80 カラー剤の効果
あの闇オークションの捕り物騒動から、しばらくたった頃、アーシアはカルラから、遂に素振りだけでなく、棒術の型を習い始めた。
アーシアは、護身のためなので、主に受けと受け流しの型だった。
一通り練習して、カルラと手合わせをしてもらったが、カルラはこちらがどんなに受け流しても、するすると受け返してくるので、まるでマジックか何かのようだった。
まるで力みのない、いつの間にか躱されている、そんな感じだった。
まだ、カルラの方はカイトと見せた練習試合のように舞うような感じでなく、アーシアとの相手は、大人が子供を相手しているかのようだった。
今日は、マドカも一緒で、後ろでぴょんぴょんと一緒になって戦闘訓練らしいことをしていた。
興奮で、尻尾がブリブリ膨れ上がっている。とうとう、アーシアがへとへとになって、レッスンが終わった。
しかし、数日前のオークションオーナーを捕まえた時、素振りしかしてない状態でさえも、サスマタの扱いは以前よりも安定していたのだ。
(サスマタも、また改良しないとね。初めカルラ先生に言われていたように大きすぎたなあ。
練習用の棒になれたから、こんな感じの重心とか手に馴染む感じにしたいな……)
「マドカ~」
と、遠くにいるにゃんこに声を掛ける。
マドカは何やら、ほとんど飛んでる状態で、騒いでいた。
《どうしたの?!マドカ、飛んでる飛んでる!》
ニャっという声を出して、着地すると、上の方を見て何か言うとアーシアの元に跳ねるように駆けて来た。
《にゃ?ご主人には、見えてないのか?
おいら、そこの女の従魔の鳥と戦闘訓練してたんだぞう!
アイツ、結構強いんだ。全然当たらないんだよう。また、やろうって約束してたんだ》
《鳥?……ああ、カルラ先生の従魔ね!
ああそうそう、カルラ先生のこと、女呼ばわりは駄目よ》
カルラのことはレッスン時のみ、先生と呼ぶことになっていた。
マドカの言うほうを見ても、鳥らしいものはいない。
不思議に思ったが、片づけのために先ほど練習していた場所に、マドカを連れ戻った。
アーシアのレッスン後しばらく、カルラは自分の練習をしている。それは、本当に見事な演舞だった。
いつもより、早く切り上げカルラが戻ってくると、バサバサと羽音がして、カルラの肩の上にオーロラグリーンの長い尾を持った大きな鳥が止まった。
「わあ?!ステルススキル、こんなに見えなくなるんですね!!」
「ああ、私の従魔よ。驚いた?
賢くて、役に立つし綺麗でしょ?
《瑞樹》っていうの」
鳥の従魔は、アーシアにお辞儀するように、頭を下げた。
明るく淡い迷彩色のような柄に、孔雀の尾と同色の冠に黄色い嘴と、目じりに赤いアイラインの大きく美しい鳥だった。
肩に乗ってるのかと思ったが、実際にはほとんど体重を掛けないようにしており、鋭い爪で主人を傷つけない配慮だろうか。
「今日は、これから美髪店だっけ?」
カルラから、不意に聞かれた。カルラは、瑞樹の翼の側面を手の甲で撫でている。
「はい、染毛剤の試作品の様子を伺いに行く予定です」
「ナオちゃんも、行くって言ってたわ」
「あ、来てくださるんですか?!助かります。
色々、アドバイスをいただけるので」
カルラは、その答えににんまりと笑った。
自室に帰り、外出着に着替える。今日は汚れてもいいように控えめな襟にフリルの黒っぽいブラウスに、黒の太い編み上げベルトのスカートを選んだ。
マドカは、運動しすぎて眠たくなったようで、部屋でのんびりするそうだ。
ボックスバッグを持って、街行馬車のロータリーへ向かう。
今日は、長距離馬車の人数に空きがあって、そこに乗せてもらい、ソレッレ《姉妹の》美髪店の通りまで行くことにした。
馬車を引くのは大きな魔獣で、大通りの馬車専用の道ではかなりのスピードで、あっという間に着いた。
ソレッレ美髪店に入ると、定休日にもかかわらず結構な人数がいた。
「アーシア!」
アーシアの驚いた顔を見て、ご満悦のカルラは、ナオミ先生と一緒に学校の騎獣で来たそうだ。
ギルドから態々、ペプロー氏も来てくれていた。
あとは、前回見かけなかった従業員さんに加え、数人お客さんも一緒だった。
この方々は、染毛剤のモデルとして立候補してくださったそうで、前回声を掛けてくれた、ラキさんも来てくれていた。
「アーシアお姉ちゃん!素晴らしいわよ!!
まずね、短期カラーの方だけど、もう、皆口コミですごい評判になっているの。
絶対、作ってほしいって。色が見たまま出るかのが一番よかったみたい。
あと、洗ったら落ちるっていうのも手軽でね。美髪店だけじゃなくて、家でもやりたいってお客様もいっぱいよ!」
興奮して、ニーちゃんが飛び出してきた。髪はいつもより明るくてほとんど金髪になっている。
ふんわりウェーブボブが一層、軽やかでよく似合っていた。
「ほら、あとこの合成染毛剤。
どうかしら、お人形さんみたいになったわ。
でも、もう、根元が地の色が出てきちゃってるから、当たり前だけどリタッチが必要ね。
髪も…そんなに傷んでないと思うわ」
やはり、合成染毛剤を試してくれていたようだ。ニーちゃんは、綺麗にヘアダイした髪を捩じるように弄って、ニコッと笑った。短期カラーほどではないが、数人のテストができたそうだ。
ナオミ先生やペプロー氏も交えて、商品化の話、カラーの種類やホームカラー用をどうするかを話し、合成染毛剤は、やはり安全のためもっと時間をかけて検討するという話で納まった。
モデルをしてくださった方の、髪のチェックなども行い、短期カラーは十分に製品として大丈夫だとの確認になった。
美髪店では、今のままのカラー展開でよいそうで、混ぜて好きな色を出せるからだとか。また、小売り用の場合は、すでにブレンドした決まった色が良いだろうとのことだった。
モデルのお客様は、みなさんとてもお洒落な方で、興味深々にお互いを見ていた。ニーちゃんの合成染毛剤にも強い興味を示していて、話題に花が咲いている。
これでパーマネントウェーブ剤なんて作ったら、パニックになってしまうかもしれないと、アーシアは冷や汗をかいた。
オーナーで店長のお姉さんの方が、カラー剤をメニューに加えることや、販売にも大変乗り気で、ペプロー氏と短期カラーについての販売は、美髪店に限るよう(ほかの小売りに出さない)専属販売の話をしていた。
いつの間にやったのか、カルラが真っ赤な髪をしてきたので、アーシアはわっと声を上げてしまった。
妹さんの方の店主さんに、皆で話している間に、やってもらっていたみたいだった。
いつも華やかなカルラだが、黒いフィットワンピにマットな真っ赤な髪は、別人のような印象だった。
(いつも綺麗だけど、こんなにイメージが変わるなんて!すごいわ!!わたしも、何か試したら結構変わるのかな?)
アーシアも、自身では試していなかったことを思い出していた。
ナオミ先生も、今、店長に部分カラーを試していた。深緑の髪に映える一房の藤色をフェースラインに作っている。
他のお客さまも、それぞれ奇抜な色になっていって、アーシアは思わず顔に笑みが漏れた。
「あら!ラッキーさん」
カルラが、お客さんの一人とにこにこと手を振り合っていた。
そのお相手は、とてもお洒落に敏感な、ラキさんだった。
「??」
「ふふふ、会うとね、ラッキーなことが起こるから、ラッキーさんって言われているのよ」
カルラがアーシアの驚いた顔を見て、お道化て言った。
(ああ、ラキさんだから、ラッキーか…)
「そういえば、私もよ!!このお店で働けるようになったわ!」
ニーちゃんも、話に楽し気に加わった。
「じゃ、このヘアカラーの人気は、任せておいてもらおうかしら!」
ラキさんは、この街の季刊誌のお手伝いをしているのだそう。
といっても、正式なものではなく、あちらの世界のインフルエンサーに近い感じか。
ナオミも他のお客さんと一緒に混ざって、鏡に向かっており、熱心に話をしていた。
「そういえば、店長、美容食品が最近流行っているって、知ってる?」
ふいにカルラが聞くと、オーナーの二人が少し嫌な顔をして、
「うちでは、扱いませんよ。あんな、得体が知れないもの。
お客さんで使っているって方がいらっしゃるけど、
さして変化なんてありませんよ」
「ああ、フリン商会の【美容の素】とかいう健康食品なら、知っているけど、毒にも薬にもならないものよ。
できたら、身体に余計なものなんて摂取するのはお勧めしないわ。
……もし何かあるなら…調べておこうか?」
ナオミも、薬学者としてやや苦々しい調子で言った。最後の言葉はごく近くにいる者しか聞こえないように言っていたが、カルラは表情を変えないまま、静かに頷いていた。
その声に聞こえていなかったお客様が大きな声で、会話に入って来た。周囲で使っていれば気にはなっていたらしい。
「そうね~、あんまり周りで使ってる人見ても、全然よくなってないからやっぱりか~。
薬学のセンセイがいうなら本当ね」
ほかのお客さまでも、使っている人は今日のメンバーにはいなかった。
フリン商会はこのポルタベリッシモでも、一二を争う大店で、百貨店のような建物を2件経営していた。
カルラは、なにか考え込むように微笑んでいた。アーシアは、フリン家という名前に何か思い出した。
(あ、あの女の人の名前、確か……)
「それにしても、これいいわね~すっごくおしゃれ!
………仕事にも使えるわ~ いつ売ってくれるの?」
カルラは、合わせ鏡で後ろを見ながら、ノリノリでポーズを取ったりしながら、明るく話していた。
笑い声と鮮やかな色に囲まれているのに……アーシアの心のどこかでざわついていた。
フリン家――あの名前が、ただの偶然でない気がしてならない。不安さを。
お読みいただきありがとうございました




