花嫁はどの人でしょうか、当てましょう。
なんでもあり。
「さあ、花婿殿。あなたの花嫁は、3人のうち誰ですか?」
結婚式の進行を任されていた花婿の弟君は、大変ノリノリで自分の兄へとプレッシャーをかけていた。
「…………っ」
今日、この結婚式が無事に終われば晴れて夫となるであろう、花婿のイリスト様はいつになく緊張している様子だった。
それも、そのはずだ。
彼の前には私、クノエを含めてウェディングドレスを身に纏い、ヴェールでしっかりと顔を隠した女性が3人も立っているのだから。
髪や瞳も色は見えないし、背格好もほとんど同じくらいなのだから見極めろというのは難問だと思う。
まさか、本当にこんな結婚式になるとは……。
これはかつて娘を溺愛しすぎて嫁にやりたくなかった王が、王女に求婚する殿方が現れるたびに、このように誰だかわからないように同じ格好をさせた娘たちを並べて、その状態で王女を当てられるのかと嫌がらせしたとされる儀式だ。
当然当てられなかった男たちを皆退けさせて、全く娘を嫁にやろうとしなかったという。
そのやり方なら娘が軽んじられなくて済むと考えた家々が、慣習のように取り入れた昔の定番の結婚式でもあり、今ではとっくに廃れた儀式のはずなのだけれど……。
残念なことに我が家にもいたのだ、王と同じくらい目も当てられない親バカの父が。
「クノエは嫁にやらん」と言い出した時は頭を抱えたし、「だったら神聖な儀式婚にする!!!」と騒ぎ出した時はもう言葉も出なかった。
ただただ、婚約者のイリスト様に申し訳なかっただけだ。
それでもイリスト様は、それで納得していただけるならとこの式を了承してくれた。
あんな面倒くさい父と縁続きになるというだけでこの話はなかったことに…、とされてもおかしくなかったのに、寛大な人だ。
私にはもったいないくらいいい人だ。
そうして、伝え聞いてはいた儀式婚をこの時代に執り行う家が出たとたちまち噂になって、『ぜひ一度見てみたいから招待してくれ』という家が次々に現れて、最初に予定していたものよりもかなり規模の大きい結婚式になってしまった。
まあ、この式をきっかけに貴族間の交流が増えればいいのだし、それはいいのだ。
だが、好奇心旺盛な王太子殿下が、「先祖の作った儀式をこの目で確かめたいんだ。お忍びで行ってもいいかい?」と手紙を寄越してきた時には、さすがに泡を吹きそうだった。
王太子殿下が来ていいような身分でもないので、丁重にお断りしたのだけれど、あれって断るで合っていたのかしらね……?
この場に王太子殿下がいたかもしれないなんて、胃が痛すぎる。
そんなわけで、私は今外から誰だか見えない状態で、イリスト様の前に立っている。
3人の中からヴェールを捲ることなく、私を選んでもらえたら無事に結婚ができる。
この場に立ってみてわかったことだけれど、これは相当相手のことを知らないと厳しいと思う。
私からもイリスト様の表情までは見えないほどヴェールは厚みがあるし、似たような格好した人が並んでいるとしたら、ぱっと見で特定するのは難しそうに思う。
……結婚式までの間の婚約期間でどのくらい相手を知ってきたが試されるってわけ? 随分、意地の悪い儀式だとこだ。
これで当てられなかった殿方殿は恥をかいて家にそそくさと帰ったのだろうか。
こんなに貴族だらけの会場で、イリスト様にそんなことはさせられないのだけれど。
もし逆だったら、私がイリスト様を見つけ出す側だとしたら、私はすぐにイリスト様とわかるのだろうか。
「……決まりました」
イリスト様の硬い声が響いて、会場が一瞬ざわめき、そして静かになった。
まっすぐ前を見つめて、イリスト様がこちらへ一歩近づいてきた。
あ、この匂い…。
そう思った時には、イリスト様が他の誰でもなく私の目の前に立っていた。
「彼女が、僕の愛する僕の花嫁です」
イリスト様がそう宣言すると、静かにヴェールを捲っていった。
私の紫の目が、イリスト様の緑色の瞳を捉えた。
姿を現したのが正解の私だったとわかった途端、式がありえないほど盛り上がった。
呑める者は酒をもう一度乾杯しなおし、普段お淑やかでありなさいと言われている淑女たちまでハンカチをぶん回している。
もはやお祭りである、本当に王太子殿下の参加をお断りしてよかった。
「よくやりました花婿ーーーっ!いやーっ、ヒヤヒヤものだったぞ〜!というわけで、義姉様、これからよろしくお願いしますね〜〜!お幸せにーっ!」
イリスト様の弟である本日の進行役は、おいおいと大泣きしている私の父の肩を抱いて酒をすすめている。
どうやら一緒に呑んで付き合ってくれる様子だ、気が利くのは兄弟揃ってそうらしい。
私の他にヴェールを被っていたお姉さんたちは、自分の手でヴェールを剥ぎ取って私に抱きついてきた。
「きゃあ〜〜っ、おめでとう!クノエ!」
「ありがとう!ごめんね、偽物の花嫁役なんて押し付けちゃって」
「いいのよ!可愛い従妹のためならねっ!」
「まあ、あたしたちのうちどちらか選ばれても困ったけどねーっ。あたしら、既婚者だから!」
そうなのだ、今回の偽花嫁役は従姉のもう結婚している姉さんたちに頼んでいたのだった。
「それがクノエの父様のなけなしの気遣いだったってことでしょ」
「もうっ、ほんとおめでとうクノエ。イリスト様、うちの大事な従妹をよろしくお願いしますね」
「はい、それはもちろんです」
イリスト様がニコッと笑うと、従姉の姉さんたちはイリスト様に私を預けて、さっさと酒呑みに加わりにいってしまった。
正解したらあとは興味がないようで、主役のはずの私たちは宴会に置いてけぼりになっている。
でも、それはなんだか心地がよかった。
ようやく、イリスト様とまともに式を過ごすことができる。
「イリスト様、見つけてくださってありがとうございました」
「クノエこそ、信じて待っていてくれてありがとう」
「ところで、イリスト様。あれ、効果ありましたね」
「しーっ、内緒だよクノエ」
パチンとウィンクしたイリスト様に、私も同じような顔で微笑み返した。
私たちは父の望み通り、花嫁を探し当てるおかしな結婚式を実行したが、正攻法でいくとは言っていない。
昨日、私たちは念の為にあらかじめパートナーの匂いにだけ敏感に反応する魔女の薬を飲んだ。
どうも、パートナーの匂い充満の状態で盛り上がりたいカップルにとても人気でよく売れているそうだ。
パートナー同士両方が飲まないと効果がないらしいため、私も飲んでいる。
だから、一歩近づいただけでイリスト様だとわかったのだ。
イリスト様の匂いはエスコートされる時になんとなく鼻が覚えていたし、魔女の薬を飲んで濃くなった匂いですぐにイリスト様だとわかった。
それは、イリスト様も同じだった。
儀式婚にするにあたって文献を調べまくったけれど、小細工してはならないとはどこに書かれていなかった。
むしろ、なんとか王女と結ばれたくて、あの手この手を使って頑張っていた人の話がいっぱい見つかったくらいで、それでもうまくいかず……というものばかり。
結局、その王女を選んだのは、何も小細工なしにすんなり当てられた異国の平民だったとか。
彼がどのようにして王女を判明したのかは記録に残っていなくて、不思議な話として今も語り継がれている。
今、すぐ隣にいてイリスト様の匂いが私の元に全部集まったのかと思うくらい、濃く感じる。
それをイリスト様も感じているのかと思うと、ちょっと気恥ずかしくもある。
それでも私たちの念の為の小細工もバレていないし、成功でしょう。
これで、父もしばらくおとなしくなることだろう。
「クノエ」
「はい、なんでしょうか」
「でもね、僕、匂いがなくてもクノエだってわかったから、匂いがした時すごい嬉しかったんだよね」
「そうなのですか?」
「うん。匂いがなくてもわかる気持ちが、僕にはわかった気がする」
「えっ、それってどんなものだったのですか?」
「う〜ん、ビビビとくる、みたいな?」
「私もそれ体験したかったです」
「ふふふ、クノエ。やっと結婚できるね」
イリスト様は溶けちゃうんじゃないかと思うくらい優しく微笑むと、私の顔を覗き込んだ。
「今日からよろしくね、僕の奥様」
「末長くよろしくお願いしますわ、旦那様」
主役の私たちがニコニコしあっている間も、お祭り騒ぎはおさまらなかった。
だけれども、みんなが私たちを祝福しているのだとわかって、結果だけ見れば悪くなかったかと思えたり。
晴れて夫婦となれたのだ。
今日からこそ、イリスト様に選び続けてもらえるように頑張っていこうと思う。
了
お読みいただきましてありがとうございました!!
283日目。




