81 学生は忙しい
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「ねえ、お姉ちゃんも、何色かに染めてみない?」
ニーちゃんが、コームを片手に明るく言った。確かに、皆一斉に、短期ヘアカラーを試している。
ペプロー氏まで、毛先が黄色くなっており、中々のご機嫌の様子だ。
アーシアは、折角だど思って、ニーちゃんに向かって、頷いた。
「よーし!何色にしようか?
アーシアお姉ちゃんなら、元の髪が白銀だからね、何でもいけるよ!七色とかにしちゃう?」
ニーちゃんは、カラーカップの用意にワゴンを持ってきた。
「んと、黒っぽい色にできないかな?」
「ええ~、うーん。まあ、いいか。
ちょっと、頑張って色を作ってみるね」
少し不満げでぶつぶつ言いながらも、何色か混ぜながら色味を見ていく。
「じゃ、やるよ。初めからいっぱいつけないのが、ポイント。
よく見ていてね!こういう風に襟足の毛からなじませるんだよ」
ニーちゃんは、慣れた様子で髪をブロッキングした後、ハケとくしを使って上手に塗布していく。
薄く塗るとそれを軽く揉んで手で馴染ませ、梳かした。
直ぐに、頭のてっぺんまで色が着いていく。
「う~ん、ちょっと紫っぽくなったかなあ。
でも、お姉ちゃんのピンクの目のローズブラウンの瞳によく合ってるよ。
お姉ちゃんの目って、珍しいよね。金の虹彩も混ざってて、とてもキレイだから」
「目に金色が混ざるのは、魔力が多いからなのよ。ほら、私も。
私の目は、琥珀色だから、ちょっとわかりにくいけれどね」
カルラが横から、口を挟んで説明すると、二人して、へーそうなんですね、と感心して聞いていた。
髪がいよいよ黒くなって、やや重いセット剤くらいの感触なので、アーシアの髪は、いつもより重いストレートのスタイルのなっていた。
ちょうど、よくいる日本人と同じように。
しかし、鏡を見返す若い女性は、日本人にはちっとも見えない。
白い肌に大きなピンク色の目、細い眉と睫毛はシルバーで、小さい顎と白の薄い唇は、まるでセルロイドの人形のようだ。
そこに紫味の強い黒い髪が、さらりと縁取っている。少し現実離れしてすら見えた。
今日の黒尽くめの服装も相まって、余りにもベタだ。ゴシックロリータみたいな感じだった。
「あらあら、似合うけど…う~ん、何というか、浮世離れしてるわねえ」
「ほんと、お人形さんみたいな感じが強くなったよ!!似合う似合う」
アーシアは曖昧に笑って、頬を掻いた。あちらの世界の地球人だった自分はまるっきり喪失してしまった。
そうんな風に、唐突に気づかされた。鏡に写っているアルディア人にしか見えない人物が、今のリアルなアーシア・デイスなのである。
(以前の自分の顔を忘れてしまった訳じゃない。ほら、目なんかには面影があるでしょう…
でも、本当に違うんだ。蘆屋日奈子とは別の人間…)
何とも言えない表情のアーシアをよそに、ニーちゃんは、どこから出してきたのか、ヘッドドレスを出してきて、アーシアに被せていた。
白い縁取りのある細いリボンが両サイドに垂れている。その綺麗な細い先端がニーちゃんの手の下方に、ひらひらと小さく揺れて見えた。
「あ、汚れちゃうよ」
「大丈夫、結構すぐに取れるから。それより、ばっちりじゃない!」
ニーちゃんは、満足げに鏡を覗き込んだ。カルラもナオミも傍に寄って来て凄い凄いと言っている。
そういうナオミは、それこそパンクな感じの七色になっていたが。
「あらまあ、虹が歩いてるみたいよ。でも、素敵、結構似合うじゃない」
カルラが言うと、ナオミが珍しく得意そうに、何度も頷いて微笑んだ。
なんでも、とても濃い髪色だから違う色になるのは新鮮なんだとか。
「ほんと、不思議!性格まで変わったみたいで、軽やかな気分だわ」
そう言ってナオミは、美髪店からの帰りは気に入ったようでそのままパンクなままで食事に行った。
そうして、久しぶりの穏やかな午後が過ぎて行ったのであった。
闇オークションの潜入捜査に行ったことが、夢であったかのように、学園での日常が続いて行く。
兎に角思った以上に、授業が忙しかった。爆破事件からしばらくたって、講義は通常に戻り、今は逆に詰め込んでいる状態だった。
爆破事件そのものは、片付いてはいないので、まだ予断を許さないのであるが、学園の精鋭が集まっていることもあり、一先ず周囲は安心しているようだ。
トム・ロックのことは、もっと慎重に調べて、出来たらラッチ・リーとの関連に近づけたらいい、そして、それからカルラに伝えよう、そう自信のないアーシアは思っていた。
次の3年の錬金術実技の時間で、メンターがアシストする授業がある。アーシアは4年からの編入なので、メンターをする後輩はいないのだが、エリアスに頼んで、一緒に連れて行ってもらえないかと思っていた。
後輩のメンターになって授業アシストをすると、自身の錬金術Ⅳのポイントに加算されるので、皆大概は、メンターボランティアをしているのだ。
錬金術Ⅳの授業は多い。その日も2限あった。いつもの4人組と合流して、ブラウン先生を待つ間に、当のエリアスに話しかけた。
「ああ、いいんじゃないかな。メンターに協力するのはお得だよ。
別に担当の後輩が居なくても、ボラはできるから、今度一緒にいこうか?」
エリアスはなにも、疑いもなく直ぐに受け入れてくれた。次回の錬金術Ⅲの実技の授業は、2日後で丁度良かった。
エリアス以外は、別の学年のメンターらしく、その日はエリアスだけで、本当に助かるそうだった。
「実技が簡単な低学年のメンターが人気だけど、今の3年は素直なヤツが多くて、やりやすいよ。
僕は1グループ受け持っているんだ。ああ、一人、ひねくれたヤツがいるけど。この間、言ってたトムってヤツね。
興味が偏ってるっていうか、授業態度が極端に斑でさ。今度の実技は回復薬だから、真面目にやらないかもなあ」
まあ、気にしなくていいよ、とエリアスが言った。そういうわけで、取り合えず、トム・ロックとの接触はできそうだ。
そうして、まるで予定表の余白が埋め尽くされていくように、アーシアの日々は慌ただしく過ぎていっている。
売り出された短期カラーを誰よりも早く試したのは、なんとナオミ先生だった。パンチの効いた色で毎日学校に現れるものだから、学生たちの度肝を抜いていた。
授業にレッスン、錬金の注文と納品、マドカの兄弟の件も森への準備が進み、さらにコル・デル・クオーレのかまど設計まで――気づけば息をつく暇もない。
それでも、どこか充実しているのだから、学生はやっぱり忙しい。
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