33.君のそばでは
異世界転生したら獣人に囲まれて萌え死にしたんですけど、どうしようもありません。
フィリア=ユーメルこと私は、金髪美男美女の両親のもとに生まれ、誘拐されたり、自宅引きこもりしたり、旅先で迷子になったり、王様に召還されたりしながらも、両親や色んな人に愛され健やかに育ちました。
ところがある日、海賊からお母さまを助けようと精霊の力を借りたら、船から遠く離れた海へ飛ばされてしまい、そこで出会った魚人にハートを撃ち抜かれ、興奮のあまり視界がブラックアウトして、心のなかで「うわ貧血とか前世以来だよ」とか思っていたわけなんです。
そして目を覚ましたら、やっぱり金髪美男美女の両親に覗きこまれていたのです。
「……お父さま?お母さま?」
ひと声出すと、途端にパパさんママさんは相好を崩しました。
「フィリア!無事でよかった!」
「心配ばかりかけて!無茶しないでちょうだい?」
二人にぎゅうぎゅうに抱きつかれて、私は皆が無事でいることにほっと安心しました。
「よかった……お母さま……」
ママさんは、私の眠るベッドに腰掛けると、その細い指で私の前髪をそっと撫でてくれます。
パパさんが、そんなママさんと私の二人の肩に手を置いて、胸へと抱き寄せます。
「フィリア、不安にさせてしまったようだね。お前を関わらせたくなくて、お母さまに無茶をさせてしまった。私が不甲斐ないあまりに、恐い思いをさせてすまなかった」
「そんな!私も、ダンや護衛の皆さんが止めるのを聞かず飛び出して…」
私はパパさんをぎゅっと抱き返した。
色々と"知らない"なか、ママさんが海賊に連れ去られるのを見て、不安になったのは確かだ。
案の定、金髪で青い瞳というだけで、私と間違えてママさんが攫われようとしていた。
……ん?
そういや、なんで海賊は私を攫いにきたんだろう。
「もう、お父さまもあなたも、頑張り過ぎよ?私に黙って頑張るんじゃなくて、もっとお母さまを頼ってちょうだい」
ママさんはそっと微笑むと、私の頬を撫でた。額に触れるママさんの指は、少しひんやりして気持ちいい。
私は思わず目を閉じてうっとりとしてしまった。
「そうだ!じいやは!ダンは!レイアちゃんとテオくん!二人は⁈」
パパさんママさん以外、部屋のなかにいないじゃないか!
「先生は、大事を取って休んでもらっているよ。ダンが今先生を見てくれている。それから…レイアちゃんとテオくんというのは、もしかして、あの子達のことかな?」
パパさんは私を抱っこすると、船の甲板へと上がった。
ママさんは、じいやとダンに、私が目覚めたことを知らせに行ってくれた。
部屋を出るとき、赤髪のおじさまが通路に控えていたのだけれど、パパさんとママさんの姿を見て、びくっと肩を震わせたのはなんでだろう。
船内の通路や壁は、海賊に襲われたあととは思えないくらい、綺麗に整えられている。きっと乗組員の皆さんで掃除してくれたんだろうなあ。
「フィリア、ダンが君を連れて帰ってきたとき、一緒についてきた子達がいるんだ。あの子達のことかな?」
パパさんは私を片腕に抱え直すと、右手で遠く指差した。甲板から目を凝らして見える、そんな遠くで船と並行して泳ぐその姿は、まさに。
「そうなの!あの二人が、溺れていた私を助けてくれたの!レイアちゃーん!テオくーん!」
パパさんの腕のなかで思いっきり手を振ると、二人にも私が見えたらしい。
銀灰色に光る鱗が徐々に近づいてくる。
「ふぃり!だあじょーぶ?」
手を繋ぐテオくんに引っ張ってもらっているらしい。レイアちゃんが大きな声を出して心配してくれた。
「レイアちゃん!大丈夫だよ!お父さまとお母さまのところに帰れたの!よければ、二人を紹介したいんだけれど…」
そこまで叫んでから、ふと気づいた。
下肢が尾びれの二人をどうやって出迎えたらいいんだろう。
甲板に椅子を用意して座ってもらう?さすがに床に座ってもらうのはちょっと。
お客さまですから、椅子に座ってもらわないといけませんよね。そしてまだ見ぬ美しい尾びれ全体を拝め……げふんごふん、いけない、まだ体調が優れていないようだわ。
「お父さま、二人を紹介したいの。船にあがってもらってもいいかしら?」
私はパパさんを見つめてお願いした。
「もちろんだよ、フィリアを助けてくれた二人には、きちんと御礼しなくてはいけないね。水がなくても大丈夫かな?ダンやマーレンにこちらへご招待するよう頼もう」
ちょうどママさんがじいやとダンと一緒に甲板にあがってきた。パパさんは近くにいた乗組員に指示してテーブルや椅子を用意させている。
いつの間にか、赤髪のおじさまより、パパさんがこの船を仕切っているような…パパさん、すごく慣れているなあ。
すぐ二人を迎える準備が整った。
ダンが風の精霊を纏ってふわふわと海面まで二人を迎えに行く。まだ小さな二人は、ダンも一度に抱っこできたようだ。両腕に半魚半人を抱えるダン…。水も滴る良いもふもふ!
マーレンと呼ばれた術師が、海水を薄い膜状にして二人に纏わせる。
どうやら「ぽかぽかするといたい」「かわくとひりひりする」ということなので、念のため海水を纏わせることにしたのだ。
船室の家具は、打ち付けているものがほとんどなので、簡易椅子や机を並べてもらった。
レイアちゃんとテオくんと一緒に円座になって机を囲んだ。
「はじめまして、フィリアの父のオーヴェ=ユーメルといいます。フィリアを助けてとても感謝している。ありがとう」
「はじめまして、フィリアの母のリディアといいます。私からもお礼を言わせてちょうだい?フィリアを助けてくれて本当にありがとう」
パパさんとママさんが早速お礼を言ったが、二人は緊張しているのかがちがちに固まって言葉を返せない。
手をつなぐどころか、レイアちゃんはテオくんの腕にしがみついてしまった。
「レイアちゃん、テオくん、助けてくれてありがとう。お父さまとお母さまも、お礼を伝えたかったの。家族のもとに無事に帰れたわ。本当にありがとう」
「二人は心配してついてきてくれたんだよね。フィリアが目の前で鼻血ふいて気絶しちゃうからだよ」
ダン!せっかくお上品にお礼を言ったのに、なんてことを!
「そ、それは本当にやむなく…、心配かけてごめんなさい」
思わずシュンとして頭を下げた私を見て、レイアちゃんが小さく笑った。
「ふぃり、なかよしだね」
「そうなの!お父さまもお母さまもじいやもダンも、なかよしなの!」
やっと笑ってくれたレイアちゃんに、私は大きく頷く。
ああ、愛らしい笑顔はまるで天使のよう。長い髪を肩に垂らして隠しているけれど、服を着ていない上半身は本当に白い肌。将来どれほどの美人さんに育つのか、想像しただけで涎がいやいや落ち着け私。
「ねえ、テオ?」
レイアちゃんに話を振られたテオくんは、じっと黙って、私達を見つめた。
「ふぃり、さっきの、しつもん」
ああ、テオくんだって、美少年というに相応しい風貌。レイアちゃんに比べると鋭い目つきも、支え合って生きてきた二人のことを思えば察するものがある。顔と右上半身以外はほとんど鮫の魚人の姿であるのがもう、美しくて美しくて。
「……フィリア、また鼻血ふかないでよ」
ぷるぷると悶絶する私を見て、ダンが小声で注意してくる。
だ、大丈夫!あとでふく!
「うん、なかよし、なれるよ。レイアちゃんとテオくん、友達になって?」
私だけじゃない、私の家族や、友達や、たくさんの人と知り合うきっかけになってほしいと思って、私はにっこりと笑った。
「………なる、ぼくらとふぃり、なかよしになる」
「おともだち!うれしい!」
二人の返事を聞いて、お母さまもにっこり笑った。
用意してもらったお菓子や飲み物を勧めてくれる。
「ぼくら、ふぃりのいくところに、いく」
「ふぃり!いっしょにあそぼう?」
ダンが白い布を構えたのが横目に見える。
まだ、まだ我慢するよ…!
「私達は今、リーヴェル国王都に向かっているよ。フィリア、何も気にせず、お友達と遊びなさい。私が二人の面倒を見よう」
パパさんが、私に約束してくれた。まだまだ長い旅路も、楽しく過ごせそうだ。
「うん、いっぱい、いっぱい遊ぼうね!レイアちゃん!テオくん!」
私は、二人に思いっきり抱きついた。二人とも、驚いたようだけれど抱き返してくれる。
ああ!旅は出会い!出会いが待っているんですね!!
情熱が溢れ出した私を、ダンが即効拭き清めたのは、そのすぐ後でした。
君のそばでは
白い布が
必需品
ダン、心の詩より




