6 サバイバルバッグ
しばらくベッドから動けずにいたが、4日目にして急に身体が動くようになった。節々が、ばらばらになったかのように重くて、ベッドに縫い付けられ、水も飲めないような状態だったが、やっと半身を起こせるまでになった。
身体の様子を見ようとすると、髪の毛が顔にかかる、金色の髪だ。金色?なんかぱさぱさしてる白っぽい色、ホワイトブリーチなんてしてない、蘆屋日奈子は一般的な黒髪だった。染めるのにも維持するにもお金がかかる。貧乏学生だったので、髪も半年に一度カットするくらいだった。
(……ショックで白髪にでもなったか?)
(鏡が見たい!)
特製サバイバルバッグの中には、折りたたみの丈夫と評判の手鏡を、さらにガードするために本と本の間に挟んで入れてあったのだ。
ここに鏡なんてあるだろうか。
思わず、カーっとなって宙に両の腕を何度も突き出す。傍から見たら幼児のようなゼスチャーかもしれないが、どうせ一人だ。気が済むまで、ばたばたさせた。こんなこと、子供のころすらやったことないのに。
ぐっと突き出し拳を握った。目をぎゅっとつぶると、何度目かで空のはずなのに何かをつかんだ。??なに?ズルズルズル…慣れ親しんだ重ーいカバンが空間から現れた。
(な、なにこれ?)
大きなリュックの中身を確認すると、まさに日奈子が、ぎゅうぎゅう詰めたままだった。
料理と化学の本の間に、念願の鏡も割れず無事にあった。
恐る恐る鏡をのぞく。
胸のあたりまであった髪の毛は、乾燥気味の白っぽい色に変わっていた。
顔はアジア人らしい雰囲気のままだが、見知らぬ他人のようだった。瞳の色も茶色というより、やや薄くグレーがかったローズ味のある色に変わっている。雪国出身の母方の祖母も日本人なのにこんな色をしていた。
痩せた疲れた顔だ。
鏡をもとに戻すと、何もない空間から、こんなに重いものが出てきたことに興味がわいた。
(異世界、魔法、ファンタジー!)
試しに手に取ったタオルを、空間に押し込むようにしてみる。
すう、と初めから持ってなかったように消えた。
もう一度、
(タオル出ろ!)
と思って、手を突き出す。
すると、手にはタオルが握られていた。
日奈子は高校2年ぐらいまでは、時々ゲームもやっていた。下手なりに有名なRPGなんかもやっていた。
「なんだっけ、これ…」
(あ、イベントリってやつだ!)
自分はどうかしてしまったのだろうか、中二病だろうか。
暇を持て余していたせいか、初めは小さなものから何度も何度も出したり入れたりを繰り返した。
サバイバルバッグは、大きさがあるせいか時間がかかったが、就寝前にはスムーズに出し入れできるようになった。
この世界には魔法らしきものがあることを知った。何しろみんな、なんともなく使っているのだ。ただ、大がかりなものではなさそうで、ちょっと風を出すとか、マッチほどの火を出すとかだそうだ。
魔法を持っているのは、この家の2人の子供たちもだ。
上の女の子は優しくて、丁度、日奈子が起きられず水を飲むのに苦労していた時、魔法を使って大人の重い身体を風魔法を使って器用に操作して起こし、飲ませてくれた。甲斐甲斐しく親切な女の子である。
お姉ちゃんなのにニーちゃんという。
このお宅は、オーツさんといって、ニーちゃんと弟のサムくん、お母さんの三人で暮らしているそうだ。
ニーちゃんは、そよ風のような風魔法で軽い物を浮かせたり、お母さんの薬草の乾燥を手伝ったりしている。
手のひら大の炎はサムくんは、年からするとかなり大きいらしく、将来有望だそうだ。サムくんも、手から火を出す魔法を見せてくれた。サムくんも魔法で消し炭を作ったりして働いている。
なんでも、都会の大きな魔法学校の資金作りらしい。ちょっと生意気な男の子だが、強い共感、シンパシーを感じた。サムくんほど強い火魔法持ちは、学校に行って訓練を受けないと暴発事故を起こしたりする可能性があり、危ないから死活問題だ。
二人ともいつも、お姉ちゃん、お姉ちゃんと声をかけてくれる。
お母さんのオーツ夫人はいつも仕事で忙しくしている。自宅兼工房に長時間作業しているか、朝早くから薬草採取に行っていたりと、なかなか会えなかった。ニーちゃんによると、冬支度の今の時期は特に忙しいのだそうだ。
日奈子は、動けなかったここ4日は、もっぱら8歳のニーちゃんに面倒を見てもらっていたのだ。
ニーちゃんやサムくんほどではないが、日奈子も中二に返ったかのように飽きることなく物の出し入れをした。魔法の訓練のためだるく疲れはするが、夜は最近になく、ぐっすり眠れた。
(まるでマジシャンになったみたいだ)
それにしても、わたしのいとしのサバイバルバッグ、無事でよかった!
すみません、加筆しました。




