70 染毛剤の試作品
「もしかして、おしゃれ染めの薬剤ができたの?」
ニーちゃんは待ちきれないように訊ねた。
「ええ、試作品ができたので、プロの方に試してもらいたくて」
「どれどれ?」
「一つはこっちの、短期ヘアカラー、ワンデイヘアカラーとでも言ったらいいかな?」
「ワンデイヘアカラー、なかなかいい名前ね」
「髪へはセット剤くらいの重さで、洗ったらとれるの。
どんな髪色にも見たままの色になるよう、目標にしたわ。もちろん、安全。食べるのはお勧めしないけど。
これなんだけど……
色が、4種類、白、赤、紫、黄色でまだ青はないの。でも、色を混ぜて違う色を作ることもできるんだ。
あ、でも気を付けてほしいのは、色移りするから、枕とかにね。だから必ず洗髪しないといけないの」
ニーちゃんは、興味深そうに眺めている。
「ちょっと、試して見ていい?」
「ええ、寧ろこちらからお願いするわ」
「ニー、ちょっと待って」
店長がニーちゃんを呼び止めると、モデルを従業員さんの一人にやってもらうよう言われていた。
本人がやりたがるだろうから、まずは他人にどんな風にできるか客観的に見た方がいいという考えであった。
モデルの従業員さんの髪は、一人は薄い色、もう一人は濃い色で、比較には丁度良かった。
「まあ、これはすごいわ!!見た目通りね」
薄い方の髪の一房に、分かりやすく鮮やかな色のクリームを容器から出して塗っていくと、
その一房は、真っ赤に染まっていた。きれいな見たままの赤色だ。
もう一人の、アディアに割といる緑系、しかもこのモデルさんはナオミ先生より少し明るいくらいの濃い深緑だ。ということは、かなりの濃い髪色だ。
果たして色は、乗るだろうか?
「わああ、毛先が赤くなった!!うん、いい感じ」
モデルさん本人も驚いている。
これはすごいと美容師さん同士があれこれやり合って、非常にカラフルな髪になってしまっていた。
「そういえば、もう一種類あるんでしょう?染毛剤」
ニーちゃんは、どぎついピンクの髪色になって、聞いて来た。
「ああ…こっちはね、採用しようかどうしようか悩んでいるの。プロの人にご相談で、ね」
「うん、どんなものなの?」店長さんたちも真面目な顔で寄って来た。
「実は・・・合成染毛剤っていうものなの、これは洗っても落ちない。厳密に言うと色素の部分は徐々には抜けてくんだ。
薬品の力で髪の中の結束っていうのかな…それを緩めて色を入れてまた、締めるって感じかな。ケミカルっていうか…
ちょっと難しいけど、それによって元の色を抜くこともできるんだ。ただ、強い薬剤で余り白く抜こうとすると溶ける…」
「ええ???じゃ、危ないんじゃない?それに、髪の毛も傷んでしまうんじゃない?」
「その通り、目に入ったりしたら危険なことになるので、本当に注意が必要なの。
だから、技術面でも、非常に難しいんだ。うまく使えば、洗って落ちることもないしね。
これも、いろいろ長く検証してみないと製品化は難しいなあって。
あ、でも、わたしはそこまで注意しなくちゃいけないほどの強さにしてないから、溶けたりしない。大丈夫だよ。
ただ、色展開はすくないんだ」
みんな顔を見合わせて、黙り込んでしまう。
「でも、テクニックはいるかもしれないけど、髪を洗っても落ちないし、髪色を明るくもできるから、
そこは、いいところかなって、思ってる。
もっと、錬金の技術が進んだら、髪に優しいきれいな色の合成染毛剤ができると思うの。
だから、時間はもっとかかるけど……」
「その合成染毛剤ですが…医療用、産業用などの薬のような扱いになるかもしれませんね。
薬学部が詳しいと思いますが。
効き目はあるが、用法用量をきちんと守らなくては危ないもの、そういう薬剤はいくらでもあります。
例えば、毒と扱われるものも、少量なら心臓の薬として使われていますし、
そういうものは、試験期間を設けて、一定のテストをパスするんですよ。使用可になるまで。
こちらも、その方がいいでしょうね。でも、逆に言うとそのテストを受けておいた方が、安全だと言えます」
いいタイミングで今まで微笑んで黙っていたペプロー氏が、助けに入ってくれた。
(ペプローさん~、ありがとう!!そんな風にできるのね。それなら、安心だね)
と、アーシアは心の中で、ペプロー氏に何度も礼を言った。
顔を見合わせていた店長とニーちゃんは、お互いに頷いた。
「うん、そっちも、軽く試してみるわ。一つ置いて行ってもらえる?」
「うん、この色でいい?……えっと、最初こっちの瓶の液体と…」
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週末になり、いよいよ明日はウェスちゃんとのデートだった。
染毛剤の試作品は、ニーちゃんたちに渡してきたので、週末はのんびり過ごせそうだった。
忘れないうちに、『聖なる森』の鹿之丞にノーラ神官に頼まれた子猫たちのことで、連絡を取らないといけない。
鹿之丞が気に入っていた、木の切り株の辺りを意識して、『扉から扉へ』を展開した。
扉は上手く現れたが、ちゃんと通じているだろうか?
小さな扉をノックして、そっと開ける。
『やあ、驚いた!きみだったのかい。これはまた奇妙なものを出してきたね』
空けた隙間から、興味津々の鹿の顔が出て来て、焦ってしまう。
鹿之丞と、運よく会えたようだった。
「あの、突然驚かせちゃってすみません!お久しぶりです、鹿之丞ぱ…さん」
『鹿之丞パイセンでもいいよ。はは、時々、うっかり言っていたから知っているよ。ぼくがどんな風に呼ばれてたか。
…はははは、面白いね、そんな顔しなくてもいいよ』
まさか、口に出ていたとは…一瞬マドカのような念話で分かったのかと思ったらすぐに否定されたのでほっとした。
気を取り直して、ノーラ神官の相談事を伝えた。
教会の外で暮らしていた、野良猫の兄弟が聖獣化してしまったこと。保育器で神聖力で命を繋いだこと。
教会では、受け入れてもらえず、寧ろ今後いじめられてしまうかもしれないことなどを、説明した。
「そうか、つまりここなら、成長に必要な聖力も補えて安全に暮らせるということだね。
いいよ、ノーラのことも知ってるし、彼女がそんな風に言うくらいなんだから、
もしかしたら、状況はかなり、切迫した状況なのかもしれないよ」
アーシアは、そこまで深刻に捉えていなかったが、あのノーラ神官は、遠慮して控えめに伝えたのかもしれないと思い当たった。
アーシアが考え込んでいると、鹿之丞は、
「しかし、子猫たち本当にぼくの所で引き取っていいのかい?
きみはまだ学生だから、面倒見きれないと思っているのなら、こんな風にドアを作って行き来できるんだ、
ぼくがみんな預かってあげるよ。ぼくの子供たちも喜ぶだろうしね。
本人たちが望んだら、考えてあげてくれないかね?」
「従魔契約のことですか?…わたし、そんなに責任負うことができるでしょうか…」
「うん、本人たちにも、きみにもプラスになることがあるよ。
聞くにどうやら子猫たちは強力な能力持ちのようだ、
きみはあまり、戦闘は好きじゃないだろう。
今は赤ちゃんかもしれないけれど、すぐに頼もしくなるよ。
……ふふ、本当はね、うちの長男もきみと契約したかったみたいなんだけど…
母親がいないだろう、下の兄弟の面倒を見るんだって森に残っているんだ。
ぼくに似ないで責任感が強いんだよね。誰に似たんだろうね」
鹿之丞に確認を取り、近いうちに教会の3匹の子猫聖獣たちは、アーシアのスキル『扉から扉へ』を使って、『聖なる森』に連れて行くということになった。
ノーラ神官たちも、安心するだろう。
マドカも是非遊びに行くと、鹿之丞たちと約束を交わし、早速これからと扉の向こうに行ってしまった。
折角久々にゆっくりできそうな週末、残されてひとりで寂しくなるアーシアだった。
そしてその休日がやって来た。アーシアは、女の子同士のお出かけとあって、張り切っていた。
刺繍の入った胸当ての付いた赤いフレアスカートに少し襟ぐりの広いギャザーの寄った白いブラウスは、袖が二段にふんわり膨らんでいる。
髪の毛にはニーちゃんにやってもらったようなサイド編み込みに挑戦し、サーシャちゃんに貰った赤紫に白いレースの付いたリボンを初めて着けた。
あまりに可愛すぎたので、着けられないでいたものだった。そして同系色の小さな手提げ鞄に、編み上げ靴を履いた。
今日の格好は、アーシア的にはかなり頑張っておしゃれしたほうだった。
ウェスとの待ち合わせは、街の学園行きのロータリーの前、休みの日でもアーシアの様に街に遊びに行く学生が、馬車に乗ってきていた。
ウェスは直ぐに居たので分かった。ロータリーに、ボレロ付きの赤いワンピースに、帽子を被った姿で待っていたからだ。
髪の毛は珍しくハーフアップにして垂らしていた。
今日は、どこに行くのだろうか、アーシアはワクワクしていた。
主人公は皆の協力が心強く、嬉しく感じた週末だったようです
人との係わりが不器用だった彼女でしたが、こちらの世界で素敵な関係を着々と築きはじめています
お読みいただきありがとうございました




