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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第一章 異界の村と錬金術
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7 わたしの名前は

 

 日奈子は身体が動くようになって、ニーちゃんやサムくんのように子供ではないが、中二の頃に返ったかのように飽きることなく物の出し入れをした。

 魔法の訓練に当たる動作なのか、終わるとだるく疲れはするが、夜はお陰でぐっすりと眠れるようになった。


 朝起きる度に、身体も心なしか軽くなっている。

 また、手を宙に突き出すことを繰り返す。



(まるでマジシャンになったみたいだ)



 空間から荷物を出し入れする魔法の練習では、ちょっと得意になって、ポーズを取ったりしながらする。



(それにしても、わたしのいとしのサバイバルバッグ、無事でよかった!)



 日奈子は嬉しさに、思わず素直な笑みが浮かんでいた。





 その日の夕方、ここの家主であるオーツ夫人が日奈子のいる部屋にきた。



「放ったままにしてしまって、ごめんなさいね。

 ————身体の具合はどう?」



「はい、おかげさまで。大分痛みが引いてきました」



 オーツ夫人は、怪我人であった日奈子の治療を的確にしてくれていたので、治療院を営んでいるのかと思っていたのだが、それだけでないらしい。

 なんでもこの小さな村で色々な頼まれごとをして、それを仕事にしているらしい。治療院よりも薬屋に近いのだそうだ。



 あの事故の後、日奈子を見つけてくれたのは近所のおばあさんで、村の人に頼んでオーツ家に運んでもらったらしい。


オーツ夫人はどこかすまなそうな表情をしていたが、病人だった日奈子の世話は、ほとんどをニーちゃんが甲斐甲斐(かいがい)しく引き受けてくれていた。

 とはいえ夫人も忙しい合間を縫って、日奈子が眠っている間に何度も様子を見に来てくれていたのを、日奈子は知っている。


 娘のニーちゃんは、どうやらしっかり者の世話焼きの性格らしい。

 日奈子の身の回りのことも本当に上手で、麻のような木綿のような肌触りの生成りの寝巻を着せるのを手伝ってくれたり、体を拭くためのたらいと手ぬぐいを用意してくれたりした。

 消化の良い病人食を運んでくれ、当初日奈子が着ていた地球の服や靴もすべて洗って小型箪笥(たんす)にしまってくれていたほどだ。

 小さいながらほかにも仕事があるようで、忙しそうにしているのにもかかわらずである。


 浅黄緑に合鼠(あいねず)色がほんのり混ざった綿毛のような髪をふわふわ揺らし、いつもくるくる動いている子だ。


 日奈子は動けなかったとはいえ、子供のニーちゃんにそこまでしてもらうのは、少し恥ずかしく、そして申し訳なかった。


 それでもニーちゃんは嬉しそうに、自分の宝物なのだという上等な櫛を持ってきては、日奈子のごわごわした髪を丁寧に梳いてくれるのだった。


「こんなに何日もたって、あれなんだけど、お名前を聞いていいかしら?


 どこから来たのかも教えてくれる?


 ……時間がかかるかもしれないけど……家族に連絡を取ってあげるわ」



 オーツ夫人は、回復して話せるようになって来た日奈子に、遠慮がちに訪ねた。



 しかしこんな時にまで、日奈子の中で急にいつものコミュ症が顔を出した。




「ええと、あ、蘆屋(あしや)、です」



 日奈子は、もじもじまごまごと必死でくぐもった言葉を紡ぐ。たった短い言葉も何故か上手く操れない。




「エイーシア・デェイス?」



 オーツ夫人は優しく日奈子を怖がらせぬように聞き返した。




蘆屋(あしや)、です!」




「アーシア・デイスさんだね!


 どうぞ、よろしく。


 私はこの村の何でも屋をやってる、カタリナ・オーツっていうんだ。


 子供たちはもう知ってると思うけど、


 ————ニーとサムだよ」



 日奈子は少し慌てた。


(どうしよう……ちゃんと伝わらない。


 何度か訂正したけど、どうしても、アーシアになってしまう)



 日奈子自身も、テンパって苗字しかいってないのだが。




「ねぇ、アーシアさん、どこから来たの?


 あの森のお奥は『聖せいなる森』に続いていて……。


 ……普通なら、なかなか辿りつけない場所なの」





 『聖せいなる森』…日奈子が勝手に先輩扱いしていた青鈍(あおにび)色の鹿は、確かに神々しかった気がする。

 彼は、ほかの場所で遠くから見た小動物よりも、頭もずっと良さそうだった。




(奈良の鹿も、神様の使いって言うものね。パイセン呼びしてしまった~~)




「わ、わたし、何もわからなくて。入っちゃいけないところだったんでしょうか?


 あ、あ……ほんとに、本当に分からない。


 わたし、実は、ここがどこすらも分からないんです!!」




「記憶がないっていうことかね……?


 名前はわかっているみたいだけど……」





 正確には異世界から来たのだが、優しそうなオーツさんに言うのは(はばか)られてしまった。




 オーツさんによれば、この世界は、”アルディア”と言うらしい。




「ここはビッコロ村といって、エゲリア森公国の奥にあるさ。


 エゲリアは『聖なる森』を有する国で林業が盛んなの。


 ここは田舎だけど、とってもいいところだよ」




 オーツさんは日奈子に、しっかりと一つ一つ確かめるように、この世界の説明をした。



「アルディアにはね、

 エゲリア森公国の隣にセドゥーナ国があって、

 大陸一の学園がある栄えた国なんだよ。


 東にはアーテー帝国。

 それからヴァスキス神聖国——あれはこの国の西さね。


 ホノリア王国は、こっからは遠いが、ずいぶん華やかな国だというよ」



 ──国の名前だけは、どれも聞き覚えがない。

 当然だ、この国の出身ではないのだから。日奈子は、すまなさに少し胸が詰まる。


「あとは、セドゥーナ湾の向こうに、ジュェワ国なんかがあるんだ。

 かなり変わった特産物があるんだよ。それにあの国は茶の葉を栽培できるんだ。

 どうだい、この名前を聞いて、何か思い出せないかい?」



 日奈子は、首を振るばかりだった。崖の事故から地球に帰れる兆きざしもない。不安でいっぱいだった。




(……白くなった髪。

 持ってきた鏡で見た自分の顔は見慣れているはずなのに違って見えた。


 ……それに、あの魔法、イベントリ。


 わたし、普通の地球人じゃないみたい。


 地球人は魔法なんか使えない。まるで別人になったみたいだ)




 あちらの世界に居る時は親との関係に悩まされ、大学の学費を稼ぐ日々。

 いつだって逃げ出したい、でもやらなくてはとギリギリの毎日だった。

 だから正直、あの崖から落ちて死の感触に触れてから、この家のベッドの上に横たわり古い天井を眺め、命を永らえたと気づいた時、感じたのだ————、


 ああ、寧ろこれで、やっと解放されたのだ、と。




 そして、この世界『アルディア』に降り立った運命に自然と感謝した。

 新しい自分をくれたことに。

 また、自分を拾ってくれたオーツ一家の暖かい素朴な優しさに、深い感謝の念を抱いたのだ。




(アーシア……アジア? ふふ……



 アーシアン。……❝地球人アーシアン❞、



 うん、いいじゃない!


 わたしのルーツじゃない。お似合いじゃない?)




「ふふふ……」



 ひとり彼女は楽しげに笑った。

 その考えは、地球人アーシアンで、アジア人というアイデンティティを持つ自分にぴったりだと考えたのだ。




 こうして、蘆屋日奈子は、


 新世界アルディアで、『アーシア・デイス』として生きることを、ひとり静かに決めたのだった。





(2025.11.28)ep.1~ep8、今話の7話『わたしの名前』まで、加筆と修正済を行いました

ご迷惑をお掛けします


お読みいただきありがとうございました


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