68 予期せぬ小さな訪問者
バチバチと紫の小さな稲妻が立ち昇ると、小さな文具やメモ帳、コップなどが浮かび上がる。
空気もヒヤッと急に冷えた。珍しく、アーシアは叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って?!やめて頂戴!!ここ、学校の寮だから!!」
抱っこしていたマドカをうっかり放してしまい、慌てたがマドカはふわりと飛び浮かんで事なきを得た。
驚いたのか、猫たちはピタッと止まって、アーシアを振り向いた。
やっと止まって、まじまじと見ることができたが、やはり、子猫たちだった。
一匹はややスレンダーで尻尾の長い、一見黒かと思ったら黒灰猫で黄色い目を見開いていた。
もう一匹は、グレーのハチワレでやや丸い体格に丸顔の緑の目の猫だ。
最後は、中毛種というのだろうか毛がマドカほどでないが長めの子で、ダイリュート(薄い色の)錆び柄の猫で目は驚くほど青かった。
皆、アーシアをまあるいお目目できょとん、と見上げている。
(あらあら、かわいい!!)
うっかり、にやけてしまいそうになる頬を引き締めて、アーシアは子供に言い聞かせるように言った。
『こいつらは、おいらの兄弟たちだ。
こっちの2匹が、オスで、こっちがメスだよ。
魔法が使えるようになったから、手に負えないんだ。まだ威力が低いのが救いなんだけど……
おまえたち、勝手についてきちゃダメじゃないか!
能力をよその場所で使うのも、禁止されているだろう!!
それにこのひとは、おまえたちの命を救ってくれた、おいらのご主人だぞ!
アーシアさん、っていうんだ。ちゃんと、挨拶するんだぞぅ!』
マドカが、お兄ちゃんらしく言い聞かせる。アーシアも、ここは、学校の寮の中だから騒がないでね、と優しく言った。
かなり成長できているが、神聖力補給に猫用保育器には、寝るときなどにはまだ入っているらしい。
ただ、充分に神聖力があるのは、保育器の中だけである。身体が成長すれば、もっと多くの神聖力がいるようになるのではないか、と心配にも思った。
黒灰猫が黄色い目で真面目な様子で、
『ぼくは、にいちゃんのおとうとのくろだよ。さわいで、ごめんね』
『あたちは、ブチ。いもうとよ。よいこにするからね』
『おいら、くろはち、……ちらかしてごめんね』
ちょっと赤ちゃん言葉の子猫が反省した様子で喋った。
「全員、兄弟なの? (に、似てないけど……)」
色味だけでなく、骨格も違う。
『『『そうだよ!』』』
後で聞いたところによると、成長しだしてしばらくして、皆、色味が変わったのだそうだ。そういえば、名前はくろはちなのに黒じゃなくグレーだ。
猫の赤ちゃんの目は生まれたばかりは皆、似た色をしていて自分本来の色になるのだが、ブチちゃんは赤ちゃんブルーから緑色になったと思ったら、今度ははっきりした青になったそうなので、目の色まで変わってしまったらしい。
アーシアは3匹に近づいて、しゃがんだ。
「あら、お名前、言えるのね。ちゃんとご挨拶ができてえらいね」
『いや、そいつらのは名前じゃないんだ。そう、区別できるように呼ばれてるだけ。
こいつらも、いつかはご主人さまを見つけて、名づけをしてもらわないと正式な名前にはならないんだ。
おいらの、向こうで呼ばれてた、飛び猫みたいなもんさ』
『え!ぼくらも、にいちゃんと同じご主人さまじゃないの?
ぼく、アーシアがいい!』
『そうよ、あたちもそう決めてるもん』
『おいらも』
『なにを言ってるんだよぅ!アーシアはおいらのだぞう!』
と、がやがやとマドカまで混ざって4匹で、騒ぎ出した。
全く困ったことだ。アーシアは子猫たちを振り返ると、
「まあまあ、静かにしてね!
……そうそう子猫ちゃんたち、勝手についてきちゃ駄目よ。
しばらくしたら、ドアを開けてあげるから、早く戻りなさいね。それまで……
そうだ、こっちに来て、このキャットタワー! 使っていいから遊んで待っててね」
子猫たちは、追いかけっこに夢中で気が付いていなかったのか、ベッド脇にあるタワーを見て目を輝かせた。
『ええー、それは、おいらの! 反対!』
マドカの制止も聞く耳持たずで、毛玉が跳ねるように駆けあがっていく。すぐに鼠のおもちゃで遊んだり、猫ベッドに潜っていったり、柱をバリバリしたりと嬉しそうに遊んでいる。
『ええ~ん。ひどいにゃ』マドカは、憐れに言った。
突然の小さな訪問客に、3枚の小皿に、蒸したコッコカリスをほぐしたものを入れ、お水の入ったボウルも用意した。
子猫たちは、これだけ運動しているのだから、水分補給は大事だ。因みに、マドカ用に大皿にもコッコカリス蒸を多めに出したが、
『味がうすいにゃ』
と文句を言うと、子猫たちの目がキラーンと光ったのを見て、そそくさと食べていた。
満腹でウトウトしだしたので、扉を出して可愛い3匹の子猫たちを、帰そうと魔法を展開する。
ドアを出して、ノックすると、今日はノックが返って来た。心配させてしまっているかもしれない。
「こんばんは。子猫ちゃんたち、マドカについて来てしまって、今まで預かっていました。
ご心配おかけしました」
すると、ドアを覗き込むようにシスターの被り物をした、優しそうな年配の女性が遠慮がちに言った。
この方は、ノーラさんという神官さんだ。初めにマドカに紹介された。
この場所はノーラさんのグループの神官専用の共同部屋だったそうで、代わる代わる面倒を見てくれている。
「いえ、きっとやんちゃばかりだから、却って困らせてしまったでしょ。
お陰様で、この容器のおかげで、すっかりみんな元気になったんですよ。本当にありがとうございます」
アーシアは3匹を、そっとノーラ神官さんに手渡した。心配はいらず、ぐっすり寝ている。
それではまた、と扉を閉めようとすると、
「あ、あの、ちょっと待っていただけますか?
ご相談があるんです」
扉が怖いのか触ったことがなかったはずのノーラ神官が、急に扉を押さえた。
「お話したいことが、二つあるんです。
一つは、この子たちのことで……お陰様で、大きくなりましたでしょう?
わたしたちの世話が行き届きにくくなってしまって。わたしたちも仕事がありまして、中々見てあげられていないんです。
元気になって、外に遊びに出るようになりまして……すると、まぁ、いろいろトラブルも……やんちゃですからね。
おまけに、能力も赤ちゃん聖獣なのに多いほうなんですよ、ほかの同年代の神獣さまたちより……
それでですね……この偶然できた聖獣にあまりよく思わない集団もいるんです。
嫌がらせに、あっているようなんです。
それで、実は、そちらの勢力の方が大きくて……
……わたしどもはとても心配なのです」
ノーラ神官は、言葉を絞り出すように、幾度か言い淀みながらも、アーシアに伝えた。
ちらりとうかがえる表情からも、胸の内の苦しさが伝わってくる。
「そうなんですね。それでは、なにかわたしにできることはあるのでしょうか?」
「この子たちを安全な場所に――貴女さまの能力で、送ってやってほしいのです」
「安全な場所ですか?でも、この能力は恐らくわたしが行ったことのある場所にしか開けませんし、
この子たちに必要な神聖力の問題があります」
「ですから、『聖なる森』に送ってほしいのです。あそこの聖獣ならわたくしも面識がありますし、貴女さまもそこならば開けますでしょう?」
確かにそうだ。聖なる森ならば、まだやったことはないが、きっと『扉から扉へ』を開くことができるだろう。
しかし、あそこの年寄りは、すごぶるシャイな鹿たちだ。鹿之丞は大丈夫だろうか、他の住人は大丈夫だろうか?
「今すぐにではないですが、後日、本人に聞いてみますね。待ってください」
アーシアは、『扉から扉へ』で突然ドアを開いたら、鹿たちを驚かせないかと少し心配になっていた。
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