異界 ‐それはおーがとであったはなし‐Ⅰ
この世界は日本のみならず地球そのものが土台となっている。
東を向けば東京タワーがあるし、西を向けば富士山がある。遥か彼方にはアメリカもあるはずだ。
人間はいない。僕1人を除いて……
僕は織部 龍馬。ファンタスマゴリアの住人からは『リョーマ』と呼ばれている。
しがない日本のサラリーマンで世界が崩壊した日は大阪から東京の帰りだった。
僕がロビーのテレビで見たのは事の重大さを伝えるには仰々し過ぎる程の慌てぶりでスタジオ裏の罵声も当たり前のように入っており、テレビを見ていた人間全てがそれだけで自分達のおかれている状況を把握した。
それからは、あっという間だった。
巨大な火の玉が空港を直撃し、一気に倒壊、その衝撃で僕はダストシューターに叩き込まれて地下のゴミ処理場に送り込まれた。
後のことはどうなったかは全然知らないがゴミの山を掻き分けて目の前に広がった光景を見て理解した。
一面に広がるのは焦土、瓦礫、青い空―――どうしようもないくらいの清々しい青空がゴミと埃で汚れた僕を迎えた。
……空港だった場所から歩き始める。幸いにも荷物は無事だったし、換えの着替えもある、ノートパソコンのバッテリーも十分にある。
問題なのは水と食料だ。キャリーバッグの中身はペットボトルが3本、カップラーメンが5個、同僚へのお土産が何点か。
「……もう生きちゃいないだろうな……」
目の前の光景を前に僕は落胆した。液晶テレビも携帯も繋がらない、それだけで仲間の安否を否定した気になってしまう。
「とりあえず、誰かに会わないと」
バッグを引っ張り、重い足取りで前へ前へと進む。
見たこともない鳥のような生物が空を飛び、ひよこと馬を配合させたような陸上生物が地を走る。
(僕はどこにいるんだ……?)
ぼさぼさになった頭を掻きつつ、尚も歩く。
どれくらい歩いたのか……周りの風景は未だ変わらず、時計もファンタスマゴリアの襲撃が起きた13時35分を針が指したまま止まっている。
太陽は照り続け、額から身体から流れてくる汗をタオルで拭う。
「……あれは?」
人影―――2つの人影が前方に見える。
「おーい! おーい!」
荷物を置いて、両手を挙げて大きく手を振る。
「おーい!」
するとその人影が僕に気がついたのか近づいて来た。
(人だ! やっと生きている人に逢えた!)
段々と近づいてくる人影、は僕の想像を遥かに超えていた。
肌の色は血に染まったかのように赤く、その体躯は山のように大きく、1人は額から1本、もう1人は2本の所々が欠けてはいるが立派な角を生やしている。風になびく銀色の短髪が似合わない。
「おー……い……?」
漫画とかアニメに出て来るような生物は先程も見たが改めて直面すると恐怖以前の問題だ。笑うしかない。
「ヤノオ、ラナゲナン?」
「はい?」
「……ノイ、ミスサホドエカメサネレダ?」
「トヨエツエラヘエミマカメ」
赤鬼達はどこの国にも属さないような言語で会話している。時折、僕を品定めをするかのような目で見る。
(た、食べられるんだろうか……30代の男の肉なんて美味くは無いだろ……)
「ラナゲナ!」
1本角の赤鬼が叫ぶ。
「はっ、はい!」
「ヤノオホトヨエツエラウホタメ」
「サスイミス」
赤子を抱え上げるかのように首根っこを捕まれる僕。2本角が僕の荷物を抱え、赤鬼達は東へと歩き始めた。
(……一体、どうなっているんだ……)