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遊佐 あかり

 その年は残暑が厳しかった割に冬が来るのが早かった。11月初めなのに昨夜の夜半から雪がチラツキ初め、佐久間(さくま)祐二(ゆうじ)遊佐(うさ)あかりが朝早くに出発した頃には辺りにはうっすらと雪が積もり始めていた。

 もっとも近いホテルからレンタカーを駆っておよそ3時間。ようやく着いた村で出会う人に片っ端から聞き込んで2人がようやく目的地らしきところについたのは昼を少し回った頃だった。

 2人の目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。


「……これ、ほんとに目的地であってる? この先にそんな神社、本当にあるの?」


 あかりは、おちつかなさ気に雪を踏みならしながら、祐二に問いかけた。

 あかりが言っているのは森の木々の隙間に見え隠れしている石段のことを言っているのだ。

 石段はほとんどが土と苔に覆われ見えなくなっていた。

 もう何年も、ひょっとすると何十年も人が通っていないかもしれない。

 2人は今からこの石段を登り、森に分け入ろうとしていた。


「一応、航空写真には社っぽいものが森の奥にあるみたいなんだ。

この石段がそこに続いているかはわからないけどね」

「頼りないわね。

そもそもそこが『縁切神社』かも未確定なんでしょ?……、あれ、名前は『縁切神社』で良かった?」

「うん。合っている。

明治期の地誌に一度だけ出てくる。『縁切神社』って名前でね。

まあ、本当にここがその目当ての神社かは行ってみないと分からないけど、地誌に出てくる地形と一致するのはここしかないんだ」


 佐久間祐二は、大学で民俗学を専攻する学生だった。卒論のテーマは「縁切り信仰と記憶の民俗」。

 あかりは同じゼミの友人で、今日はそのフィールド調査に付き合っていた。


「でもさ、地元の人に聞いても、『そんな神社なんか知らない』って言ってたよね」

「それが逆に引っかかるんだ。

『縁を切る代わりに、切られた者は祠に封じられ、誰からも忘れられる』っていう言い伝えがある。

記憶から消えるってことは、神社の存在自体も忘れられていくってことかもしれない」


 あかりは眉をひそめた。


「……それ、信仰っていうか、呪いじゃない?」

「まあ、それほどまでに縁を切りたい相手がいたってことだろうね。誰かの願いは誰かの呪い。

人に祟る悪霊だろうとなんだろうと利用できるなら祀り上げて神様にしてしまうのが人間さ」

「おお、怖っ。

ま、なんにしても行けば分かるわよね」

「そういうこと」


 2人は意を決すると森の中へ足を踏み入れた。

 緩い登りを歩くこと20分。

 2人の息が大分上がりかけた頃、突然視界が開けた。

「あ、鳥居」と、あかりがポツリとつぶやいた。


 2人は崩れた鳥居をくぐり、荒れ果てた境内へと足を踏み入れた。

 雪が積もった玉砂利。

 倒れた灯籠。

 半壊した社殿。

 見る影もなく荒廃していた。ただ、ここが神社であった痕跡は残っていた。


「建物の配置や造りから推測するに神社の跡なのは間違いないわね」

「そうだね。

本殿がこっちだとすると記録にある祠はこっち……あれ、行き止まりだ」


 本殿の残骸に向かって左手に向かうがすぐに森の木立に遮られてしまった。


「外れってこと?」

「う〜ん、そうなのかな……

もう少し辺りを探してみるか」


 2人は社殿の裏手に回ったり、鳥居の方へ戻ったり祠らしき物を探したが見つけ出すことはできなかった。


「何もないわね。やっぱり違うんじゃない?」

「ああ、くそぅ〜!

また(いち)からやり直しかぁ」

「ファイト!

じゃ、折角だからこの辺の写真は撮っておくね」


 気落ちする祐二を慰めながら何かの資料にと、あかりは周辺の写真を撮り始めた。社殿の内部の写真を撮っていると突然あかりは悲鳴を上げた。


「ど、どうした?!」


 慌てて祐二は社殿に向かった。見ると、あかりの片足が社殿の床を踏み抜いていた。


「大丈夫か? ケガはないか?」

「痛ったぁ〜。だ、大丈夫だけど、なにこれ。突然床が抜けたわ」

「あかりが重かったんじゃないか?」

「失礼ね。板が腐ってたのよ……って、なにこれ……これ地下通路……かしら」

「地下通路だって?!」


 確かに、あかりが踏み抜いた床の下には地下へ続く通路があった。

 2人は協力して床に開いた穴をなんとか人が入れるぐらいの大きさにまで広げた。

 とりあえず祐二が通路へ降りた。


「先が見えないな」


 携帯電話のライトで通路を伺ってみるがよく見えなかった。

「行くの?」と問うあかりに祐二は「当然」と答えた。


 通路は低かった。

 それでも少し前かがみになれば進めるぐらいの高さと広さはあった。

 携帯電話のライトを頼りに2人は通路を進む。通路はすぐに直角に左に曲がっていた。

 2人は無言で通路を進む。

 形容しがたい圧迫感が2人を自然に無口にした。やがて通路は大きな空洞にぶつかった。

 空洞は普通に立てるぐらいの高さがあった。

 縮こまった腰を伸ばすと2人は休むことなく今度は空洞の様子を探りはじめた。2つのライトが空洞のあちこちを錯綜する。と、あかりが叫んだ。


「祐二、あれ!」


 あかりの指し示すところに祠が浮かび上がって見えた。祐二の息を呑む声が微かに響いた。

 祠は高さが2メートルほどで幅は1.5メートル。奥行きは分からない。と言うのも半分ほど空洞の壁に埋め込まれていたからだ。全体に苔がつき、材質が木なのか石なのか判然としなかった。


「……これ、祠、だよね?」

「うん、うん。祠だ。

『本殿の左。暗き祠』

地誌の記述に合致する。ここが縁切り札を納める場所だったんじゃないかな」


 興奮を隠すことなく祐二は早口で喋る。喋りながら祐二は手袋を外し、祠の扉に手をかけた。祠の扉は観音開きになっていた。引いてみたが、びくともしない。


「開かない。鍵がかかってるのか?」


 祐二はポケットから折りたたんだ紙片を取り出した。古文献の複写だった。


「……そういえば、祠を開けるには『まじない』が必要って書いてあった。その『まじない』を唱えて開いた祠に縁を切りたい人間の名前を書いた縁切り札を放り込むと願いが叶うらしい」

「え、ちょっと待って、もしかして儀式をやるつもり?

縁切り札なんて用意してるの?」

「用意してないよ。消えてしまうと思うほど縁を切りたいヤツなんていないからね。大丈夫だって。試しに唱えてみるだけだし」


 祐二は紙を広げ、『まじない』を唱えた。


「ねくさらせ えたえ なきえされ」


 なにも起きなかった。暗闇と耳が痛くなるほどの静寂しかなかった。

 2人は無言のまま顔を見合わせた。そして、もう一度、まじないを唱えようとした、その瞬間。


 ガコン


 なにかが外れるような音が空洞に響いた。そして、ゆっくりと祠の扉が開いた。


「まじかよ……」


 まじないを唱えた本人である祐二がかすれた声で呟いた。

 ゆっくりと祠に歩みよると扉に手をかけ、そして、一気に扉を開いた。


祠には……

   何もなかった

 

「なんだこれ」


 絞り出すような祐二の声が空洞に響いた。


 本当に祠には何もなかった。

 真の闇、ボッカリと空間に開いた穴、と形容するしかない光景が広がっていた。


「……え、なにこれ。奥が見えない」

 

 祠の中をライトで照らしたあかりは言った。いくらライトをかざしても手ごたえがない。果てない先まで続いているように見えた。


「ライト壊れてる? 

光が……届いてない……?

いや、いや、そんな。なにか光を反射しない幕かなにかで覆われているんじゃ……ないのか」


 祐二は必死になって合理的な解釈を探す。しかし、祠の中に手を入れて確認する気にはならなかった。

 本能が触れるな、と警報を鳴らしているのが分かった。


「……ちよっと、ちょっと、なに、これ!? 闇が膨らんでない?!」


 あかりが悲鳴を上げた。

 祐二は目を瞬かさせ、何度も見直す。あかりが言うように祠から闇がじわじわと滲み出てきているように見えた。


「そ、そんな馬鹿な……

な、なにかの目の錯覚だ……」

「ダメ、ダメ、ダメだって。

これヤバいやつだ。

に、に、逃げないと!!

これ、ほんとに……やばいって!」


 その瞬間、祠の奥から声がした。


「おーーい」


 それが合図になった。二人は反射的に背を向け、逃げようとする。だが、足が動かなかった。


「え? え? なんで……足が……!」

「動かない……動かない……!」


 声はだんだん大きなる。いや、声の主が近づいてきていると言うべきか。

 祠の奥から、誰か……、何か、が近づいてきていた。祠からも闇がどんどんとあふれ出てきていた。もう目の錯覚などと誤魔化すことはできない。間違いなく漆黒の闇が祠から祐二とあかりのいる空洞を侵食していた。

 たちまち2人は闇に包まれた。

 もう目の前の自分の手すら見ることができない。携帯電話のライトもまるで役に立たない。


「やだ! なにこれ。なんなの? なんなのよ!」


 あかりは半泣きで狂ったように叫ぶ。

 そして、闇に包まれ見えないが隣にいるではずの人物に助けを求めようと口を開いた。


「助けて……、えっと、えっと」


 あかりは口を開いたまま呆然となる、ついさっきまで一緒にいた人物の名前が思い出せないのだ。忘れるはずがないのにまるで思い出せない。まるでその存在が拭い去られたように。


 縁を切られた者は祠に封じられ、誰からも忘れられる


 あかりの頭にその言葉が蘇る。


「そんな、そんなことが……ある訳が」


 その時、耳元で囁くような声がした。


「……縁切った〜」 

 

 無邪気な子供のような声だった。

2025/11/12 初稿

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