74 エージェントが勢ぞろい
昨日のポルタベリッシモの爆発事件は、規模がさほど大きくないことと、学園の学生の多くは寮に入っていることを踏まえて、大学は休校にはならないが、外部通学者は自由登校及び不要の外出は控えるよう通達がされた。
寮生がほとんどの学校内は、思った以上に人が少なかった。
アーシアは、カルラとの約束通り、棒術のレッスンのため、いつもの運動場へ向かっていた。
一般学部は特に人が少なく閑散としている。廊下の制服姿の学生も、不安げに話しているように見えた。
それほど、街中での事件は、いつも平和な街に恐怖を与えたようだ。
季節の花が咲き誇る庭園を抜け、ガセボの奥の裏庭の隠された扉に向かう。鍵はもう開いていたので、カルラが先にきているのだろう。
扉に手を掛けると、ドンと何かがぶつかる様な大きな振動が来た。
「こ、こんにちは……?」
扉の奥は、驚くほど広い、入り口の生垣が騙し絵のようになっているのかもしれない。
今日は珍しく、運動場には人が沢山いて、そのうちの二人が中央で、戦っている。二人とも素手のようだから格闘技だろうか。
凄まじい勢いで、長いリーチを生かし、鋭く足や腕を使い素早く多彩な攻撃をする男と、岩のような体格で相手をはじき返す男だった。
岩のような男の方が体格もよさそうで、腕の外側に重りのような四角いクッションサポーターを着けて、相手の攻撃をブロックしている。
(一人は、ヴィクトール・ビィドメイヤー 、ヴィクトルさんだ、雰囲気が随分違うから分からなかった。
もう一人はヘルマン・グラウベンさん、岩の魔法の使い手だ。ヘルマンさんはわかるけど、ヴィクトルさんは肉弾戦って、イメージじゃなかったな。錬金術師だし…)
アーシアが入り口で、驚いてポカンと見ていると、
「あら、どうしたの?入りなさいな。こっちで、やりましょう!」
カルラが胴着で、いつものような笑いながら近付いて来た。
「あ、あの、今日、お邪魔してしまって本当によかったんでしょうか?
皆さん、訓練に使ってらっしゃいますよね?」
「ええ、大丈夫よ。今日はやると言っても、対戦訓練か自主練だから、大きな場所がいらないからここでやってるだけよ。
皆慣れてるし、大丈夫。それに、皆、忙しくて、手合わせなんてなかなかできないから、ちょっと盛り上がってるだけよ」
と、ウィンクする。それとも、男ばっかりだから、嫌かしら?と聞かれたので、ブンブンと頭を振った。
なんでも、普段個別出張の多い、執行部隊は全員で集まることがほとんどできないのだが、最近の連続爆破事件のため、皆が集められたそうで、予想通り、丁度昨日街中での初めての爆破事件があったということらしい。
「それなら、余計…お邪魔なんじゃ……わたし、部外者だし……」
「いーんじゃない?ここは、1級以上専用訓練場だ。2級のやつもいるぞ~
おまえは、実質1級以上でしょ。隠しても駄目だよ~ん」
いつものチャラい感じで、ヴィクトルさんが言った。丁度、手合わせが終わったみたいだった。
あんなに、激しく動いたのに、息すら荒らげていない。一方、ヘルマンは、両手を膝に置いてかなり辛そうにしている。
「次、ステファン・デルメールくーん。よろしく頼むわ。
ちょっと、ヘルマンじゃ、物足りな~い」
奥でストレッチしていた、ステファンが、
「仕方ないですね。ちょっとだけですよ、私は、格闘はそんなに得意じゃないんですから」
「えー?!うっそ~」おどけた調子で言った。
「俺じゃなくていいの?」
とカイトが言う。
「うん。またあとでね。キミ、風で動きがトリッキーだから、疲れちゃう」
「本当に、遠慮しないでいいんですよ。アーシアさん、貴女なら大歓迎ですよ」
ステファンがアーシアの前を通るときに、そっとそう言ってくれた。こんなに優雅なのに格闘で対戦だなんてと、アーシアは不思議に思っていた。
「さあ、アーシア、貴女もいつものレッスンよ!はい、そこで」
カルラが、そういうと、アーシアは急いで練習の棒を取り出し構えた。
集中して素振りしなくては、と思い振っていたが、運動場の中央の二人の手合わせが余りにも見事で、思わず横目で見てしまう。
カルラもその横のスペースで、カイトを誘って武器の試合をするようだ。
アーシアと反対側の、屋根のある場所の近くには、まだ、知らない若い男性が、一人は武器でもう一人はやはりアーシアの様に素振り訓練をしている。
大きな武器の人は、筋肉質で背が高く、銀髪だ。もう一人はもっと若く見えて、毛先が紫色の黒っぽいツンツン髪だ。
シュンと大きな風を切る音がしたかと思うと、パシンと弾く音がする。それがリズミカルな調子で聞こえている。
ヴィクトルは先ほど見た通り、素早く激しいどこから飛んでくるか分からないようなパンチとキックで応戦し、かなりの迫力だ。
一方、ステファンはさっきの言葉は謙遜だったのだろう、洗練された無駄のない動きで、水の様に動き、一見押されているようにも見えるが、するっと余裕で躱してしまう。
ヴィクトルとは、互角かちょっと優位なのかもしれない。
カルラとカイトは丁度、お互いの練習用武器で対戦の構えを取っている。
カイトは、槍か棒だろうか、カルラは肘の長さくらいの両手武器で、三又になっているもので、アーシアには見たことがないものだった。
手合わせが始まり、カイトが跳躍したかと思うと鋭く、カルラの目前を突いた。カルラは片方の武器の翼で棒を引っ掛けるように滑らせ、相手を退けた。
お互いがお互いを交わし合い、それがとても俊敏で、テクニカルというべきか凄い技巧だった。特にカルラは、まるで舞をしているかのように美しい動きだった。
初めは対格差と性差もあって心配したが、カルラは曲芸の様にしなやかに躱し、隙を見逃さず鋭く突いた。
二人はダンスでも踊るように華やかに互いの武具を鳴らし、素晴らしい動きを見せていた。
二組の対戦が終わったのか、なぜか、アーシアの方に皆が集まって来た。
「アーシア、ちょっと来て頂戴な。まだ、紹介していないメンバーがいるでしょ。
こっちの背の高い銀髪は、フリムカルド・ヴァルケン、氷結の騎士っていうコードネームの1級氷魔導師。口下手だけど、真面目なだけだから。
多分、アーシアと同じ地方からきてると思うわ。エゲリア森公国からきたのよ。
でも、すっごく奥から来たみたいだから、近くか分からないけどね。
それから、こっちの生意気そうなのは、ヴィンセント・ヴォルタ。
2級雷魔術師だけど執行部の実行部隊の隊員だから、ヘルマン君同様ここで練習できるのよ」
「よろしくお願いします。アーシア・デイスと言います……錬金科の4年です」
おずおずと、自己紹介をすると、銀髪の人が一瞬目を見開いた。
彼の目は珍しいほど淡いブルーで濃い縁取りがないと一見全部白く見えてしまう程だった。そして、硬いが丁寧な口調で、
「フリムカルドでいい。なにかあったら、我らに頼るといい」
もう一人の二十歳そこそこに見えるちょっとツンツンした青年も、
「おれは、ヴィンスでいい。よろしく」
とぶっきらぼうながらもきちんと言った。
サムくんは、任務からまだ戻ってこれないからいない、とのことだった。
アーシアは、緊張して少し固まっていたが、二人ともいい人そうで素振りの話などを振ってくれた。
二人と別れて、一休みしていると、そこに、紫紺の髪のヴィクトルが、ボトルの飲み物を飲みながら近付いて来た。
彼はいつも奇妙な歩き方をしているが、手足が長すぎるせいなのかもしれない。
「おまえさ、ほんとーは、強いんだろ」
と、皆に聞こえないくらいの小声で、いつもの軽い調子でない声色で聞いた。アーシアは、当然自分が強いなんて思ってなかったので、酷い顔になって驚いた。
「ぶうぅ~~~!なんだよ、その顔。
あのさあ、俺がここでおまえが練習するのオーケーしたのは、強いって確信していたからなんだぞ。
おまえさ、ここに来るとき、死の原戦場跡を突っ切って来たろ。
カイトが会ったって聞いた時から、お前の出身地からじゃあそこは通らない、ってことは、
モンスターがうじゃうじゃいる、死の原を通らなきゃいけない。
あそこは、勇者パーティーが進む場所だ。
普通の冒険者だって、あそこをソロでなんていかないぜ。
武器は使える感じじゃねえ、それなら、さ、
なあ、なんか隠し玉持ってるんだろう?」
酷い至近距離で、上から覗き込んで話してくる。イケボも相まって、アーシアは、すくみ上ってしまっていた。
いつも隠れ気味の顔はびっくりするほど整っていて、睫毛は長いし目は黄金の虹彩が印象的な高価なタンザナイトのような紫で神秘的にも見えた。
「わ、わ、わ、わ、わわたしは…」泣きそうになりながら、
「ヴィクトルさんだって、攻撃錬金術使うじゃないですか!……あ、れ、とにに似た感じのものですよっっう」
ヴィクトルは、クククと皮肉気に笑って、軽く言った。
「うん、そうじゃないかな~と、思ってた。
だから、ここにさ、多分執行部に、いつか入んないといけなくなるかもよ?
……まあ、足引っ張んないでね」
そう言って、ゆらゆらとステファンたちのもとに去って行った。
「なあに?あいつが、珍しいわね。大丈夫?あっははははは、ご、ごめん、その顔!
気にしないでいいわよ、嫌みな奴だから。でも、同じ錬金科だからアーシアには、興味があるのかもしれないわね。ぷっっっ…
そんな顔しない!大丈夫だって」
カルラは、そう言いながらもアーシアの固まった顔を見ては微笑んで、只管笑い転げていた。
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