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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第一章 異界の村と錬金術
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6 サバイバルバッグ

 

 しばらく日奈子は、ベッドから動けずに数日を過ごしていたが、四日目にして急に身体からだが動くようになった。

 節々(ふしぶし)がばらばらになったかのように重くて、ベッドに()い付けられ水も飲めないような状態だったが、やっと半身を起こせるまでになった。


 身体の様子を見ようとすると、髪の毛が顔にかかる、金色の髪だ。

 金色というよりも、どこかぱさぱさしてる白っぽい色、ホワイトブリーチなんて当然してない、蘆屋日奈子という娘は一般的な黒髪だった。

 それに、染めるのにも維持するにもお金がかかる。彼女は貧乏学生だったので、髪も半年に一度カットするくらいだった。




 (……ショックで白髪にでもなったのか?)



 髪の毛は、色だけでなく以前とは状態もかなり違う。




 (鏡が見たい!)




 特製サバイバルバッグの中には、折りたたみの丈夫と評判の鏡を、更にそれを割れないようにガードするため、本と本の間に挟んで入れてあった。

 ここには鏡なんてあるだろうか。失礼だと思いつつ、そう思うのも、見渡す限りこの部屋は何もなかったから。

 日奈子の横たわっているベッドと脇のサイドテーブルのほかに、小さなテーブルと椅子、そして暖炉(だんろ)があるだけだった。

 暖炉は、煉瓦が組み上げられたもので、前に鋳鉄(ちゅうてつ)製の柵が立てて在る。内には(まき)はなく、汚れも少ない。代わりに不思議な形の装置のようなものが置いてあった。



(リュックが欲しい。わたしの荷物が……)


 日奈子は、心の底からそう思った。自分がこの異世界でどんなに変わってしまったのかが強く気になったのだ。


 思わずカーッとなり、腕を宙に向かって何度も突き出した。



 ぶん、ぶん、ぶん……



 (はた)から見たなら幼児のように見えるようなジェスチャーかもしれないが、どうせ一人だった。

 気が済むまでばたばたさせた。こんな乱暴な動作は子供の頃すらやったことないのに。

 家では遊ぶときこそ、極めて静かにしなければならなかった。少しでも音を立てると、母親が注意をしに部屋に来た。

 大きくなって母が働きに外に出るまで、実家では日奈子は静かに声も殺して過ごさねばならなかった。



 ぐっと突き出し拳こぶしを握った。

 目をぎゅっと瞑ると、何度目かで(から)のはずなのに”何か”を(つか)んだ。


 (なに?)


 ズルズルズル……慣れ親しんだ重さと質感、何もない空間から引きずり出されるように、日奈子の大事なサバイバルバッグが現れた。




 (な、何これ?)



「……ど、どうして?!」


 思わず日奈子の口から声が()れた。



 毎日肌身離さず大切に持っていた紺地に黒のサバイバルバッグ。高い崖から日奈子と一緒に落ちたというのに、どこにも汚れすらなくそのままの状態だった。

 大きなリュックの中身を急いで確認すると、まさに日奈子があの日の朝に家庭教師の教材を足して、ぎゅうぎゅうに詰めたままだった。




 そして、趣味の料理と教材の化学の本の間に、鏡も割れず無事にあった。

 日奈子は微かに震える指で、その鏡の折り畳みのカバーをそっと開く。



 パカッ。



 自分の鼓動(こどう)の音が、段々と激しく鳴り響くのが聞こえる中、恐る恐る、鏡を覗く。



 俯く髪の陰に隠れた白い顔がぼんやりと映る。

 胸のあたりまである髪の毛は、乾燥気味(ぎみ)の白っぽい色に変わっていた。



 顔の造作はアジア人らしい雰囲気を残したままだが、見知らぬ他人、外人のようだった。

 元の世界のというよりは、大した人数はまだ見ていないが、この異世界の住人であると言った方がしっくりくる見た目だ。

 ————とても、自分とは思えない。


 瞳の色も茶色というより、やや薄くグレーがかったローズ味のある色に変わっている。

 ふと、雪国出身の母方の祖母も日本人なのにこんな色をいていたことを思い出しが、かくもはっきりと桜の花びらのような色はしていなかった。




 痩せた酷く疲れた顔が映っている。

 日奈子は、前の自分の顔があまりしっかりと思い出せないことに気が付いた。大学に入ってからは特に、鏡を覗く余裕もなかったからだ。



 日奈子は自分の考えが少し(むな)しくなって、鏡を見るのを止め、(たた)んでリュックの中の元の場所に戻してしまった。

 ベッドに座わり、じっと手元に握ったリュックの端を見つめる。

 日奈子の頭は、手に握る感触と共に、確かにあちらの世界から持って来た彼女のサバイバルバッグがここに存在していると認識していった。


 そして、何もない空間からこんなに重いものが出てきたことに、突如として興味が湧いた。




 (……異世界、魔法、ファンタジー!


 この奇妙な現象が魔法なら、もっと使うことが出来るだろうか?)




 試しにバッグの中から取り出したタオルを、空間に押し込むようにしてみる。




 ————すう。



 すると初めから持ってなかったように消えた。もう一度(タオル出ろ)と念じて手を突き出す。


 今度は、手には元のタオルが握られていた。




 日奈子は高校2年ぐらいまでは、時々パソコンでゲームもやったことがあり、下手なりに有名なRPGなんかもやっていた。




「なんだっけ、これ…」




(あ、イ……ンベントリってやつかな!……物を収納しておくアイテムボックスとか)



 自分はどうかしてしまったのだろうか、中二病だろうか。普段だったらそう思っただろうが、今の日奈子は普通の状態ではなかった。


 暇を持て余していたせいもあったが、初めは小さなものから、何度も何度も出したり入れたりをしつこいほどに繰り返した。


 サバイバルバッグの場合、容量が大きいせいか多少時間が掛かるようだったが、それでもその日の就寝前になるとスムーズに出し入れできるようになった。



 事実、数日の間でこの世界には魔法らしきものがあることも知った。

 何しろみんな、なんともなしに使っているのだ。

 ただ、大がかりなものではなさそうで、ちょっと風を出すとか、マッチほどの火を出すとかだ。


 この家の二人の小さな子供たちでさえもだった。


 上の女の子は優しくて一番日奈子の部屋に来て面倒を見てくれた。

 日奈子が起きられず水を飲むのに苦労していた時、(なん)なく自分の風魔法を使って大人の重い身体を器用に起こすと、吸い飲みから水を飲ませてくれた。

 甲斐甲斐(かいがい)しく親切な女の子である。異世界の名前だからなのか、お姉ちゃんなのにニーちゃんという。



 ニーちゃんが言うには、日奈子が世話になっているこのお宅は、オーツさんといって、ニーちゃんと弟のサムくん、お母さんの三人で暮らしているそうだ。


 ニーちゃんは、そよ風のような風魔法で軽い物を浮かせることが出来るそうで、普段はお母さんの薬草ハーブの乾燥を手伝ったりしているのだとか。


 弟のサムくんは、お母さん譲りの赤葡萄色の髪の男の子だった。

 今の幼い段階で大きな炎を出すことが出来るので、将来有望なのだそうだ。今は手のひら大の大きさだが、まだまだ強力になるそうだ。


 サムくんも、手から火を出す魔法を見せてくれた。サムくんも魔法で消し炭を作ったりして働いている。なんでもその理由は、都会の大きな魔法学校の資金作りらしい。


 ちょっと生意気でやんちゃな男の子だが、日奈子は強い共感シンパシーを感じた。

 サムくんほど強い火魔法持ちは、学校に行って訓練を受けないと暴発事故を起こしたりする可能性があり、危ないため死活問題なのだそう。



 二人は、いつもお姉ちゃん、お姉ちゃんと声を掛けてくれて可愛い。


 知らずに日奈子の顔は(ゆる)み、(ほこ)んでいた。



 こんなに緊張を抜くことが出来たのは久方ぶりだ。

 身体こそ痛みがあるが、ゆっくり力を抜いてのんびりしたのはいつ振りだろう——日奈子はぼんやりと考えていた。



 お母さんのオーツ夫人はいつも仕事で忙しくしている。自宅兼工房に長時間作業しているか、朝早くから薬草採取に行っていたりと、なかなか会うことが出来ないでいた。

 ニーちゃんによると、冬支度の今の時期は特に忙しいのだそうだ。



(ということは、今は秋か。あちらの世界と同じくらいの時期ね……)




 オーツ夫人は日奈子が寝ている時に色々部屋を整えたりしてくれに来ているようだった。

 なので起きている時の日奈子は、動けなかったここ四日間、恥ずかしながら八歳のニーちゃんに面倒(めんどう)を見て貰っていた。

 にーちゃんはいつも、優しい草花の匂いを連れて来てくれた。






お読みいただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
ほんとサバイバルバックがあってよかったね。いろいろな知識の本も入っているのかな?
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