11.SideS. 親の苦労 子知らず
サイドストーリーです。
私は、オーヴェ=ユーメル。
リーヴェル国の特使として、この地域に赴任してきた。
生まれ故郷を離れることに不安はあったけれど、美しい妻と可愛い娘と暮らすここでの生活もなかなか楽しいものだ。
さて、娘のフィリアが先日誘拐された。
偶然事件に巻き込まれたと聞いているが、そもそも人間の男達だけで、あんなところで何をしてたのか、十分にきな臭い話だ。
今日はその件も含め、セベリア殿と話す予定なんだけど……遅いな。
「…すまない、待たせた」
待ちくたびれて出ようとした書斎の扉が開いた。
「どうしたのハサン、その傷」
現れたのはセベリア家当主、ハサン=セベリア。今日は仕事の話だから、公式で呼ぼうと思っていたんだけれど、びっくりしてつい素で呼んでしまった。
ローブの下に隠しているけれど、袖口から包帯が巻いてあるのが見えるし、何より顔に引っ掻いたような傷がある。
「アランに噛まれた」
「なんで。その引っ掻き傷も?」
途端苦虫を潰したような顔をする。もとの目つきが鋭いのだから、そんな顔をすると子どもどころか女性も寄ってこないよ。
「引っ掻いたのはシュヴァンの息子だ」
「シュヴァン……ジャン=シュヴァン、あの白猫の坊やか」
この間の集いに来ていたような……と思い出す。確か、フィリアの近くでアランくんと喧嘩した坊やだ。
「で、なんで?」
「……フィリア殿に会わせろと、煩い」
「娘の魅力に気づいてくれて、父親としては複雑だよ」
アランくんは、本当にフィリアのことが好きだなあ。
しかしジャンくんもだなんて、フィリアってば早くもモテモテなんだから。
「会わせんと言ったら、飛びかかられた。幼すぎて加減もできん子らだ」
「…そんなばっさり切るんじゃなくて、ちゃんと説明してあげればいいのに」
ハサンは私の向かいに座ったので、私も居住まいを直して向き合った。
若い頃に会ったきりだったけど、久しぶりに見ても見た目はさほど変わらない。
やはり種族が違うと歳や表情が読み取りにくいな。
彼ら獣人は祖となる獣の特性をそのまま姿に現しているので、ハサンの場合、狼に似た精悍な犬の顔である。人間と同じように二足歩行しているようだが、実は脚のつき方や背の丸みなど、少しずつ特徴が異なっている。いや、ハサンの裸を見たことがあるわけではないからね、念のため。
あ、でも、昔に比べて白い毛は増えたかな。白髪か、苦労性め。
「いっそのこと、フィリアに会いたければ俺を倒せるぐらい強くなれ、フィリアを守ってみせろ、ぐらい言ってしまえば?」
そうすれば、数年は保つでしょ、と笑いかけた私は、友人の耳と尻尾がピン!と逆立ったのを見てしまった。
いや、ハサン、いい考えだ!とか思ってないよね、まさかね。
「オーヴェ、貴殿は昔から悪知恵がよく働く」
「え、ハサン、まさか本気で実行しないよね?」
ぱたぱたぱた、と横振れする尻尾を見て不安になる。
昔から気持ちのいい人物だけど、まっすぐすぎるよ!
それから数年経ち、私はセベリア邸に訪れる機会が増えた。
ハサンも、アランくんも、今は我が家に出入りしないようにしているからだ。
セベリア邸は、門をくぐると広い庭があって、その庭を囲むように建物が建っている。
質実剛健な建物でありながら、所々精緻な彫刻もあり、趣味の良さがうかがえる。
訪れた人たちはまずそう思うだろう。
だけど私は知っている。
小さな裏庭に置かれた、ぼろぼろの案山子人形や、的の数々。
子ども用に作られた長槍や短剣がきちんと整頓されていること。
これだから、セベリアの一族は人たらしなんだ。
さあ、フィリアのためにも、今の状況をなんとかしてあげなくちゃね。
大人のことは、大人が片付けてあげなくちゃ。
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なお、パパsの過去話はいずれじっくり……出てくるかもしれません(ごほごほ)




