39.すぐに生え変わるらしい
「お母さま、おかしなところはないかしら?」
私は、新しくあつらえたばかりのドレスを着て、くるんと回ってみせました。
今日は珍しくブルーのドレスです。
色の強弱をつけ、濃いブルーが胸元から胸下の切り替え部分まで、足元にかけては白地を薄く染めたブルーの生地を何枚も重ね、裾野が広がる綺麗なラインを描いています。
ピンクのドレスが多いので、ブルーは少し大人びた印象ですが、ラインがふんわりと可愛らしいので気に入っています。
あ、こうやって見ると、瞳の色と同じです。
「ええ、どこもおかしくないわ。可愛いわよフィリア」
ママさんは、王都に来て早速仕立てたドレスにご満悦のようです。
王都の職人技も見てみたい、と王妃様御用達の職人を呼んだのはママさんです。
「…こんな可愛い格好をして、会いに行くのがあの陛下だなんて」
パパさんは、先ほどからずっとぶつくさと文句を言っています。
思わず苦笑いをこぼすと、ママさんがにっこり笑って教えてくれました。
「お父さまは、一緒にお出かけする用と思っていたそうよ?」
だって、フィリアが新しいドレスを心待ちにしていたようだから。
いつもと違う、ブルーのドレスを頼んだのは私です。
「お父さま、お母さま。ごめんなさい。私なりに、けじめをつけたくて、」
私がそう言うと、パパさんは顔をあげて、しっかりと頷いてくれました。
「ああ、陛下に何を言おうとも、私達はフィリアの味方だから。…好きなように言っておいで」
フィリア=ユーメル、これから一人で陛下に謁見いたします。
*******
私達が王城に来てから、3週間が立ちました。
陛下に会えたのは最初の日だけ。
レイアちゃん、テオくんのいる隠れ家に抜け出したあの日、私はすぐに陛下に謁見を申し込みました。
一人だけで、陛下と個人的に謁見したいと申し出たのです。
陛下からは「時間が出来次第連絡する」とだけ伝言があり、それからずっと待ちわびていました。
国務による多忙のため、まとまった時間を確保することができなかったのです。
そういえば、隠れ家でダンに抱きしめられたあと、なんとレイアちゃんとテオくんがダンのお尻に噛み付くというハプニングがありました。
いえ、たまたま噛み付いた場所がお尻だったのですが。
子どもとはいえ、鮫を思わせる鋭い歯で噛まれたダンは、しばらく椅子に座れない生活でした。
「格好悪い」と言って食事も別に取っていたダン。
…………熊のお尻って堅そうですが、どうなのかな。
うん、今度レイアちゃんとテオくんに聞いてみよ……げふんごふん、な、なんだか喉が痛いわ。
さて、いよいよ陛下から連絡があり、今日、ご一緒にお茶をいただくことになりました。
呼びにきた侍女に案内され、庭の一角の四阿に向かいます。
「陛下、お待たせして申し訳ありません」
なんと、席にはすでに陛下が座っていらっしゃいました。
「構わん、座れ」
びっくりする私を促して、陛下はさっさとお茶をいれさせ始めます。
なんていうか、最初の謁見といい、作法のすっ飛び具合がすごい。
「わあ…!美味しそう……!」
用意されたお菓子は、色とりどりの果物をたっぷり乗せたタルト。
可愛らしく小さめに作られたタルトは、蜜が塗られているのか、つやつやと光って宝石みたいです。
「甘いものは好きか?」
「はい!大好きです!」
大きく頷くと、陛下は笑ってタルトを切り分けさせた。
香りのいいお茶と一緒に、綺麗に盛られたタルトがサーブされる。
「息子も、控えさせていてな」
陛下がそう言うと、乳母らしい侍女が殿下を抱っこして連れてきた。
殿下はお昼寝中らしく、ぱんぱんに膨らんだほっぺを首元に埋めるよう、ぐっすりと寝てらした。
ああ!可愛すぎる!
レイアちゃんとテオくんのエンジェルっぷりには敵わないまでも、絵画に閉じ込めたいというか、目を離したら誘拐されそうだ!犯人は私です!
さらさらとした金糸のような髪を見て、私は自分の髪を引っ張った。
パパさんやママさんに似て、綺麗な色とは思うけれどふわふわとした癖毛で、お手入れが大変なのです。
「それで…話とはいったい?」
殿下をじいっと見つめる私に、陛下が切り出した。
ず、ずるいよ陛下!こんな可愛い赤子を前にして!
「その…お願いしたいことが、ございまして」
私は殿下から目を離すと、陛下をしっかりと見据えた。
手は膝の上に。
「私を、殿下の婚約者から外していただきたいのです」
震える声で、私は一気に言い切った。
すぐに生え変わるらしい、鮫の歯。
硬い物を噛んでも大丈夫ですね。
長くなるので一端切ります!




