89 解けそうで解けない
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現行犯逮捕された、ラッチ・リーこと、トム・ロックは、取調室で急に倒れたため、彼の取り調べは中断された。トムは二人の警官に抱えられて拘束されたまま連れて行かれた。
アーシアたちは、先ほどの担当に当たっていた中年警官に話があるので待っていてほしいと言われ、その場に待っていた。
アーシアは、スリングのマドカの背のある方を軽く擦って、念話を送った。
《ねえ、マドカ。精神系の魔法って、隠しておきたいことを話せなくするような…所謂、口封じみたいなのはある?》
《もちろんあるよ。一番使いやすい奴じゃないかな。
ほかには、相手を操るとかもあるけど、掛けた後に発覚しやすいんだ。中々技術がいるみたいだよ。
その点、いまアーシアが言ってたやつは、使いやすいんだ。相手の意識も保ったままできるしね》
《そうなのね。でね、精神系魔法なんて初めて聞いたんだけど、このセドゥーナ学園では教えてないわよね?》
《教えるもなにも…普通の人間には使えないよ。神聖魔法よりも使えるやつがいたら、レアだよ》
《……誰が使えるの?》
《魔族さ。大陸の北に住んでる。あとは、魔族の血を引いてるやつ!》
アーシアは驚きすぎて、スリングをぎゅっと握りしめてしまった。
「ぎゃにゃっ?!」マドカが声を上げた。
「ああ、ごめんごめん!」
マドカは、スリングの中から少し身を起こして、手をぺろぺろと舐め身づくろいしだした。
《ごめんね、マドカ、痛くなかった?》
「ニャーン!」《大丈夫!》
《ちょっと、びっくりしちゃって。そんなに…その、魔族っているの?
あ!!もしかして、魔王とか?!》
手を舐めながらちらりとアーシアに視線をやると、マドカはするりとスリングから抜けて、アーシアの肩に手を伸ばして抱きついた。
《魔王は、種族はあんまり関係ないんだ。まあ、詳しく話すには時間がないけど。
魔族は、ほかの長命種と同様の存在さ。えっと、この辺でも、ドアーフとかよくいるだろ。
人数はすごく少なくて、大概まとまって暮らしてるもんさ》
「そ、そうだったのね……」
唖然となり、ぼそりと独り言を言ってしまったアーシアに、カルラが振り返った。
「なあに?どうかした?もう、そろそろ来るわよ」
「あっ、いいえ、なんでも。
…そうだ、あの…トム・ロックなんですが、口元に可笑しな痙攣がずっとありまして…
何か変なのものを盛られていたり、なにか術に掛かっているかしているかもしれませんので…」
「うん、そういえば、そんなこと言っていたわね。
精神魔法は、ご法度なのよ。たまに弱いのを使える…一般人もいたりするけど…
でも、そこまでしっかり効くとなると…確実に犯罪組織が関わっているに違いないわ」
「そ、そうなんですか…それでなんですけど…
以前練習で幾つも作ってるんですけど…解毒剤というかディスペル剤があるんですが、もし、よかったらトムに使ってみてもらえませんか?」
そう言って、アーシアははっと気が付いた。自分のような学生の作ったもので、しかも安全か分からないようなものなんて。
「あ、ああ、決して危ないものではありませんので」
慌てながら言うと、カルラだけでなくフリムカルド氏まで、是非にと肯定するので、アーシアはアワアワと動揺してしまった。
氷結の騎士の名をもつフリムカルドだ、普段は名が体を表すように真面目で厳しい人らしい。
(確かに、取り調べのときは、the氷魔導師っぽかったな。氷魔法使って威圧してたみたいだし…)
そんな事を思いつつも、空間収納から小さな細長い瓶を取り出して、二人に見せた。
「これなんですけど…」
「うん、オッケー」
そう陽気に言うと、丁度来た警察官に何の躊躇いもなく、これ飲ましてね、と言って渡した。
執行部のエージェントから、渡されたものだからか、生真面目そうな警官は何も言わずに、はい、と素直に受け取って行った。
迎えに来た警察官に案内されて、応接間のような部屋へと通された。
先ほどの中年の警官を含む3人と、アーシア、カルラ、フリムカルドだ。
「ご協力、ありがとうございます」
そう言いながら、どうぞ、とソファに案内し、もう一人は調書を記入する用意をした。
中年の警官はアーシアから、学校での様子を聞く番になると、
「やはり、セドゥーナ学園の学生なんですが…」
と、苦々しい顔をして、ため息をついた。
「学年は違うので…」と前置きして、友人のメンターとしての手伝いで話したくらいであること、あまり友達はいなそうなことなどを話した。
他の疑わしいことについては、カルラから全てはまだ話さないよう言われていたので、憶測なことは言わないでいた。
そのせいか、カルラたちもセドゥーナの外での情報など全ては話さない。協力関係ではあるが、距離があるのだろう。
「容疑者の身柄ですが、執行部さまによる捕獲ではありますが、こちらで引き取らせていただきます。
それでですね、彼の身元引受人が、捕まりませんで…つまり、架空の人物だったんです。
まったく、困ったものです。ギリギリ未成年ですしね…」
そんな話を聞きながら、今日の事件のあらましを調書にするのを手伝った。
それにしても、トムを捕まえてまた疑惑だけが残った。
なぜ特殊な魔石やアイテムを集めるのか、背後にいる名前以外不明のノシュアラト卿や、ダフネ女史との関係も。
闇オークションとの関係もある。今日の現場はやはり、次に闇オークションが開催されるという場所にほど近い。
それにあの爆弾を作る錬金術師の存在だ。アーシアはあの爆弾に何とも言えない嫌な気配を感じるのだ。
ーーー悪意、とでも言うのだろうか。爆弾製造は錬金術師のみ出来る特殊な分野の内の一つだ。
あんなものを同じ錬金術を目指すのもとしては、相容れない。認められない。
アーシアにとって錬金術は、素晴らしいものを創り出し、皆を幸せにするためのものだった。
何故か、この事件に拘りを感じるのは、そういった気持ちから来たものなのだろう。
また、アーシアの捉えた謎の球は、爆弾であろうということで、正式に調査のため学園に送られるとのことだった。
「そういえば、あの赤いチャームは?」
アーシアが訊ねると、
「ああ、一応、そちらも学園に送りました。気になるようでしたら、後で確認してください」
書類の作成が終わって、もう帰るという時に、中年警官がまた伝達を告げた。
「引き続きの、トム・ロックの事情聴取は、明日の午前となっています。
また、お手数ですが、ご一緒願います」
そう言って、玄関まで3人を見送ってくれた。
外はもう、日が落ち始めて、空は翳って来ている。
風は少し冷たくなびいた。警察署から出て階下の街灯りを見ると、お祭りでいつもよりもキラキラと輝く明かりがそこかしこに灯り、楽し気な音楽が聞こえて来た。
中心街の屋台は、お菓子が多いのか、風に乗って甘い匂いが微かにしてきている。その甘い匂いに街の飾りがふわりと揺れて、野菜でできた陽気なオーナメントに掛かっていた。
暗くなって直ぐに帰る子供連れの家族ともすれ違う。それぞれお土産や食べ物をもって、皆、にこにこと笑顔に溢れている。
思わずこちらの頬も綻ぶほどに。
「この事件、解けそうで解けないわねぇ」
腰を両手でぐっと押すようにして身体を伸ばしたが、ふと何かに気が付いたようにアーシアの横に立っている、若いのに普段はその名の通り氷のような人物を見上げた。
夕日の残り火がまだ少し赤くて、三人の顔を照らしている。
「…融けなそうで、融けそうなものもあるのね…」
小さく楽し気に呟いた。
お読みいただきありがとうございました
また、今週もよろしくお願いいたします




