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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第三章 セドゥーナ学園・前編 学園生活と影
95/115

91 砂色の髪の少年は

 

 ――それは、数時間後の出来事だった。


 異国の街の祭りの喧騒に(まぎ)れてひた走る。心臓がバクバクと破裂するように苦しいが、

 身体を前のめりに、大きく腕を振って、脇目も振らず駆け抜ける。

 この国はいつも騒々しい。少しのことでみんな大袈裟に、馬鹿のように笑って騒ぐ。

 人の波を縫って走ることなどお手の物だ。直ぐに魔獣を用意してある場所に着く。

 あいつらは、いつだって愚かにも出し抜かれるーーー



 カツンカツン……囚人や見張りの声がまるで何かに吸い込まれたように一気に消えると直ぐに、静かな空間に靴の冷たい音が響いた。

 暗く(わず)かに灯りがある牢屋の中を、確かな足取りで近づいて来る。

 学生であった囚人のトム・ロックの囚われている場所は、街中にある牢獄だった。街からやや離れた距離ながら、警察署からも近い。

 立地の最も良い刑務所だった。

 トムは未成年であることを配慮されて、他の囚人からは離れた独房だった。

 鉄の格子の向こうで、砂色の髪の少年にもまだ近いように見える青年は、地べたに両膝を抱え顔を伏せてじっと座っていた。



「……どうした…始末(しまつ)しに来たのか?」


 トムはそのままの体勢で、低く呻るように言った。


「始末するのは、厄介なだけだ」


 顔を上げると、現実離れした霧が薄ら掛かって、格子の向こうに、黒い人影が鍵の束を手に握り前に突き出している。


「はは、ボス本人がお()りとは、俺も出世したなあ」


 そんな風に言うものの、全く(うやま)う様子ではない。トムにとってボスと呼ぶように強いられただけだからだ。

 しかし、恐怖からの緊張からか声は震えて(かす)れている。


「…………」


「…まだ、あいつと…愚か者と組むつもりなのか?…いや、余計な話だな…」


 トムは立ちあがって近づき、格子を握って鍵を受け取った。

 格子と霧の向こうには、先ほどまで騒いでいた囚人が、可笑しな姿勢のまま眠っており、(そば)で立っている見張りの警官は虚ろな表情で(くう)を見つめている。

 凄まじい術だなと、トムは背筋がぞっと凍るような寒気を覚えた。

 無言で鍵を受け取ると、自分の牢の鍵穴に差し込んだ。


 いつの間にかボスは消えており、トムは小さく舌打ちした。


 いつの間にかそばにあったマントを羽織り、牢屋の中を進む。皆術に掛かっているのか、人形のように動かない。

 これは楽勝だ、とにやりと口を歪ませながら先に進んだ。しかし、牢の門をくぐり終えた瞬間、その場の空間を切るように警笛の音が鳴り響いた。

 チッ、また舌打ちをして、フードを被り直し、闇に紛れるように駆ける。


 (おいおい、術を掛けるなら、もっと長く掛けろよ……)


 思いがけず全力疾走することになった、トム・ロックは、ラッチ・リーの(かお)になった。その年齢に似合わぬ老獪(ろうかい)さの(にじ)む貌だ。




 トムの脱獄の一報が来たのは、朝早くのことだった。

 知らせに来てくれたカルラと共に、寝ぼけ眼のマドカをスリングに急いで入れて、執行部部屋へ急いだ。

 アーシアは執行部の()め所に訪れるのはこれが初めてなので、迷わないようにカルラの後を必死に付いて行く。

 執行部の詰め所がある場所は、やはりあの裏庭にほど近い場所のようだ。位置のみは何となくわかった。

 廊下はやや暗いものの、学園の様子と変わらない。

 一つの扉の前に止まると、カルラには珍しく大きな音を立てながらドアを乱暴に開けた。


「まったく何?どうなっているのよ」


 中に入るや否や、カルラは声を荒げた。中に揃っているのは、ステファン・デルメール、フリムカルド・ヴァルケン、ヘルマン・グラウベンの3人だった。


「やあ、我々も驚いたよ。カイトが今、囚人を追いかけている所だ。

 私たちは、闇オークションの捜査の準備もしていてね、おまけに警察が…ばつが悪かったのか、

 我々に伝えるのが遅かったんだよ」


 ため息を吐きながらステファンが、長い指を額に置いた。続けてフリムカルドが、


「カイト先輩は、偶然ちょうど、警察署近辺にいましてね、なにやら()めてる警官たちから事情を聴きだして、

 すぐに後を追ったんです」


「でも、すぐには知らせてくれなかったのね…

 まあ、カイトなら飛んで行っちゃうでしょうけど…」


 4人は顔を見合わせてため息をついた。


「やあ、今日はアーシア嬢も一緒なんだね。折角(せっかく)だから、そんなところに立ってないで、こちらへどうぞ」


 ステファンは、穏やかにアーシアを大きな楕円のテーブルの一席に座るように勧めた。

 そして、壁際のサイドテーブルの上のティーポットから、アーシア用にお茶の用意までしてくれたのだ。

 年上の男性に、お茶なんて出してもらい、恐縮するアーシアだったが、皆慣れた様子でそれぞれ自分のお茶を貰っているので、いつものことなのかもしれない。


「それにしても、この警察の報告書を見る限り、私たちが聞いた以上の情報はなさそうね」


「ええ、爆弾を作れそうな錬金術師の名簿も取り寄せたのですが、目ぼしい相手はいませんね」


 フリムカルドが、分厚いファイルを取り出し目を通した。


「……外国人って線もありますが、怪しい人物は今のところは…

 錬金術師は、外国人でも調べれば、大概(たいがい)分かるんですがね」



 会議用の大きなテーブルの真ん中の、丁度アーシアの目の前に鑑定紙のようなものを敷いた上に、金属のトレイが乗っている。その中にはピンク色の錠剤が無造作に入っていた。

 大きな楕円形のものが余り乗っていないテーブルに、雑に置かれたその皿は、奇妙に浮いて見えた。

 なんとなく気になっているアーシアの様子に気が付いたカルラが、説明するように言った。


「ああ、そのね、ほら前にも言ったでしょ。美容食品、あのフリン商会のものなの。

 その紙は、鑑定結果よ。気になるなら、見てもいいわ。でも、食べるのはNG。毒にはならないそうだけどね」


 カルラはステファンから貰ったお茶に優雅に口を付けた。


「あの…鑑定してみてもいいですか?」


「あら、鑑定スキルもあるのね。いいじゃない」


「もちろんどうぞ」


 カルラとステファンの言葉が同時に(かぶ)った。

 薬か食品扱いだろうから、誰が作ったかまでは分からないだろうが、と思いながらアーシアは鑑定を使った。

 鑑定と唱え、内容を見てアーシアの顔は白くなった。


「なに?どうしたの?変なものでも入っていた?」


 ただ事じゃない様子のアーシアに、カルラは慌てて聞いた。

 皆、心配そうな顔をしてアーシアを見ていた。


「いえそのう、美容食品って普通、調理スキルか…錠剤なら薬学の調剤で作られますよね…」


「そうね、これの場合は、カテゴリが薬食品だからね」


「この錠剤、錬金術師が作ってます。あ、つまり、錬金術でできてるんです」


 ガタンとフリムカルドが思わず席から立ちあがりそうになった。

 またここで錬金術師という言葉が出てきたからだ。


「なるほど、私たちは鑑定書には項目がなくて、当然載っていない製法の手段まではわからないですからね…」


「盲点だったわね。てっきり薬剤師が作っているものと思っていた。

 だって、その美容食品の制作者って…


 ちょ、ちょっと待って。その制作者って!イヴァン・イアヴェドウズじゃないの!

 あいつ、錬金術師だったの?!」


「彼は、薬剤師としての登録しかありません」


 フリムカルドが、驚愕を(にじ)ませながら務めて冷静に言った。





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