75 容疑者は別の人
練習が終わり、何故か3人の花形エージェントと一緒に魔法学部へと向かう。ほかは運動場の奥に専用の建物があるらしくそこに戻って行った。
あとの二人は残って、手合わせをするそうだ。
流石に生徒が少ないとはいえ、非常に目立つ。アーシアは他人のふりをして小さく目立たないように歩いた。
カルラとヴィクトルとカイトは、アレッサンドロ先生の部屋に用事があるらしい。
アーシアもいらっしゃいと、一緒に連れて行かれることとなった。
「違う!!
何度言ったら分かるのだ?!我輩は関係ないのだ!」
扉の向こうは何やら、揉めている。アレッサンドロ先生の大きな声が部屋の外まで聞こえて来た。
ノックもせず、ヴィクトルが乱暴にドアのノブを回した。
「アレク~~、入るよ」
中は、宛ら化学実験室のようで、漏斗やらメスシリンダーやらの実験道具があふれ、特別大きな錬金釜が中央に一つ置いてあった。
(あ、あれは、実験錬金釜だな!凄い大きい……)アーシアは、見慣れぬ研究室の中を見回した。
部屋の中には、もうすでに人は一杯で、アレッサンドロと助手の二人、それに白っぽい制服に揃いの帽子に赤と青と細い白のラインが入ったサッシュと飾緒を掛けている2人の人物がいた。
「あらあら、やっぱり来てよかったわね。ね、今、どうなってるの?」
カルラが、腕を優雅に組んだ。服はもうここに来る前に着替えていて、全体がブロンズでスタンドカラーの襟の内側が濃いワイン色の深くえぐれたぴったりしたワンピーズに、同じワイン色の細いベルトをしている。
勿論、トレードマークの扇子も持っている。
「アイビー殿、……ヴィクトール・ビィドメイヤー殿、
これは、れっきとした事情聴取です。
何の違法性もありません。
このアレッサンドロ・ヴィスコンティは、連続した爆破事件の爆弾に最も精通し、最も疑わしい男です」
「でも、アリバイはちゃんと確認してるの?」
「あ、あの、警察が言っているうちのひとつは、
ちょうど、エージェントの皆さんと懇親会をされた日です。
とても、教授にできるとは思いません。
ほかの日も皆、研究で先生と一緒でした。ここにいるクレッグも一緒です」
助手の先輩である方のハンスが、遠慮がちだがしっかりとした口調で言った。
「はあー、でも、あんなに精密な爆弾を作れるなんて、
あんたくらいしかいないんだ。
爆弾だけは、あんたが作ったんじゃないのかい?
若しくは、管理が甘くて盗まれたか」
「我輩は作った爆弾には、皆、遠し番号を付けているわい!
そんなのは、調べてたらすぐに分かる。
我輩にはプライドがある。そんな、混ぜ物がある奴なぞ作るものか!」
アレッサンドロは、語気を厳しく言い放った。髪がいつもよりさらに乱れて海藻のように貼りついている。
警察の二人は、不満そうに帰って行き、残りの6人が残された。
アレッサンドロの部屋は、助手もいるため広いので、長椅子も2つある。ヴィクトルは何も言わずにどっしりと椅子に腰かけて、長い足を邪魔そうに組んだ。
カルラは、反対側にアーシアを伴って座り、アレッサンドロは、一人掛けの椅子に、助手は後ろの背の高い椅子に腰かけた。
「それで、どうだったの?ヴィスコンティ、誰か、容疑者に心当たりはある?」
カルラが扇子を軽く振りながら、アレッサンドロに訊ねた。
「どうもこうも、我輩は知らない。犯行に使われて爆弾も、見たことないものだ、セドゥーナ学園で指導するようなものでもなかった。
全く見当がつかんな」
「あの…その爆弾なんですが、わたし昨日の現場に偶然いまして、危ないところをカルラさんの助けてもらったって……
その時、炎の色が特殊で魔石か何かが原料に入っているんじゃないかなって、煙が多くてはっきり見えなかったんですが…」
アーシアは、思っていたことを話してみた。アレッサンドロ先生は、セドゥーナでの爆弾と爆薬の研究の第一人者だ。見た目が怪しい奇天烈な人だから、こんな風に疑われてしまうが。
「そうであるな。魔石には色を出す作用のあるな。魔石の種類や砕いて量を調節してより多くの色が出るのだが、今回はそこまで普通の色に近いように調整されていたようだが。
あいつらは、その色の異常さで我輩を怪しんだのだ。
しかし、魔石を混ぜるのには、色を出すだけではない特性、ひいては能力さえ出すことができるといわれている。
つまり、コントロールできる爆弾だ。…まあ、空論の世界の話ではあるな。
だか、特性はつけられなくもないだろう。それが、爆発の規模や方向を調整するものか、周囲の意識をコントロールするものなのかは分からんな。
実際、我輩は一度もその場におらんからな…」
アレッサンドロは、手を膝の前で組んで視線を落とした。
「あの、生意気にすみません。
特性で人をコントロールするならほかの薬剤も混入させないと無理なのではないでしょうか?」
アーシアが聞くと、アレッサンドロは少し嬉しそうに、
「うむ、貴殿が遭遇したものには入っていなかったようだが、他のものには入っていた形跡があるものもあった。
…あやつらも、阿呆だ。科学的捜査を我輩にやらせておいて、この愚行だ。
ただ、こんなもの作れる者は、我輩でも思いつかんし、攪乱目的かとも思ったが、爆弾もまるで実験でもするかのように違う種類でな。
人をコントロールするには、辺鄙な道だったり全く人の居ない中途半端な場所だ」
「では、外国人とか…ですか?
……あと、その辺鄙な場所って、モンスターなら?モンスターの生息地に近いとかないですか?」
(混乱剤や、誘導剤ならモンスターによっては酷く効く場合がある。
風向きを調整したり…風の魔石で遠くまで!飛ばせるかも。
ほんの少ない量でも、できそうだわ!なんてこと?!)
アレッサンドロも、同じことを思ったのか、アーシアに向かって、クワッと目を見開いた。
「そうか!コントロールするような薬剤が入っていたのは、ゲアラドの北の坑道付近で城壁に一番近い場所だ…
……最近城壁の崩れが見られて、学園執行部が誰か人を送ったとこじゃないか?!誰が行った?どうだったんだ?」
アレッサンドロ先生は、激しくヴィクトルを振り向いた。と、同時に、カミラが言った。
「カイトよ。城壁が壊れたようだって、招集が来て場所が場所だから調査に行ったのよ」
「そうだ、ゲアラド岩塩坑の事件のときか。たしかあそこの爆破事件は、…3回あったな。
丁度カイトが、へましたって言ってたなあ。それが、3度目だった。
あれって、モンスターが城壁から侵入して、その対応でって話だったからな。
あの辺りは、あいつが対処に手こずるほどじゃ、ないはずなんだが」
だらけた姿勢を起こして、ヴィクトルが少し真面目な調子で言った。
アーシアも、移動工房でカイトと初めて会った時を思い出していた。彼は、回復ポーションを買いに来たのだった。
「あの、わたしとカイトさんが出会ったのは、ゲアラドからセドゥーナの途中だったんですが?」
「ああ、あいつの従魔は騎獣だからな、おまけに滑走も使える。
モンスターを追い詰めて、その足でセドゥーナ方向に下ったんだろう」
カルラが、自身の緊張を解すように息をつきながら、言った。
「詳しく本人に聞かないと分からないけど、対応ができないほど、数が多かったとしたらどうかしら?」
皆は、はっとしてお互いに目を見合わせ、しばらく黙りこくった。
しばらくしてアーシアは、該当する魔石のサンプルとして欠片をアレッサンドロから貰った。
発見機などに役立てるつもりだった。
研究室を出て、ヴィクトルは何も言わず隣を歩いていたが、通路の分かれている所になると、黙って別方向に曲がって行った。
残されたカルラとアーシアは、連れだって歩く。今日は、例の街の事件で休講になった講義も多い。
アーシアも、講義がつぶれたので、時間が空いてしまっていた。
「やっぱり、アーシアを連れてきてよかったわね」
「え、ええ?!そうですか?」
「ええ、とても。また、協力、お願いね。
そうそう、ええと、捜査に便利な機械って、どうなったの?」
「はい、改良しまして、魔石に絞って、もう少し詳しめに反応するものを作っていました。
街でも普通に魔石は使われていたりしますから、そういった種類というかそれらとの違いが分かるものを作ってまして…」
「うんうん、きっと助かるわね」
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