12.師匠と弟子
世界はもふもふにあふれている。
家に引きこもって、数年経ちますが、怠けていた訳じゃありません。
なんと、不肖フィリア、お師匠さまができたのです……!!
「じいや、いるかしら?」
私は庭にある倉庫のなかを覗いた。
お師匠さまとは、パパさんがある日リーヴェル国から連れてきた魔導師だ。
リーヴェル国では、精霊の申し子の家庭教師として有名らしい。
ただ御年八十を越えるおじいちゃんで、「じいや」と呼んで欲しいと言われたので、そのまま呼んでいるのです。
「おお、フィリア様。こんなところにいらっしゃるとは、どうなされた。爺になにか?」
白いお髭をふっさふさに揺らすじいや。
じいやは人間のおじいちゃんで、枯木のような細い身体にふっさふさの白いお髭が印象的。
どうやら精霊の申し子は、ほとんどが人間の子どもに現れるらしく、獣人の多いこの地域よりも、人間の多いリーヴェル国の方が学ぶ環境が整っているらしい。
パパさんは、外聞的な"保証"をつけるためにも、リーヴェル国から家庭教師を雇ってくれたようです。
確かにいつまでも引きこもりしたくはないけど……
だって外にはまだ見ぬ獣人達がいるはず!
こうなったら前世で悶えた獣人に会えるまで今世では死ねない!
鳥の獣人に会いたくて、住んでいそうな地域を本で調べたのは秘密です。山の方に住んでそうってイメージがあったけど、一概にそうではないらしい。ぐぬぬ。
「じいや、お勉強したいの。今日も精霊達との付き合い方、教えてくれる?」
「ほっほ、フィリア様は勉強熱心じゃ。それでは、爺と一緒にこれを運んでくださるか?」
そう言って爺は植木鉢を転がしてきた。
……植木鉢??
倉庫を出て庭に行くと、兄弟子のダンが袋を持って待っていた。
そう、じいやはリーヴェル国で面倒を見ていた弟子と一緒に我が家に来てくれたのだ。
前世でも今世でもひとりっ子な私には、お兄ちゃんができたみたいで嬉しかった。
なにより、ダンは優しくて、あたたかくて、もふもふしている。
好きにならずにいられまい!
「ダン、それなあに?」
問いかけると、ダンは黙って袋のなかを見せてくれた。
ダンは無口で、ほとんど喋らない。少なくとも喋っているところを見たことがない。喋ると精霊によってなにかが起こることが多いというのだ。
ダンは熊の獣人。
獣人では本当に珍しい精霊の申し子で、なかなかコントロールができないのだという。
そして精霊の力を受けてしまったせいで、熊でありながら毛色が変わってしまったそうだ。それを気味悪がられて捨てられたんじゃないか、とダンは思っている。
昔、捨てられた赤ん坊のダンをじいやが拾って、それからずっと弟子として育てているらしい。
……ねえ、ダン。
あなたは確かに熊でありながら、白と黒の毛並だよ。お腹回りと頭は白いのに、目の周りや手足は黒いよね。
ねえ、ダン。
それって熊といってもパンダじゃないの⁈
パンダは子どもを一匹しか育てないって前世のとき本で読んだよ!
大丈夫だよ、ダン!熊じゃなくてパンダだから!
気にしなくて大丈夫だよ!
叫びたい気持ちをぐっと抑える。
言ったところで、ダンにとっての事実は変わらないし、私が変に思われるだけだ。
「土?」
袋のなかには、ふかふかとした黒土が入っていた。
「ほっほ、良さそうな土じゃの。ではフィリア様、植木鉢に入れますぞ」
じいやは植木鉢に土を入れると、「ほおっ」と変な掛け声をした。
「すごいわ!土が盛り上がってる!」
植木鉢に平らに敷いた土が、ずもももも、と山の形に盛り上がっている。
これは、じいやが土の精霊に"お願い"しているからだろうか。
「さ、フィリア様。平らに戻るよう"お願い"してもらえますか」
「わかったわ。…………おねがいおねがいおねがい……」
私は土の精霊に"お願い"をした。
なんてことはない、精霊に好かれる存在だから、"お願い"も聞いてもらいやすいと、そういうことらしいのだ。
ぐもももも、と盛り上がっていた土山が止まった。
で、できた⁈
喜びかけたその瞬間、ぐねぐねと土が蛇のように形を作って動き出す。ち、違うよ!そうじゃないよ!
「と、止まってーー!!!」
ぴた、と途端に土は力を失ったように植木鉢に落ちていった。
えーと、これは成功というべきか否か…
じいやの顔を見ると、ふっさふさの白髭を揺らしながら頷いた。
「まだまだ鍛錬が必要なようですなあ」
にこにこと笑うその顔は、反論は許しませんと書いてある。
はい、そうですよね、繰り返し練習いたします……
その後何回か繰り返したあと、今日はこれで終いとなった。
私はじいやとダンに御礼を言ったあと、ママさんのところに走っていった。
今日はママさん手作りのクッキーをお供に、お茶の時間をするんだって!
美味しいんだよなあ、ママさんのクッキー。あんなに美人でお菓子作りも完璧とか、本当素敵だよ。
にっこにこと走り去った私は、その後庭で風が吹きすさんでいたことに気づかなかった。
「ねえ、お師さま、何を考えてるの?」
「ほっほ、なんのことじゃ?」
「旦那さまも何考えてるのかわかんないし」
「そうかのう」
「……ここだと砂風になって痛いね」
「そうじゃのう」
熊の獣人、ダン。風の精霊の申し子。
喋ると風が吹き荒れます。
もふもふの可能性は無限大。
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