35.朝のお散歩
「……というわけなんです」
「というわけ、じゃないよフィリア。何やってんの」
困ったときは頼れるお兄ちゃん、ダンに相談です。
あの衝撃の婚約者発言から、一夜明けて、私は朝食後の散歩に出かけています。
私達は王城の一角に部屋を与えられているので、城内の綺麗なお庭を散策しながら、一日ぶりに会うダンにあらましを報告しました。
案の定、ダンは思い切り呆れています。
「あのね、私が何か言う前に、お父さまと陛下が一騎打ちを始めてしまって」
「旦那様さすがだね。剣は抜いたの?」
「さすがに、剣は構えなかったけど……」
あの時、陛下の発言を聞いたパパさんは、速攻陛下の鳩尾に拳叩き込んだ。
王太子殿下をママさんに預けると、陛下は仕返しと言わんばかりパパさんの顔面を殴り返す。
それから始まる、パパさんと陛下の壮絶な殴り合い……。
さすがに途中から顔を狙うのは止めたのだけれど、パパさんの拳にきらりと光るものが見えたのは、気のせいだと信じたい。
「それで?陛下は?」
「怪我の治療も終えて、いつも通りの仕事をこなされているそう。お父さまは、お母さまが宥めていらっしゃるけれど、ずっと怒っているの」
「まあ、気持ちはわかるよ」
「陛下にこんなことをしてしまって、お父さまは平気かしら……」
陛下に怪我をさせるだなんて、その場で近衛兵に処分されてもおかしくないだろうに。
陛下は何事もなかったかのように私達を帰した。
「旦那様は、平気じゃないかな。それより、フィリア、君だよ。いいの?」
横を歩くダンが立ち止まる。
ダンは、私の顔をじっと見つめると、確かめるように問いを投げかけた。
「フィリアは、いいの?」
ダンが問う。
風が吹きすさぶ。
緑豊かな庭で、木の葉が、花びらが、ばさばさと吹き飛ばされていく。
「ダン……怒ってる?」
「ぜんぜん。何も怒ってないよ?腹の中が煮えくりかえっているけれど、頭は冷静だよ」
怒ってるじゃんか……!!
吹きすさぶ強風がますます強くなる。ダン!ドレスが!風を受けてしまうんです!!
「ふぉっほっほ、ダンや、そういうときは、フィリアはよくても、僕はよくない、と続けるんじゃよ」
「だから!フィリアは妹みたいなもので……!」
「じいや!」
白いお髭をふさふさと揺らしながら、じいやが私達の行く手から歩いてきます。
「じいやもお散歩?怪我は大丈夫?」
私は思わずじいやのところへ駆け寄りました。長い船旅では、私もじいやもほとんど寝ていたので、なんだか久しぶりに会う気がします。
「ありがとうございます、フィリア様。おかげさまで怪我も治ったので、懐かしい王都を回ってきたところじゃ」
「よかった!」
私はじいやにぎゅっと抱きついた。
海賊に襲われたあの時、じいやがお父さまやお母さまを庇ってくれたと聞いて、心配と感謝と申し訳なさと色んな気持ちが入り混じっていたのです。
「お師様はどうしてここに?なにかあったの?」
少し落ち着いたのか、ダンが、小声で問いかける。
吹きすさぶ風も、そよ風程度に落ち着いてきた。
「フィリア様のお迎えじゃ。旦那様と奥様がお待ちですぞ。……お話する日が来ましたぞ」
「……じいや」
旅を重ねるなかで、いっぱい疑問があった。
いずれ、お父さまが話してくれることもあると思って、"何も知らない"フィリアでいたけれど。
「後ほど、フィリア様に会いたいという客人もいるそうじゃ。フィリア様もきっと喜ぶ方でのう。……さ、行きましょうか」
じいやが私の手を握ってくれる。
ダンも何も言わずに一緒に来てくれる。
さあ、フィリア。
自分と向き合いましょう。
ちょっと真面目な主人公。
短いですが一端区切ります。




