんじゃ。



妃殿下のお褒めの言葉に、お礼を言おうとしたまさにその時だった。


風を切る小さな音がした。



カッ


ぶおっ



すぐ、私の両側からいつもの通り音が聞こえた。

私はにこやかな笑みを浮かべると、音の方向を確認する。


右から撃たれた矢は、カザンの剣で叩き落とされたよう。

左から撃たれた矢は、ダンが風を呼んで吹き落としたよう。



最近は闇討ちのような暗殺だけでなく、こうして人前で命を狙われることが多くなった。

特に今日みたいな、たくさんの人が集まる野外は、紛れるにも、成功したときの効果としても、抜群の条件だったんでしょう。



ま、なんとなくわかってましたけど。

ダンとカザンに、絶対狙われるからってくどくどと説教いただき、この可愛いミントグリーンドレスの下は、特製防弾コルセットだ。


「不届者を捕らえよ!」

陛下の大音声が庭中に響く。捕物劇は兵士達に任せることにして、私は会話を続けた。



「王妃様、ありがとうございます。今日はせっかくの春の祝いですもの。そう仰っていただけると幸いですわ」


暗殺騒ぎ?何それ美味しいの?

と言わんばかりにスルーしてみせる。

陛下も妃殿下も大好きだけれど、さっさと御前を辞してお茶でも頂きたいよー。


「うふふ、今日はあの子も来ているの。遊んでやってね、フィリア」

…殿下もいらっしゃっておりますかー、そうですかー。


殿下には悪いけれど、最近の天使達の成長っぷりに、私の煩悩は釘付けである。

ああ、早くお家帰りたいなあ。


「ええ、殿下にお会いしましたら、ぜひご挨拶させていただきますわ」



むっつり陛下と妃殿下に再度一礼し、私はお茶やお菓子の並ぶテーブルへと移動した。


さあていただきましょうねー。

え、なあにダン。サーシャのサラダ?料理長に頼んでおいたからあるはずだって。

カザンは?肉?お茶会に肉だなんて…あったわ。うん、レアだわ、カザン用ね。

あ!こら護衛が離れるな!


私の……私のお茶菓子ーー!!!





第二章 15歳〜




サーシャの葉とは、南の地域で採れる細葉の植物。独特の風味があって、ダンくんの大好物です。

ダンくんがむしゃむしゃ食べる姿から、貴族令嬢の間ではなぜか、ダイエット中にはこれを食べれば大丈夫と人気が出て、今ではどのお茶会でも出される定番サラダになったそうです。

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