72 レストランの依頼
「見てもらった方が、いいでしょうね、アーシアさんは錬金学部だから
この上の扉が肉類の保管庫なんですよ」
そう言って連れて行かれたのは、冷蔵庫では無論なく氷室だった。氷室のある保管庫は背も高く、やはり大きかった。開く扉があって中は二段に分かれ、さらに金属の扉がある。
中を開けてみると、肉は確かに少なかった。巨大な氷が二段に分かれて入って、スペースは確かに狭くなっている。
アーシアは、ビッコロ村のような気温が低い地域に住んでいたので、気が付かなかったが、ポルタベリッシモは暖かいので冷やすのに氷がこんなに必要なのだと分かった。
そして、これは冷蔵庫の用途には違いないが、お母さんは保管庫といっていたので認識はそちらが正しいのかもしれなかった。
「こんな感じでね、いつも氷は氷魔法のお店で購入してるんだけど、
ここまで大きいのはなくてね…
うちをご贔屓にしてくださっている、氷魔法で有名なフリムカルド・ヴァルケンさまが、ご厚意で作ってくださったのよ。
今回の騒動で、お肉を長くもたせる必要があったからね。
本当に有難いことだわ」
いつも硬い表情のお方だから、誤解されるけど、とても良い方なのよ、とウェスの母親は言っていた。
「あのう、ちょっと保管庫を鑑定してもいいですか?
わたし…氷をもう少しは保たせることができるかもしれません」
そうアーシアが言うと、喜んでとお願いされたので、鑑定するとやはり特性はない普通の金属の大きな箱だった。
アーシアは、丁度中身がほとんどないのでそのまま、触媒を取り出し、魔法陣を展開して氷室の内側に保冷できる特性を付けた。
「応急処置としては、これでいいと思います。この氷の大きさなら十分長持ちするでしょう」
「よかったわ!これで、沢山お肉を保存できるね。それに氷も余裕ができた!
沢山買い取らせていただきますよ!ありがとうございます」
「アーシアすごいわ!!!」
アーシアは、二人があまり褒めるので、照れくさくなってしまった。時間があればもっと性能のいいものができたかもしれないのに、こんなに喜んでもらえるとは。
ギルドでアーシアはいつも製品を売ってもらっていたので、直接の反応を見れるのはほとんど初めてのことだ。
もちろん、いつもペプロー氏はオーバーリアクション気味で喜んではくれるのだが。直ではないので、新鮮な反応が嬉しかった。
二人は、ウェスのお店で、沢山、有名なお料理を振舞ってもらった。
サムくんに引っ張り出された宴会に出ていた珍しいパイは、やはり郷土料理だったようで、パスタとミートソースでできている。
コル・デル・クオーレのパイもぱりぱりのパイの皮と中の濃厚なミートソース、ホワイトソースとチーズが重なり、切り分けて食べるパスタグラタンという感じだ。
ボリューミーでとても美味しいものだった。
そして、名産のオリブの実から採れたオリブオイルとレモン汁と厚い山羊チーズの載った黄色パプリ(カ)と紫玉ねぎがグリーンの葉に映えたサラダ、このチーズはホロホロとした食感で塩味がしっかりあり、さっぱりとした味わいだ。
大きなピーマンのような野菜の中に米と野菜とハーブが詰まっているオーブン料理もあった。やはり、お米料理もあるのだなと関心した。
デザートにはアーモンドの粉でできたクッキーと冷たい濃い目のカプチーノにミルクをあわせた甘い飲み物が出たきた。
本当は食後の飲み物は、甘くないのだそうがウェスの好物なので特別だそうだ。
沢山ご馳走になって、お腹が満腹になった頃、店主であるウェスの母がまた来て、
「実はね、アーシアさんを見込んで、お願いしたいことがあって」
「なんですか?」
「詮索するようで悪いんだけど、あなた、ポケットコンロを発明したデイスさんじゃないかしら?
厚かましいんだけど、相談があって…」
「ええ?アーシアの発明って、ポケットコンロだったの?!」
発明品でスキップして4年に編入したとは、ウェスも知っていたが何を発明したかまでは知らなかったので、酷く驚いていた。
「うちの厨房、見ての通り旧式で古くってね、いつかは、かまどを変えようと用意していたんだけど、なかなかピンと来なくてね、
アーシアさんなら、使いやすくてもっと幅も取らない素敵なかまどを設計してくれるんじゃないかって。
図々しいお願いなんだけどね…考えてもらえないだろうか」
詳しくどんなものがいいのかや、もう一度、厨房の様子を見ないと分からないので、確定はできないが…と答えたが、亜空間作業場内の自家のキッチンを作った経験があったので、何とかならないかと考えた。
しかし、プロの使う厨房だし、台数も多くないといけないだろう。
食べ終わって、厨房へ行って、様子や広さお店の人の要望などを聞いて、寮に帰ることにした。
一度、商業ギルドを通さないといけないかもしれないとも、伝えておいた。
ウェスと名残惜しくて、店の前でしばらく立ち話してしまった。送ると言ってくれたけど、近いからと言って遠慮した。
学園行きの馬車の時間まで、少しあるので、散歩がてらに行ったことのない小道をぶらぶらする。
住宅に混ざって、小さなお店がある通りだった。珍しい集合住宅もあった。アーシアは、商店がある通りばかり利用していたから、こういうのも新鮮だ。
夕方の涼しい空気に、ハンギングフラワーの香りが混ざる。すると、スッと煙のような似つかわしくない匂いがしたと思うと、しゅるっと何か太いものに巻き付かれ、後ろに引きずり込まれた。
(ど、どうしよう?!な、なに?誘拐?)
その瞬間、どおおおおおんと、大きな爆発音が響いた。それと同時に無数の太い緑色のもの…植物の蔦のようなものが、もくもくと立ち昇る炎めがけてドーム状に重なりながら取り囲んだ。
爆発はなんとかその中で納まり周囲に怪我人はないようだった。太い蔦の一部は無残に焼け落ちている。
「びっくりしたわ。アーシア、大丈夫だった?」
いつもは余裕綽々の澄んだ声の持ち主が、酷く焦って言った。
「カルラせんふぇい…せ、せんせい…」
「はいはい、大丈夫?呂律が回ってないわよ、ふふ」
アーシアを見て、ホッとした顔になると、手を優雅に上げて大きな蔦を消していった。
「この蔦、カルラ先生の魔法だったんですね!
ああ…わたし、危なかったんですね?!助けてくれて、ありがとうございました」
アーシアは、先ほどの自分を引っ張ったのはカルラだったと気が付き、真剣に礼を言った。
自分のさっき居た場所が爆発し一番近かったから、カルラが助けてくれたのだ。数m先の樽の辺りが急に爆発したのだった。
「うん、無事でよかったわね」
「あの……街でも爆弾事件が…何か関連があるんですか?」
アーシアは、声を潜めてカルラに言った。
アーシアは爆弾には詳しくないが、爆発の規模を態と調整しているように感じたので、気になったのだ。
それに炎の色、あの光り方は魔石か魔石を砕いた欠片が入っているのではないだろうか。
「ああ、もう知ってるのね。そうね、初めの頃はポルタベリッシモから離れた田舎道が狙われて、段々近づいてきているみたいなの。
中心街が狙われたのは、初めてだわ。別人の犯行とも考えられるけど、十中八九同一犯でしょうね」
「あの、わたしが聞いてしまっているのに、なんなんですが…
そんなに話しちゃってよかったんですか?」
「ふふっ。なにか考えが浮かんだんじゃない?
……さあ、言ってみなさいな!」
含み笑いをしながら、カルラはアーシアの肩に自分の肩をぶつけるように小声で言った。
「あ、ああ……うまくいくか分からないんですが。
そのう、まずですね、わたしは爆弾に詳しくないのですが、一応は知ってますので、さっきの炎の色なんですがちょっと特徴的で、魔石を材料に使ってないと出ないんですよ。多分。
もっと専門家に確認を取ってもらってからの方がいいんですが、もし魔石なら、わたしが以前作った道具で分かるかもしれないんです…
そ、それで、気になって……でも、魔石を爆弾に使うのは結構贅沢で…あまり使わないと思うんですけど、ね」
話している途中から、カルラの目がランランとしてきて、迫力に負けて、最後はしょぼんとトーンダウンしまった。
「ふううん、そんな便利なもの作ったのね~たのしみだわあ。
そうそう、明日からまたいつもの運動場でレッスンだからね。待ってるわよ♪」
でも、レーダーが反応するか等の確認をしないといけないとか、ごちゃごちゃアーシアはいつまでも説明していたが、カルラは嬉しそうに笑って取り合わなかった。
パスティチオというギリシャ料理をイメージしています
ムサカが有名ですがパスタやひき肉、ベシャメルソースを層にしてオーブンで焼き上げた料理。イタリアのラザニアに似ているが、ギリシャ独自のハーブやスパイス、調理法が特徴
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