29.すいなん
「お母さま!」
甲板に引き連れられるママさんを見て、私は大きな声で叫んでしまった。
ダンが私を部屋のなかに連れ戻そうと腕を引っ張る。護衛する乗組員も私の前にたちふさがって見えないように壁を作る。
ママさんだって、私の声が聞こえても目は向けなかったのに。
「やめて!お母さまを連れていかないで!」
私はまた大きな声で叫んだ。
ママさんを連れていた海賊がこちらに気づく。
「あの娘も連れて来い!」
船内の通路は狭く、一対一で打ち合えば埋まってしまう。
あっという間に私の部屋の前で海賊と乗組員が剣を打ち合い始めた。
剣戟の向こうで、甲板へ引き上げられるママさん。
「フィリア!馬鹿なことを!」
「なにが馬鹿だっていうの!ダンの馬鹿!」
私は引き止めるダンの腕を振りほどいた。力任せじゃ敵わないから、咄嗟に火の精霊の力を借りた。
「フィリ…うわっ!」
もふもふの毛並に火が灯ると、さすがのダンも握る手の力が緩む。
「ごめんね、ダン!」
その隙にするりと抜け、護衛する乗組員達の足元を私は走り抜けた。
「どいて!」
まだ体が小さいので脇をすり抜けることもできる。彼らも護衛する人物が横を通り抜けるとは思わなかったみたいで反応が遅れた。
ダンについては水の精霊に消火をお願いした。一瞬火が灯ったように火花を散らしただけだけど、念のために。ダンのもっふもふ毛並が焦げ散ってしまえば、私の、いや人類の大きな損失になる。
「小娘待て!」
「待てと言われて待てません…!」
ぶおっ、と、私に手を伸ばす海賊には強風をぶつけて押しとどめた。
意識的に使えるのは大きな力じゃないけれど、これぐらいなら!
「お母さまを離しなさい!」
甲板に走り出た私は、ママさんを捕らえる海賊に向かって叫んだ。
「フィリア!どうして!お父さまのところに行きなさい!」
「お頭!この娘も金髪に青い瞳だ!」
ママさんは私が一人で出てこれると思っていなかったのか、驚いた顔でこちらを見た。
続く海賊の男の言葉には、驚きと喜びが入り混じっていた。
ママさんを人質にとった海賊達の周りを、この船の乗組員達が手出しできずに囲んでいる。
お頭と呼ばれた男は、私を見てニヤリと口角をあげた。
「なんだァ……金髪で青い瞳の少女は、おめえのことか……この女は娘の身代わりで大人しく捕まったのか。母親ってもんは難儀だなあ」
え、身代わりってどういうこと、ママさんは大した抵抗もせず捕まったっていうのだろうか。
「黙りなさい!フィリアに手を出してはなりません!」
「俺は頼まれたことをやっているだけさ……嬢ちゃん、俺らと一緒に来てくれねえかい?」
パパさんとじいやはまだ船室だろうか、甲板に姿が見当たらない。
「行かないわ!お母さまも、行かせないわ!」
私は風の精霊に力を借りて、ふわりと体を浮かせた。こうしないと、揺れる船のうえでは、機敏に動けないし、船酔いのせいで気分が悪くなり過ぎて前も向けない。
リーヴェル国の人の前ではできるだけ見せない約束だけれど、緊急事態では仕方ない!
「お母さまを離しなさい!」
私は火の精霊を呼んで炎をばっと立ち上がらせた、ように見せかけた。
ダンにしたのと同じ、一瞬の火花だ。
「うわあ!なんだこれ!」
案の定海賊達は突然の炎にびっくりして動きが乱れた。
「えい!」
不意を突いて、海賊達に強風をぶつけて煽る。後方にたたら踏む海賊達。
ママさんには何も当たらないよう、精霊達が避けてくれる。
ヴァーレの丘で精霊達と遊んできたけれど、器用に使えるようになっただけで攻撃方法なんて研究していなかった。
こんな子供騙しみたいなことで海賊達を退けられるだろうか。
この間に、パパさんやじいや、リーヴェル国の騎士達が反撃してくれれば…!!
「これなら…!」
船上で最も力を借りやすい、水の精霊を呼ぶ。
海水を集め、水鉄砲の要領で海賊に向けて打つ。
「どっか、行っちゃえーー!!!」
私の訴えに、精霊達が応じてくれた。海水が大波のように海賊達に襲いかかった。
海賊達がまとめて甲板に叩きつけられた。
そして、その海賊達の姿がどんどん遠く離れていく。
遠く……。ん……?
「フィリア!」
精霊達はママさんを避けてくれたみたい。海賊達から逃れたママさんが私に向かって手を伸ばして走ってくる。その手を掴みたくて、私も叫んだ。
「お母さまーー!!!!」
水鉄砲を打った私は、逆噴射の勢いで飛ばされていた。風の精霊に浮かしてもらっているからか、あっという間に船の上を通り過ぎようとしている。
ああ!水の精霊さんが止まってくれない!海賊を押さえることにやる気出してくれ過ぎだよ!
「フィリア!!」
「ダン!!」
ダンとパパさんが船室から甲板に上がってきたのが見えた。
「フィリアの、馬鹿ーー!!!!」
ダンが風を纏って飛んでくる。小さな体は軽いのか、ダンが飛んでくるスピードより私が飛ばされるスピードが勝っている。
「と、止まって止まって!!お願いーー!!!」
船の姿が遠くに見える。ダンが、ダンのもふもふボディがわずか離れた真っ正面にある。
私は精霊達の暴走を止めたくて大きな声で叫んだ。本気ということが伝われば…!!
どっか行っちゃうのは私じゃないよーー!!
ぴた、と勢いが止まった。
「え、助かっ」
「気を抜くなあ!」
ダンがこちらに追いつこうと叫ぶ。
そして私はー
「いやああああ!!!」
風の精霊の力も止まり、海へと真っ逆さまに落ちていった。
ご無沙汰になってしまいました。
悩んだけれど、やっぱり幅広く…新しい獣人出します!




