8 ビッコロ村の錬金術師
カタリナ・オーツさんの仕事は忙しい。村の人がしょっちゅう訪ねてくる。体の具合がよくなってきた蘆屋改めアーシアは、寝巻から用意されていた簡単な茶色っぽい服に着替えた。服は薄茶よりのベージュで被り式になっていた。そして漸く自分の滞在している部屋から出て、何かお手伝いはないかと声をかけた。
生活スペースと一体になっている工房は広いわけではないが、整頓され使いやすそうだ。物づくりを見たりやったりするのは、地球にいた時から大好きなことだった。2つの作業台と大小の鍋。壁側の作業台の上には木の枠で格子に仕切られた箱には金属の玉や棒、様々な工具などが並べられ木の椅子の前には艶のある作業盤が敷いてあった。部屋の真ん中に位置する大き目の台には何も置かれていないが、壁の棚には所狭しとガラス瓶とブリキの箱がサイズごとに一杯並べられ、天井からは、ドライフラワーや木のへらなどの道具が吊るされている。こんな部屋わくわくしてしまう。
そわそわとオーツさんの邪魔にならないように、作業を見つめていると艶のある石板にむかってオーツさんが真剣に手を翳していた。手元が淡く光り、魔法陣のようなものが一瞬現れた。
(わ!オーツさんの魔法かな?)
手と手の間には細かい粒子か光るように動いて見える。光の粒が渦巻くように徐々に形を作っていく。
粒が液体のようになり固まりだした。光がなくなりオーツさんの指の中で小さくずんぐりした棒状のなにか、金属が現れた。
オーツさんは、慣れた手つきでその金属を木の枠の入れ物に入れた。そこには同じ種類の金属の棒が入っていた。
(インゴットを作ってるの?)
「珍しいかい?」
オーツさんが机に向かったまま言った。アーシアに気づいていたのだ。
「はい、インゴットですか?魔法?…オーツさんの…魔法なんですか?」
興奮気味のアーシアに笑いながら、
「なあに、魔法なんかじゃないよ、錬金術さ。巷では器用貧乏って言われてるけど、この村の人たちには喜んでもらえてるよ。ちょっとした便利な、なんでも屋さ。今は調合用のインゴットの在庫を作ってんだけど、これから頼まれた金具ボタンを作るんだ。見ていくかい?」
アーシアは頷いていそいそと近寄った。
「インゴット生成は、錬金術師なら忘れちゃいけない訓練さ。普段は湿布やら腹の薬やらが多いんだけどね。あたしは、ファーマリストじゃないからさ」
「……ファーマリスト?」
「薬剤師のことさね」
そう言うとオーツさんは今度は別の小さなインゴットを箱からつまみ一つ出して、作業盤の中心に置いて手を翳した。ぶつぶつと何かつぶやくとパッと魔法陣が現れた。
(!)
一言も話さず集中して作業を進めているオーツ夫人のため、アーシアは邪魔にならないように声を噤んだまま、食い入るように見つめた。金属が光りながら粒子になり液体のように姿を変えていく。細かい粒が、離れたり近づいたりねじれるように姿を変える。そして、集まりながら小さくなって、一瞬パッと光った。作業盤の上には、金具ボタンが数個転がっていた。
蘆屋日奈子改めアーシアは、飽きもせず長時間食い入るようにそれを見つめていた。
気が付くと半刻近くたって、オーツさんは小さなボタンを全て作り上げた。小さな物を作るのにすごい集中力だった。
「金具ボタンは丈夫なんだよ。後は指ぬきとか縫い針とか小型の工具とかね。金属のものは鍛冶屋がやらないような細かいものを作るんだ。
でも細工師ほど上手くないんだけどねぇ」
ドンドンドン、ドアをノックする音。
「はーい」
「先生、ボタンできてるかい?ちょっと早く来ちゃったんだけどさ」
大きな男が身を屈めながら入ってきた。