38.天使の羽衣
私が詩人なら、その光景を何枚もの紙に書き綴るでしょう。
旅する吟遊詩人なら、その麗しさを世界中の街で歌い継ぐでしょう。
太陽の光を受けて煌めくのは、さざなみだけではありません。
そう、陽光を受け眩しくは、天使の羽衣。
「ふぃり!あいたかった!」
「ふぃり、おそい」
あああああ!マイエンジェルズの鱗は今日も煌めいています!!
***
王都に着いてから目まぐるしい展開で、私はついに王城をこっそり抜け出してきました。
もちろん、これまでの反省を踏まえ、パパさんやママさんには一言断って、ダンと一緒に風の精霊の力を借りて抜け出たのです。
フィリア、心は大人ですから!
少しは学んだよ!
止められるかな…と心配したけれど、パパさんは見回りの兵士が少ないポイントや城から死角となる庭の一角など、むしろ抜け出す道筋を教えてくれました。
パパさんも昔よく王城を抜け出して街へ繰り出していたそうです。
そこでママさんと出会って…と惚気始めたので、話を打ち切って出てきました。
気になるけど!いや気になるけどね⁈
陛下から告げられた、王太子の婚約者になること、そして朝教えられた、自分も王族であること、絵本にもなる"精霊達に愛されし姫君"と同じ能力を持っていること。
考えなければならない課題が山積みで、頭を整理しなきゃならないと思ったんです。
新しい課題に出会ったときは、まず頭を切り替えることが大事だと思うのです。
ダンが連れてきた隠れ家には、頭を切り替えるどころかネジの一本二本どこかに飛んでいく破壊力がありました。
「ああ……レイアちゃん、可愛いねえ。お肌もすべすべだねえ」
「ふぃりも、すべすべだよ?ねえ?テオ」
私は今、膝にレイアちゃんを抱っこし、逃げるテオくんを右腕で抱え込んでいます。
ほくほくです。
極楽です。
昇天します。
「……どうせ、ざらざらだもん」
鮫肌のテオくんが、ツン、と言い捨てます。
ああ、もう。
何を言うんですか。
そのざらざらとした触り心地が、私が今テオくんを抱っこしているという満足感を如実に伝え、あれ、顔の中心から熱いなにかが。
「テオくんは格好良いよっ…!」
将来どんな美青年に育つのか、心配で楽しみで仕方ないよ!!
私の迫力にびっくりしたのか、テオくんは黙って背中を預けてきます。
ああ、2人は海からあがってきたところらしく、全身濡れています。抱っこする私も膝どころかドレス全体が濡れてしまうけれど気にならない!
もっと甘えておいでテオくん!
天使2人を抱っこしている私を、ダンは少し離れたところで見ています。
その視線が若干呆れを含んでいることは今更気にしません。
そう、王都の港の一角に、じいやがレイアちゃんとテオくんが住める隠れ家を用意してくれました。
海に面した家で、外から見ると一軒家ですが、中庭を囲むようにロの字の構造になっています。
そして中庭には、海とつながるプールがあり、レイアちゃんとテオくんは海と家を自由に行き来できるのです。
偶然見つけたこの好立地の家に、じいやの地の精霊術によって海と中庭をつなぐ工事が行われました。
王都に帰って数日での仕事に、驚くばかりです。
フィリアは、絶対、我慢できないと思ったから。
ダンの呆れた声で教えてもらったのは今日。
ああ、じいや本当にありがとう!!
人の目を気にせず、天使と戯れるなんて、フィリアは幸せで浄化されそうです!
「ふぃり、おつかれ?ねむい?」
私が黙っているので、レイアちゃんが声をかけてくれます。
ごめんね!決して邪なことを考えていたわけじゃないよ!
「ううん、大丈夫だよ!レイアちゃんとテオくんと久しぶりに会えて嬉しいから」
私は再度2人をぎゅうっと抱きしめます。
あ、テオくん暴れないで逃げないで!
「ふぃり、くるしい、なに」
テオくんが、舌足らずに話します。
レイアちゃんと比べて、人間より魚人の部分が強いテオくんは、話すことが苦手のようです。
これまで他人と関わっていないことも原因でしょうが、伝えたい10のうち、3程度しか伝えられない、そんなもどかしさがあるようです。
「ふぃり、おうちかえったの?どうしたの?」
レイアちゃんが、テオくんの言葉に重ねます。
もしかして、2人は心配してくれているのでしょうか。
「レイアちゃん、テオくん……。そうだね、お父さまとお母さまと一緒にお城に行ってきたんだよ。私、王族だったんだって」
なんでもないように、2人に伝えます。
レイアちゃんやテオくんは、海暮らしが長く、あまり王族と聞いてもぴんと来ないようです。
「オウゾク?」
「フィリアは、この国のお姫様なんだよ」
首を傾げるレイアちゃんに、ダンが教えます。
「おひめさま……なんのひと?」
「ううん……何をするんだろう。綺麗なドレスを着てお城のパーティに出るとか?」
そういえば、私は何を求められているんだろう。
しばらく王城に滞在しないといけないかな。
いや、王太子殿下の婚約者であれば、教養を身につけて、一生お側にいないといけない。
"精霊達に愛されし姫君"であることを、隠しきれないのなら、せめて騒動を起こしたくないから、王太子殿下に迷惑かけないよう、精霊達と遊ぶのは控えなきゃいけない。
「ぱーてぃ?きれい?たのしい?」
「うん……そうだね、」
私は言葉を区切って、ダンの顔を見ました。
相変わらず、もふもふとした毛皮に隠された表情が読みにくいです。
「楽しくなさそう。……レイアちゃんやテオくんと一緒に遊んでるほうが、ずっと楽しい!」
ダンは、ずっと聞いてくれていました。
フィリアは、いいの?
って。
「ダン、私、精霊達ともっと遊びたいし、アランやジャンや……ギルやヴィス、皆に会いたいし、せっかくの世界を、お城ひとつにしたくないわ」
「フィリアは、それで、いい?」
「ええ!ダン、私、お城でお淑やかに暮らすのは難しそうよ!」
「じゃあ、それがいいよ」
ダンは、ふわりと私達の近くに飛んでくると、レイアちゃんとテオくんを私の腕から解放しました。
あ、マイエンジェルズを引き離すだなんて!
ダンもまさかエンジェルズを抱っこしたかったの?!
そう思ったのも束の間、ダンは立たせた私をぎゅうと抱きしめました。
「フィリア、君がやりたいことを、僕は応援するんだから」
私がダンに抱きついたことはこれまで何回もありました。
もふもふっとしたそのボディに癒されてきたのです。
ダンが、私を抱きしめるだなんて……
私、もふもふしていないのに………
突如吹きすさぶ強風のなか、私はぼんやりとそんなことを考えていました。
ダンくんは、感情が昂ぶると風が吹き荒れます。
まだまだ修行が必要なお年頃です。




