18.迷子は動いちゃいけません
「か……」
「格好良いよーーーー!!!」
フィリア=ユーメル、魂の叫び声は、地の精霊と風の精霊に響いたようでした。
「ハ…?なに言ってるんだおまえええええ?!」
私の肩を掴んで飛んでいる鷹の獣人は、目の前で巻き起こった砂嵐に悲鳴をあげた。
え、なにあの大きな砂嵐。
あ、下の方でじいやとダンが叫んでいる。
これは、2人が呼び集めた精霊達を私が使っちゃったのか、な?
でも私、こんな砂嵐どうしようもできないよ!
「ニンゲン!覚えてろーー!!!」
鷹の獣人はそう叫ぶと、私と一緒に砂嵐に巻き込まれた。
ああ、パパさん、ママさん、じいや、ダン……
フィリアの萌え魂はすごかったって、語り継がないでね………
そして砂嵐に翻弄され気絶した私は、先ほど目を覚まし、自分がどこにいるのか全くわからないことに気づいたのです。
パパさん、ママさん、迷子のフィリアを助けてください。
「え、ここはどこ?私は生きてるの?鷹さんは?鷹さんは?せめて翼と鉤爪と嘴に触っておきたかった……!!」
思わず本音を漏らしながら、起き上がろうとしましたが、ドレスがぐっしょりと水に濡れていました。起き上がりにくい。そして体のあちこちが痛い。
転生してから、全身打ち身が多い気がする……というより、砂嵐に巻き込まれて生きてるってどういうこと?え?私生きてるよね?
目だけ動かして辺りを見ると、どうやら谷底に落ちたらしい。谷底を流れる川のすぐ側で、私は横たわっていた。
「フィーリ、目覚めたのか?」
目覚めたのに、ぼうっと横たわっていたら、後ろのほうから声が聞こえました。
この声!もしかして!
「痛いか?大丈夫なら、教えてもらえると安心する」
そう言って私の顔を覗き込んだ彼は青いターバンを巻いていました。
ふわりと覆う青い衣に青いマント。群青と呼べる、その濃い、鮮やかな青は、茶色しかないこの乾いた岩場で一際目立った。
なによりも目を引くのは、彼の肌。蜥蜴の鱗そのままの肌に、蜥蜴そのものの顔つき。金の瞳は縦に長く、覗く牙は鋭い。
「……ヴィ、ヴィスなの?」
「そうだ、フィーリ。また会えたな」
蜥蜴の獣人、シャンク族のヴィス。
1歳の誘拐事件で助けてもらって以来です。
しなやかな体躯はそのままに、少し背が伸びたようです。
私が名前を呼ぶと、ターバンからのぞく瞳が優しく瞬いたように見えました。
私は思わず手を伸ばし、そのツルツルのお肌を堪能しようと……いやいや、何なの、このお手ては!ふしだら!
「起き上がられるか?」
ヴィスは私の背中にその手をあて、ゆっくり起き上がらせようとしました。
あ、指は5本なんですね。節が太い特有の形が素敵です。
「あ、ありがとう、ヴィス。体はあちこち痛いんだけれど、打ち身だけみたい」
「それなら、よかった。なにかあったのか?こんなところで、フィーリを見つけるとは思わなかった」
「えっと……ヴィスが助けてくれたの?私も、あまりわからないの」
ヴィスに話を聞くと、奥砂漠を旅していた彼は、精霊が大きく"揺れた"のを感知して、何が起きたのか見にきたらしい。
そして揺れのもとを追ってこの谷間に辿り着くと、私が川を流れてきたということだ。
「ヴィスも精霊の力がわかるの?」
「私は、精霊を奉る一族だから。精霊達の"声"が聞こえるよう、訓練している」
「ヴィスも申し子なの?」
「………いいや、我々が申し子になることはほとんどない。だから、フィーリ、精霊達に愛されし申し子、君を守りたいんだ」
ヴィス……!!
憂いを帯びた表情でそんなこと言うだなんて、背を支える手は冷た気持ちいいし、ああうっかりその胸元に倒れ込んでしまいそう!
そしてそのツルツルのほっぺに頬ずりし、げふんごほん。
ヴィスは、精霊の申し子だから守ってくれるという。そうするとじいややダンも?案外守る対象が多くて大変そうだ。
「あのね、お父さま達と、ヴァーレの丘に行くところだったの。ヴァーレの丘がどこにあるか、ヴィスは知ってる?」
「ヴァーレ?ヴァーレに行くところだったのか?」
「そうなの、お父さまは入口に着いたと言っていたわ」
そう言うと、ヴィスはそこがどこだか分かったらしい。
ただ、ヴァーレという単語に、目つきが鋭くなった。
「フィーリ、私と一緒に仲間のところに来ないか?ヴァーレの連中は、思い込みが激しく、余所者に厳しいところだ。…我々なら、君を歓迎する」
金の瞳は真摯に瞬いて、背にあてた手はぎゅっと私を抱き寄せる。
こ、これは……!!
蜥蜴の獣人に誘われた!ついていく?!
YES or はい
紳士なつるつるくんか、未知のばさばさくんか、兄弟子のもふもふくんか
フィリアはどこに行くのでしょうか。
ちなみにヴィスは、フィリアが1歳のころ舌足らずに名乗った名前が本名だと思い込んでいます。




