40.願い
「私を、殿下の婚約者から外していただきたいのです」
「なぜだ?」
震える声で一気に言った言葉を、陛下はさっと切り返した。
そんなすぐ返されると、つい言葉に詰まってしまうよ…!
「私の能力を、陛下が高く見積もっていただいているのは承知しています。ただ、それが殿下の御為でしょうか」
「まだるっこい」
陛下はじろり、と睨んでくる。こ、このおじさま、下手に出ていればなんと上から物を言ってくるのか!
いやもちろん陛下だからですけど!
「"精霊達に愛されし姫君"を支持する層には、殿下と婚約者であることで一層支持があるでしょう。もう一方で、危険視する集団もいると思います」
私という能力者を手に入れた、陛下・殿下に、燻る火種が爆発するかもしれない。
あまりに力を集め過ぎても、バランスが取れないのではないか。陛下はまとめる力を持っていても、まだ赤子の殿下がどんな王になるのかはこれからなのだ。
「まず、貴族達はそなたを取り込もうと動くだろう。そして、そなたが取り込まれては困る」
「私は、お父さまとお母さまに誓って、陛下や殿下に楯突くことはありません」
私の言葉に、陛下は意外そうに眉をあげた。
「オーヴェの振る舞いを見て、私と仲が悪いと思わないのか」
「仲は……よろしくないかもしれませんが、反抗したいのではないと思います」
パパさん、権力欲はなさそうだ。面倒だとか言って、田舎に引っ込みたい方ではないかなあ。
「私は、この能力を持つからといって、陛下や殿下に楯突きません。婚約者として、囲わなくても大丈夫です」
「ふむ……言いたいことはわかるが、枷がないと、貴族達はそなたを危険視もするし、利用もするぞ」
陛下は、私を試すように聞いてきた。
9歳の女の子が、こまっしゃくれたことを言っていると思ったのだろう。
うん、私も小学生がこんな風に話し始めたらびっくりする。
でも、私の場合、今世だけでない、前世の経験もあるから。
「名目だけの枷はいかがですか?あくまでも私は陛下の姪、殿下の従姉妹。殿下の成長につれ、殿下も婚約者を決める必要があるでしょう。私は決まるまでの候補者のひとりで構いません」
「……よほど、息子と結婚したくないようだな」
陛下は、すやすやと眠る殿下の頬をつつく。
むぶぅ…と不思議な声を出す殿下。
可愛い。
涎が出るどころか、新しく体に穴があくくらいに可愛いよ…!
この動悸は何だっていうんだ⁈
「貴族、王族の女子の務めとして、婚姻があるのは知っています」
私はそこで言葉を切った。
陛下はタルトをひとくち囓り、紅茶を飲む。
私もならって、タルトをひとくち切って口に入れた。
「あるのは知っている、か……」
陛下もそれだけ呟くと、黙った。
2人の間に緊張が走る。
うう…!こういう腹の探り合い、苦手なんだ…!本当は萌えに溺れて欲望のままにげふんごふん。
「そうだな、姪御殿とは会ったばかりで何も知らない。好きな奴がいるのか?」
ぶっ……
私は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。
びっくりした、まさか陛下から、本当に親戚のおじさんから(特に正月に)されるような話を聞かれるだなんて。
前世で親戚の猛攻撃を受けてきた私にこの質問の答えは抜かりない。
「そうですね……残念ながらおりませんの。まだまだこれからですわ。愛しあえる方を探していきたいと思っております」
そう言ってジロリと睨む。繊細な問題だからこれ以上聞くな、と全身から漂わせるのがポイントです。
「ふむ。好きな奴はおらんのか。ますます解せぬ。息子でいけない理由はなんだ。良い、許す。本当のことを言ってみろ」
陛下は顎を撫でると、椅子にどっかりと座り直した。
そして私に答えるよう、首を振って促す。
不敬罪、という言葉が頭をちらついた。
パパさんや陛下の振る舞いをみても、不敬による断罪、ひいては誰かに迷惑をかけないかがずっと心の奥に引っかかっていた。
「だって、陛下」
私は軽く呼吸を整えた。
いいや、もし、何かなったら全力で逃げよう。地の果てまでも逃げて、自給自足の生活をしてやるんだ。
「世界は広いんですもの。私、狭い世界で生きたくありませんわ。まだ未知のことが広がっているのに、9歳で人生の行き先を決めたくありませんの」
世界の果てには、見たこともない獣人さんが楽園を作っているかもしれない。
…くぅ!見ずに死ねるか!!
私の言葉は、陛下にとって予想外だったらしい。
ことん、と陛下は茶器を机に置くと、肩を震わせ始めた。
え、まさか怒ってる?許すっていったよね!
「くくっ……そうか、世界を見るか。そなた、まさにオーヴェの子だな」
陛下は大きな声をたてて笑った。あんまりにも大きな声で私も殿下もびっくりする。あ、殿下泣いちゃった。
「オーヴェも昔、そう言ってこの城を出た。誰かから聞いたのか?いや、いい。偶然なんだろう。そのとき程私はオーヴェを羨んだことはない」
陛下は呼吸を落ち着けると、私を見た。
「だが、王族としての責務は果たせ。受け止め方はそれぞれだ。私はこの城で国の礎となる。オーヴェも、あれはあれで考えている。遊びが過ぎるが」
陛下は小さく舌打ちした。あ、あれ、パパさん一体何をしたんだろう。
「わかりました、陛下。私がこの能力を授かったのもなにか意味があるのかもしれません。陛下のため、国のため、務めてみせますわ」
「そなたの見出したもの、いつか聞かせてもらおう。よい、息子との婚約は解消にしてやる」
一番楽な選択肢、言われるがままの婚姻は蹴った。
これからの道は、自分で考え、自分でなにかしていかなければならない。
フィリア=ユーメル(現9歳)、この先の人生、全力で突き進んでいきます!
第一章 完
次話から第二章から始まります。
もうちょっと大きくなったフィリア達が愛と勇気と萌えを力にがんばります。




