71 花のポルタベリッシモ
ポルタベリッシモは、港のある町として有名だが、実は南北に長く、港に行くならば、中心街からもかなり距離がある。
ただ、海の近くに行くにしたがってなだらかになっていく坂の街で、広いが段々になっていて、途中に急な坂や徒歩用の長い階段があり、歩きの移動はかなりきつい。
大通りから港へは、普通の馬ではなく、足腰が強くて速い魔獣が馬車を引いている。
どの場所に居ても大概、広く美しく半円を描いた湾と、全てが曲線の青色に映える白い建物と色とりどりの花々が見渡せて、素晴らしい展望だった。
学園から街へ行く馬車からもそれは見えるが、道が急なため、ゆっくりとは見れない。
街に降り立った時、急に広い路の向こうに、その光景が広がるのだ。
今日は、ウェスと中心街を巡り、お昼過ぎにウェスの家がやっているレストラン、コル・デル・クオーレにお邪魔することになっていた。
港は遠いため、今回は見送って、また別の機会に行ってみようと思っている。
ロータリーから、大通りを下って3番筋の華やかな商店街と公園のある地区を目指す。
三番街と呼ばれる地域で、ベリッシモでもとても見晴らしがいいベッラ公園と可愛らしい商店、屋台などもやっている。
ニーちゃんの勤めているソレッレ≪姉妹の≫美髪店は、もう少し先の南町で閑静な雰囲気の場所だ。
ウェスと、低木の街路樹のある石畳を歩く。大通りから3番筋に入ると歩道はなく、馬もゆったり歩いて移動している。
観光らしい人やデートの男女も、笑みを浮かべ楽しそうに歩いている。
「あ、あそこの屋台のフルーツ飴、わたし好きなの!アーシアも食べる?」
ウェスはアーシアの手を引いた。
「うん、わたしも食べたい!ここは…とっても、華やかね」
「ふふ、最もポルタベリッシモらしいところよ!
海側はまたかなり雰囲気が違うから、びっくりするかも、あ、おじさん、フルーツ飴ちょうだいな」
可愛らしい屋根のある屋台に、ウェスが寄って行って言った。屋台には、果物の絵のガーランドが掛かっていて、屋台の土台も水色とピンクで可愛い感じだった。
「レッドビッグベリィだけのを一本と、アーシアは何にする?」
「わたしは、フルーツミックスっていうの一本お願いします」
おじさんは、愛想よく二人に長い棒に刺さった2本のフルーツ飴を手渡した。
フルーツ飴は、生の新鮮な果物をさっと薄く飴にくぐらせて出来たもので、とても美味しかった。
「この辺りは、フルーツも甘くておいしいのよ」
ウェスと通りをぶらぶら見て回りながら、ベッラ公園に着いた。公園にはぐるっと遊歩道があり、どこからでも、真っ青な海を見渡せる。
「わー、きれいね~」
「ええ、とっても……あ、あそこの、大きな島は……」
「ジュェワ国よ。島国なの。ここからだと大きいから近く見えるかもしれないけど、船で、結構遠いのよ。
あそこから、ほら、あの大きな、赤いマークにある船!見える?」
アーシアは目を凝らして、ウェスが言う船を見つめた。
「あれが、ジュェワ国からの貿易船。特産品なんかを運んでるわ。大きいけどね風魔法で動いているのよ。
あっちは、少し小さいほう、東の方に行くから漁船ね」
ウェスは、地元民だからかとても詳しい。澄み切った青と白と花々、ポルタベリッシモは、名前の通り華やかな場所だ。
ジュェワ国、三日月の形に島が並んだ島国だという。隣国のセドゥーナは交易があるが、あまり国交を持たない国らしい。
米が主食で、発酵調味料もあるという話だから、東洋的な雰囲気のある場所なのかもしれない。
海から来る風だろうか、肌に心地よい温度で吹いている。高台の上なのでやや風は強い。
ウェスが、アーシアを振り返って、
「ジュェワ国に、興味がある?」
と、聞いて来た。
「うん、珍しい食材や、調味料があるって」
前回調べて行こうとしていた、ジュェワ国の雑貨店はサムくんとの再会で行けずじまいだった。
「この3番街に、ジュェワ国の店があるの、品揃えは中心街では一番の所なの。
一番あるのは、やっぱり港町なんだけどね。行ってみない?」
「めっちゃ行きたい!!!」
「めっちゃ?あはは、うん、それじゃ行こうか」
ジュェワ国の店は、ワクワクする食材で一杯だった。
お米はまだ、聖なる森で採取したものがあったが、色の付いた米もあったので気になって、複数、購入した。ジュェワ国は、茶葉の生産でも有名で、このお店にも多く並んでいた、高価であるが、ここに来る普通のお客さんのメインの商品だった。
(あ、緑茶もある!でも…紅茶とかの方が多いなあ…)
あとはどう見ても醤油瓶かなというものと、大豆そのものが売っていた。計り売りで大きな袋から必要な分だけ買うシステムのようだが、アーシアはその大袋ごと買ったので、店員に目を見開かれた。
乾燥した小魚や、海藻類、ひじきのようなものもある。お菓子には、どう見てもおせんべいがあり、もちろん買った。
生のものは、あまり置いてないそうだが、珍しいムナギという魚だけは、購入してしまった。
ムナギを注文すると、ちょっとなまりのある店員が不思議そうな顔をして、大丈夫かと聞くので、大きく頷いた。
店員さんは安心したのか満面の笑みを浮かべて、鮮魚は、港町の店舗の方が多いですよ、と言っていた。無類の魚好きかなんかと思われたようだ。
「アーシアは、空間収納があるって聞いていたけど、いっぱい入るのね」
とウェスに驚かれた。
約束の時間、お昼になったので、コル・デル・クオーレへと向かった。
二人が着いたころには、コル・デル・クオーレはランチのお客さんが丁度少なくなった時間だった。
「おかあさん、今、大丈夫?
アーシア、こっちよ。あっちの厨房に一番近い席へどうぞ」
ドーム型に白い柱を抜けて、カウンター横のテーブルへと案内してくれた。
椅子は広いソファだった。
「ああ、ウェス、戻ったんだね。
こんにちは、あら、初めましてじゃないわね!何度かうちに食べに来てくれているでしょう?
私は、ウェスの母親だよ。
いつも、ウェスと仲良くしてくれて、ありがとうございます」
茶目っ気たっぷりでウェスのお母さんは言った。
その時、厨房の中が騒ついて、今まで明るかったウェスの母親の顔が曇った。
「何かあったの?」ウェスが心配そうに聞いた。
「ええ…実はね、このところ秋口からお肉の配達が安定しなくてね、午後の分にはちょっと心もとない量なんだよ。
ここ2,3週間は、特にこんな感じでね。
ほら、最近近隣の田舎道で爆発事件が起きているだろう、その影響がこんなところに来ているんだ」
アーシアは、錬金と学校に忙しく世情には疎い。そういえば、前回立ち寄った商業ギルドが馬車が多く、ちょっと混乱気味だったのを思い出した。
カルラ先生のレッスンも2度ほど、休みになっていた。
なんでも、田舎の細い道ばかり狙われているらしい。ただ、その道のほとんどは、流通で必ず使われる場所であるということが問題なのだとか。
爆破自体はさほどの大きさではないのだが、場所が散らばっているのと、爆弾の種類も毎度違うので、捜査が難航しているようだ。
「あの、モンスター肉とかでもいいですか?わたし、空間収納を持ってて、幾らか持っているんですけど」
アーシアが、そういうと二人は驚いたが、直ぐに嬉しそうになった。
「ええ、ええ、もちろん、モンスターで大丈夫。
私らも、肉が足らなそうだからこのところ冒険者さんに、個人的に分けてもらっていたんですよ。
今日もこれから、知り合いの冒険者さんの所に行こうと…
本当に、助かります。
ちょっと、ちょっと散らかってて恥ずかしいんですが、厨房へ来ていただけませんかね?
こちらです」
そう言って、厨房の大きな作業台に案内された。
厨房は、所謂薪かまどが3台並んでいて、石窯オーブン1台と大きな排気口と冷蔵庫などが並び、奥に広かった。
「じゃ、出しますね。どのくらいいりますか?」
そう言いながら、沢山あるモンスターの肉をポンポン出した。
「まああああ、ここれは、コッコカリスに、ボア肉、あらま、熊肉まで!
こんなに新鮮で高級肉まで。あ、あ、こんなに沢山!!」
そういって、思わず跳び上がって驚いていたが、
「ちょっと、待ってくださいな、こんなに沢山、午後どころか数日分ありますよ。
うちも、こんなにとって置ければいいんだけど、保管庫がそこまで持たないんですよ」
「どういうことですか?」
一応、冷蔵庫らしいもののサイズを見ながら出していたアーシアだったが、何か事情があるのだろうか。
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