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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第三章 セドゥーナ学園・前編 学園生活と影
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83 トム・ロック

 

 3年生の実習の手伝いに、エリアスと共のひとつ階下の教室にやって来た。

 アーシアにはあまり馴染(なじ)みのない場所だ。エリアスのほかにも、4年生でメンターとして来ている学生がチラホラ居た。

 皆、白衣を着ているが胸のあたりに青い線がある札を付けているのがメンターだ。

 アーシアもまた、エリックに札を貰い付けている。

 エリアスは、グレーの髪のやや中性的な見た目のため、あまり威圧感がなくて、少し神経質なところもあるが付き合いやすい。


 今日は、マドカも同行している。同行許可証があるので、授業でも一緒に連れて行くことができる。この同行許可証(どうこうきょかしょう)は、普通の許可証と違って中々許可されないものだ。

 そのため、従魔を教室に連れて入るのは珍しいことだった。

 マドカは、部屋の一番奥のロッカーになっている棚の上に自ら行った。

 周囲の学生は、キャアと言って、マドカを見つめた。マドカも周囲の羨望の眼差しに満更(まんざら)でない顔をしている。

 ルールがあるので、他人の従魔に勝手に触れてはいけない。なのでマドカは、遠巻きにじっと見られているのだった。



 エリアスがアーシアを連れて、窓側のテーブルに4,5人でいるグループの(そば)へと近づいた。マドカの居る場所にも近い。

 男子3名、女子が2名のグループだ。今日は、ポーションの実習で、ここで定期的に作ったものを、一般学部の武術科へ提供している。

 今日のポーションは、3種類で一人2本の計6本だ。上手くいけば一回の錬金三回で終わるだろう。


「ああ、そろった?今日は、このグループを一緒に手伝ってくれる、アーシアだ」


 エリアスの紹介で、お互いに名前を言い合った。トムは、誰とも親しそうではなく孤立している所を入れてもらっているような雰囲気だった。

 中年の男性のブラウン先生が、部屋に入って来て、授業の説明をする。一番多く講義を持っている先生なので慣れたものだ。

 理科室のような机に二人の男子の隣にエリアスが、向かい合った女子とトムの間にアーシアがさり気なく入った。

 女子の方は、慎重にアーシアに助言を求めながら、錬金術を行った。トムの見た目は、本当に普通で地味な少年だ。声はぼそぼそとざらついているのに、時々高くなって掠れた。

 あまり話さないが、話しても聞きづらい。皆も、慣れているのかあまり彼に構わないでいた。ただ砂色の髪は、妙に甘いような洗ってないのか(あぶら)っぽい不思議な匂いがした。

 こういうところも人から避けられてしまう一因なのかもしれない。

 アーシアは、トムの傍に寄ると身長はあまり変わらなかった。


「来週は、爆薬の実習だね。ひと月ぶりだな」


 そうエリアスが傍にいた3年生に言うと、後輩たちがうんうんと頷いた。

 すると途端に、トムは顔を上げて如何(いか)にも聞き耳を立てているような態度をとった。


「はい、そうですね。

 そういえばやっぱり、4年になるとⅣの爆薬の授業は、アレッサンドロ博士なんですか?」


「いいや。アレッサンドロ先生は応用のほう。そっちでは詳しく爆弾や火薬も勉強するらしいよ。マニアックすぎて、あまり取る人がいないけどね」


「ふ、ふん、アレッサンドロ・ヴィスコンティなんて、か、過去の人、じゃ、じゃないかっ。

あんなのより、あ、アーテー錬金技術せ、せ…学校の方が最先端じゃな、いか…」


 エリアスと他の男子が話していると、その時だけトムは顔を上げて話に加わろうとした。

 しかし、嫌みっぽく聞き取りにくい言い方で、皆半分も聞いていない様子だった。


 そして、トムの番になった。

 実習内容は、頭に入っているようだが、注意深くない。うっかりすると失敗しそうだった。

 アーシアが、手を軽く彼の目の前で振った。


「ちょっと油断すると失敗しちゃうから、ここだけ注意してね」


 アーシアが軽く指先で示すと、言葉の途中なのに、トムはチッと小さく舌打ちした。聞き取れるかどうかの大きさだったが、不快感ははっきり伝わった。足元では貧乏揺すりが止まらない。

 以前もやっていたようだから、舌打ちが癖なのかもしれないが。

 白衣の隙間から、だらしなく(めく)れたズボンのバックルに赤い鉱物のようなチャームが覗いて揺れていた。

 その光は、どこか不穏に思えるほど強く印象に残った。



「…そういえば、あなた、この間の街であった気がするわ」


 急にアーシアが、授業と関係ないことを言ったので、驚いたのかトムは、足をピタッと止めて、


「知らないけど、いつ?」


 と、ボソッと聞いた。気にしてない風を装っているのに、目は真剣だった。


「ええ、爆破事件があったでしょう、ちょうどあの時のあの場所の近くよ。

 わたし、もう少しで巻き込まれるところだったの」


 声を小さく絞って、トムにだけ聞こえるように言った。

 実際には、トムらしい人物を見たのは、別の日でカルラと闇オークションのあった場所の傍でだったので、そこで見たのは嘘だった。

 アーシアらしくなく、意地悪な言い方になってしまい、自身内心では驚いていた。でも、彼の態度を目の前にして、ついと口から出てしまったのだ。

 嘘など言ったことのないアーシアであったのに。大胆にも、意地悪なカマを掛けてしまったのだ。


 トムの顔は、みるみる青くなった。呼吸も不安定な感じになり、明らかに動揺している。

 作っていたポーションも、零してしまい、周りはあっと言って慌てた。


 ポーションを片付けながら、トムは震える声で、反抗的に話した。


「あんなところ行ってませんよっ。あんな人が少ない場所なんか」


 アーシアは、大きく目を見開いた。'あんな'とは?その言い方では、どこのどんな場所か知っているようではないか。

 爆破の現場になった場所を正確に知っている者は、あまりいない。何故なら市民を無駄に怯えさせないために、緘口令(かんこうれい)が敷かれていたのだ。

 多くの人は、闇オークションの摘発のことは、人手が多くて有名だったが、その少し前の爆破事件があった場所について、そこがそのオークションの傍であったことも知らされていないのだ。


 トムは青い顔のまま、さっと荷物をまとめると、まだ実習中であるのに、ブラウン先生に一言二言いって、教室を出て行った。

 皆もいつものことなのか、なにも気にしていなかった。ただ、ロッカーの上に座ってじっとしていたマドカだけが、彼が出て行ったあとを追うように小さく鼻を鳴らしていた。



 恐らく、トム・ロックは、事件に関係している可能性が高い。先ほどの台詞もそうだが、あのベルトに付いたチャームは、あの日のオークションで落札された赤い魔石の一つにそっくりだった。



 授業が終わり、アーシアは3年生の学生に囲まれた。アーシアが人気というよりは、マドカとお近づきになりたい女生徒が多くいたのだ。

 マドカは、可愛くニャーンと鳴いたりして、お愛想(あいそ)を振りまいている。すっかり人気者だ。


「そういえば、あの…トムって男の子、途中で出て行っちゃったけど、大丈夫?

 誰か親しい人はいるの?ほら、終わりにプリントもらったでしょ、あれ…」


 アーシアは、傍でにこにこマドカと(たわむ)れている女子に聞いた。


「ああ、ロックくん、よくそういうことあるんですよ。

 親しい人なんて、いませんよ。この学校も長いんですけどね」


「そう、誰か親しい…例えば先生とかは?」


 女子学生たちは顔を見合わせて、首を(ひね)った。マドカが、促すようにニャーンとまた鳴いた。

 きゃあっと、歓声があがる。


「うーん、そうですねぇ。本当にいつも神出鬼没でどこにいるのか…」


「ああ!よく火魔法科のある中庭で見るわよ」


「私は、図書館で見たかな?錬金と全然関係のない…」


 アーシアも、図書館でそういえば見たことがあったなと、思い出していた。


「そう…

 話は違うんだけど、髪の毛をひっつめた女の先生知ってる?

 いつも胸に板状のノートかな、持ってる人」


 皆はまた顔を見合わせて、


「ああ、あの人は先生じゃありませんよ。

 あの、ちょっとおっかない人でしょ。

 ……そういえば…何度かあの女の人と、

さっきの!トム・ロックが一緒に居るの見たことあるわ」


 すると、何人かも同じようにそうそうと頷いた。


「隠れているのかもしれないけど、余計目立つのよね…」


 と口々に言いあっていた。



「あの女の人、なんだろうね?いつも、すごい香水強い!」


「年の離れた恋人っぽくも見えないし…あはは、確かに、匂い強いかも…「「二人とも!」」」


 女生徒たちが合唱するように話し出し、教室は一瞬にぎやかな空気に包まれた。

 アーシアも釣られて笑みを浮かべたが、一抹の言いようのない気不味(きまず)さを感じていた。そして、さらに胸の奥には、冷たい予感が広がっていった。

 アーシアは、やはりトム・ロックのことを、カルラに早急に話さなくては、と思った。あの、秘書の女性のことも…





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