34.謁見いたします
海路で1週間、陸路で2週間の旅路を予定していた。
けれど、レイアちゃんとテオくんも一緒に行くことになり、陸路の2週間は内海や河を使った行程に切り替えられた。
船酔いのひどい私にあわせて、陸路を予定してくれていたらしいので、なんだか私の我儘で振り回してしまったようです。
フィリア=ユーメル、もうすぐ国王陛下に謁見いたします。
***
「お父さま、なんだか緊張してきたわ」
私は、姿見の前で何度も格好を見直した。
先ほど王都の港に着いた私達は、馬車で王城へ連れていかれると、あれよあれよという間に浴場に連れていかれ、髪を整えられ、綺麗なドレスとアクセサリーで飾り付けられた。
いつも可愛いドレスを着させてもらっているけれど、こう、高そう!なドレスとアクセサリーはなんだか窮屈に感じます。
子供用ドレスなのに、生地からすごいよ!
「緊張することはないよ、フィリア。相手はたかが人の子さ。それより、そのドレス、可愛いフィリアにとてもよく似合っている。綺麗だよ」
「ありがとう、お父さま……」
いやいや国王陛下をたかが呼ばわりはいけないでしょう!
「やっぱり、王城は流行の最先端なのねえ。伝え聞くだけでは駄目ねえ」
お母さまは、私が着ているドレスをじっと見つめて、そうこぼした。
お母さまがいつも作ってくれるドレスも、可愛いよ…?
むしろ旅先の町々では、お母さまが流行を生み出していたように思います。
「君の装いは、流行に左右されない美しささ。いつも綺麗だよ、リディア」
「まあ、あなた、ありがとう」
美男美女が仲睦まじいのは良きことかな。両親と思うと照れちゃうけれど!
私達は、謁見の間に続く控え室で待っていた。じいやとダンは、今日は呼ばれていない。私達親子三人だけで、その時を待っていたのです。
「オーヴェ殿下、どうぞ、お進みください」
前の謁見が終わったらしい。
侍従の案内に従って、私達は謁見の間へと入っていった。
「オーヴェ=ユーメル殿下、及びその家族ご入場!」
定められた規律に沿って入場すると、中にいたのはたった一人だった。
広い部屋の奥、一段高い場所に玉座が置かれていた。
天井画に大理石の床、金で塗られた柱など贅を尽くした部屋にふさわしく、玉座もまた大きく豪勢な作りであった。
そして、その玉座に平然と座る美丈夫が、国王陛下なのだろう。
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく。オーヴェ=ユーメル、仰せによりまかりこしました」
パパさんが定例の口上を述べる。
ん?もっと長々としていたはずなのに、大分省略したよ?!
ママさんもそれに気づいて、あらあらまあまあと微笑んだ。
ママさんも!それでいいのか!
「変わらぬな、オーヴェ」
そんなパパさんを気にもせず、陛下は声をかけられた。
少し掠れた、甘い声。白髪が入り混じる金髪に、緑の瞳。
戦士のような大きな体だけれど、声を聞くと理知的な人に思える。
「君も変わらないね。せっかく家族水いらず、遠い異国でのんびりしていた私達を呼びつけるなんて。ひどいと思わないかい?」
え!パパさん!なんて口の利き方を!
恐れ多くも国王陛下をまじまじと観察していた私は、パパさんの言葉に驚いた。
「…俺としては、若いくせに余生のような過ごし方をするお前がどうかと思うが。まあ、いい。紹介しろ」
陛下もいいんですか!
国王陛下ってこんなに気さくに話していい人なのだろうか、と悶々する私は、目で差されて肩をびくっとさせた。
あ、挨拶しないと!
「この可愛い女の子は、僕の娘のフィリア。9歳になったところだよ」
「は、はじめまして。フィリア=ユーメルと申します」
口上全部忘れたー!!
あんなに練習した長い口上を忘れ、私も普通の挨拶をしてしまった。
「そう硬くなるな。人払いはしている」
がちがちに青ざめた私を見て、陛下はそう仰った。
「フィリアか。精霊の申し子と聞いたが」
どう答えていいのか、私はパパさんを見上げた。
「報告は全部入っているんだろう?そうだよ、フィリアは精霊の申し子だ」
「……火と、水、風までは聞いている。四精霊、全て扱えるのか」
私の頭上で、パパさんと陛下が睨み合う。
といっても、睨んでいるのはパパさんで、陛下はその視線を受け流しているといったところか。
「ああ、フィリアは四精霊全てに愛された精霊の申し子だよ」
私の両肩に、パパさんは手を乗せた。ぎゅっと肩を握るその力にびっくりする。
「お父さま……?」
「なら、話は早い。私の息子を紹介しよう」
陛下は、玉座の後ろに歩いていった。
どうやら、玉座の後ろに部屋があったらしく、しばらくすると陛下は小さな男の子を腕に抱いて戻ってきた。
「か、かわいい………」
思わず小さく呟いてしまう。
きらきらと陽光を受けて光る金髪。幼いからか陛下より明るい金色だ。瞳は緑。
確か、3歳だったか。陛下の腕に大人しく抱かれているのは、どうやら眠い模様。でも、初めて会う私達に気づくと、目をごしごしとこすって起きようとしているのが愛らしい。
絵画に出てくる天使みたい。
いや、マイエンジェルはレイアちゃんテオくんだけれど!
ああ、マイエンジェルがいながら天使に見惚れるなんて、私ってば浮気性!この!
「気に入ったか。都合が良い」
陛下は私の目の前にしゃがむと、王太子殿下の手を握らせた。
幼児ゆえかきめ細やかで、真っ白い肌は、まるで陶器のよう。
私の指をぎゅっと握る手は暖かくて、思ったよりも強い力に驚いてしまう。
赤ちゃんって可愛いなあ。
「この子は、私の次の王になる。その妃はお前だ、フィリア。今のうちから仲良くしておくといい」
……………え?
「聞こえなかったか?お前を息子の婚約者とする。異論は認めぬ」
……………………え??
私は、ぽかんと、大きく口を開けてしまった。
おかしいな、こんな美声なら聞き逃すはずがないのに、耳が悪くなったのかしら。
フィリア=ユーメル(9歳)、いつの間にか、3歳児の婚約者ができたようです。
主人公にとって残念なことに、王太子殿下は人間であります。




