87 港町エリア
カルラの調べで、錬金科3年の学生であるトム・ロックの関与が明らかになってきた。
しかし、学生であるトムにあの緻密な爆弾は作れまいという認識が、アレッサンドロ博士の見解からも明らかだった。
つまりトムはあくまでも実行犯で、誰かがあの爆弾を錬金し、指示しているということだ。しかも、学生であるため、急に捕縛することも躊躇われた。
あそこまでの爆弾を作れるのは、アレッサンドロ博士くらいしかいないため、彼と同等の実力を持つ錬金術師がバックに居るとみていいだろう。
一先ずトムを泳がし、カルラの従魔、瑞樹による尾行を継続しつつ、次のターゲットになり得る闇オークションの会場近辺への調査パトロールに向かうこととなった。
「よかったの?折角の連休でしょ?」
美しい声を響かせたのは、いつも華麗でグラマーな、カルラ・アイビーだ。
今日は、いつものピカピカの銅色の髪ではなく、黒寄りのブラウンにしているが、地味になるどころかミステリアスな魅力に溢れている。
服装もいつものようなスカート姿ではなく、ぴちっとした黒のパンツスーツで颯爽としている。
待ち合わせの時に、髪色に驚いたアーシアを見て、いたずらに成功したように、嬉しそうな顔をしたカルラだったが、地味な色に髪を変えて変装しても、美しすぎて目立ってしまっている。
「どう?短期カラー、よく似合ってるでしょう?」
得意そうに言うカルラに、アーシアは言葉にならず、ぶんぶんと頷いて肯定した。
今日は、連休ということもあって、ポルタベリッシモの港町地区は、活気に満ち満ちていた。
秋の収穫祭の連休週間で、街のあちらこちらで珍しい市が催されていて、アーシアは気もそぞろにキョロキョロしてしまう。
港町地区は、収穫祭の飾りや人形などが賑やかに飾り付けられ、子どもを連れたファミリー層も多い。
アーシアは、旅に出る前に初めて作った冬用の赤い巻きスカートの下にズボンと編み上げブーツ、上着は短いグレーのケープ風ジャケットだった。
このジャケットはネック部分がニット生地になっていて、そこを伸ばして簡単に顔が隠れる仕組みになっている。寒い時などに重宝するデザインだ。
厚手のスカートはこの温暖なセドゥーナでは暑苦しいのではと心配したが、海から来る風が思いのほか冷たく、丁度良かった。
《なあ、ご主人、なんだか不思議なにおいの街だなあ》
スリングの中で、マドカが念話で話しかけた。今日は、マドカもスリングに入って同行している。
《うん、これは…海の匂いかな?あと、お魚の匂い。
ほら、ここお魚が沢山並んでるわ。魚市場みたい!》
アーシアは、通りを挟んで並んでいる魚屋さんに、目が釘づけだ。
少し先に行くと、魚の焼けるいい匂いもしてきた。
《こ、こ、これは、お腹が空くぞう…》
ふふふと小さく笑っていると、カルラがにこっと笑って、
「なにか欲しいものある?寄っていくわよ」
と言ったが、でも、一応捜査パトロール中であった。大丈夫なのだろうか。
アーシアの表情から、直ぐに気が付いたのか、
「ふふ、大丈夫よ。瑞樹がちゃんと追ってる。
私たちは、なるべく自然に振る舞わないとね。だから、いいのよ」
スカートに付けた巾着袋に、例の魔石発見機レーダーが入っている。少し改良して、目当てを見つけると光るだけでなく、小さく振動して知らせるのだ。
なので、危険は直ぐに発見できるはずではある。
アーシアは、先ほどのよい匂いのする通りに入った。こんな場所でもカルラは目立ってしまって、道行く人がはっとして目で追っている。
(ああ、でも、やっぱり、お刺身ってないなあ…)
《なんだ?おさしみって?》
《あら、聞こえちゃった?お刺身はね、生で食べるお魚のことだよ》
《人間は、お魚、なまで食べないぞう?》
と、不思議そうにマドカがスリングからアーシアを見つめている。
アーシアは、マドカに安心させるように微笑んだ。
(そうか、やはりお刺身はこっちでは一般的ではないのね…ちょっと、残念)
皆で、通りにある屋台でイカ焼きや魚を焼いたものを買い、歩き食べをした。マドカもスリングから出てアーシアの肩の上で、フニャッフニャと言いながら上手に焼き魚を食べている。
アーシアは片手でマドカの分をもう片手に、自分のイカ焼きを持ちながらのんびり通りを歩いた。
カルラまで、串にささった魚を平気で食べているので、思わず驚いてしまう。
「大丈夫ですか?」
と聞いてしまったが、
「なにが?」
と、まるで気にしている様子に見えなかった。
こんなに綺麗な人なのに、飾らない人だなあと、アーシアは不思議に思っていた。
気が付くと、店のある通りは端になり、その先は細い路地に繋がっている。
カルラはアーシアを見ると軽く頷いて、その通りをさり気ない感じで入っていった。
大きな通りではないものの、ちらほらかわいらしい雑貨屋などがあって、中々趣のある道であった。
少し行くと、アーシアの巾着の中が細かく震えた。
「カルラさん…」
アーシアが、小声で呼びかけた。カルラは頷いてそのまま通りを歩く。
この収穫祭の市場がある通りは、海がある場所よりも少し離れているものの、貝殻や海にちなんだ雑貨が多い。
人の通りもまだ多くて、お祭りの開始待っているのかもしれない。
夕方からパレードが始まり、夜になると広場に集まって、音楽を奏でたり皆で踊ったりもするようだ。
「動きがあったようよ。この近くで止まっている」
目を前に見据えたまま、カルラは軽い微笑みを浮かべながら言った。
「こんな場所を選ぶとしたら…ちょっと、どうかしている」
そう小声で呟いたカルラは、顔に笑みを浮かべたままだが、目は冷たく据わっていた。
発見機はいよいよ激しく震えるため、アーシアはそっと取り出して表示画面を見た。
丁度、コンパクトのような形をしているので、持ち出して顔を近づけても、ありがたいことにそんなに目立たない。
レーダーは、2つ、大きなものと、小さくて光が鋭いものが重なって表示されている。
「カルラさん、これ…」
アーシアの顔にも緊張が走った。カルラは、頭上を見上げてなにか真剣な面持ちで、小さく呟いている。
きっと、そばに瑞樹がいるのだろう。
「場所は分かってるから、こちらを迂回して行きましょう。その方がよく相手を観察できると思うわ」
二人で、脇道に入って西に真っすぐ突っ切る。
「こっちの方角は、やっぱりオークション会場の予定の建物が近いわね」
T字路に出る脇に、街路樹が大きく枝を広げている。そこが目隠しになって、その道の向かい側の荷箱が数個積んである傍に、あの怪しいフードの人物が佇んでいる。
アーシアは、発見機のバイブ機能を切って、カルラと共にそっと木の陰に隠れて見ていた。
あちら側にも当然似たような街路樹が立っており、見通しの良い南から視界を遮っていて死角になっている。
フードの男は、荷箱をわずかに開けて隙間を作ると、フードの脇から球状のものを取り出して、その蓋のようなところを開けて何かいじっている。
フードの脇から、キラッと赤く光が反射した。あのチャームだった。また、真剣にその球をいじっているため顔を傾けると、あの石仮面が露わになったのだ。
(やはり、ラッチ・リーは、トム・ロック…)
カルラは、空に向かってなにかを合図すると、アーシアに目を合わせた。
「行くわよ」
アーシアも、頷き返して、襟の生地を上に引き上げ、口元を覆った。相手に知り合いだと分からないようにだった。
「了解です」「ニャ!」
マドカはすでに、街路樹の上に隠れてスタンバイだ。
先に、カルラが蔦の魔法を展開しながら、路地から素早く飛び出て行った。カルラの蔦は素早くフードの男に伸びて絡まった。
アーシアも広い道に出ると、腕を振り上げサスマタを、空間収納から呼び出した。
お読みいただきありがとうございました




