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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第三章 セドゥーナ学園・前編 学園生活と影
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64 唐突な浮気調査

 

 棒術のレッスンに通い始め、一般学部の敷地(しきち)を定期的に通るようになると、魔法学部とは違って小さなアクシデントに遭遇(そうぐう)することが増えたように感じる。

 一般学部は、所謂(いわゆる)普通のキャンパスライフとでもいうのか、学生たちが華やかだ。

 一方、魔法学部等のある側の敷地は、若干(じゃっかん)殺伐(さつばつ)としてる。

 アーシアたちの錬金学部やほかの生産系学部は大体近くに集まっているが、学生は皆、課題や研究に忙しく、常に足早に移動し、あまり立ち話もしない。

 また、反対の棟の魔法学部は、各学科に細かく分かれているものの、常に訓練やら授業で忙しそうにしていた。

 武術科は見たことないが、似た感じなのだろうか?


 兎にも角にも、一般教養学部の渡り廊下は長い。大きな庭園を突っ切って周囲を囲むように分れ廊下がある。そして、奥の校舎に続いているのだ。

 余り長居(ながい)をしたくないので、アーシアは私服で、白衣を片手に足早に歩いていた。

今では棒術のレッスンで終わった後に身体を引きずる様なことは、おかげさまでなくなった。今日はマドカも一緒ではない。

 結構な速足なのに、後ろで肩を叩かれた。急に後ろを向いたので、呼び止めた人とぶつかりそうになってしまう。

 ふわりと甘いフローラル系の匂いがする。目の下には甘木色の髪の毛のつむじが見えた。


「あ、あのう……()()系の学部の生徒さんですよね。もしかして、薬学科ですか?」


 数歩後ずさって、甘木色の髪の女性が、話しかけた。どうやら学園の学生ではなさそうだ。

 年齢は、20代後半くらいから30過ぎたくらいであろうか。

 ゆるく巻かれた甘木色の髪は肩のあたりで、目は小鹿のように(うる)んで優し気だ。

 頬はやや丸く、手もややふっくらしているが、全体の雰囲気に合った感じで、パールのアクセサリーとピンク色の(ひか)えめなフリルが付いたワンピースに上等そうなピンクベージュの(かばん)を持っていた。

 しかし、そのふんわりした雰囲気とはかけ離れた、必死そうな、今にも泣きだしそうな顔をしている。


「あ、あの、わたくし…クリュメ・フリンと申します。

 学園は初めてでして…道に迷ってしまって…

 薬学部を探してます……あ、あのっ、*******ってひと、なんですけどね。知りませんか?」


「は?すみません、どなたでしょう?聞き取れませんでした…」


「****でぇぅす。ひぃっく、い、イ**。このところ会ってくれなくて…こ、こ婚約者な、のに…

 い、ひっく、忙しいって…そ、それな…のに、ぉんなのひ、ひと、と、他の女の人と…」


 アーシアは、途方(とほう)に暮れた。これは面倒(めんどう)そうなことになったことだけは、分かった。

 運がいいのか悪いのか、アーシアには、この後の用事はない。

 泣いている女性をとりあえず婚約者さんのところまでは、送っていこう。なんだか、(まわり)りもぎょっとして見てるし。

 兎に角、薬学部へ案内しますと、クリュメさんを案内することにした。

 一方で、きっと研究職の先生なら、本当に忙しいだけなのではと、ナオミ先生などの様子を思い出し考えていた。


 長い渡り廊下を過ぎる頃には、ありがたいことにクリュメさんは落ち着き、一人、話をしながら歩いた。

 アーシアも、魔法学部の建物に入ると、手に持っていた白衣を羽織(はお)って、うんうんと聞いていた。


 クリュメさんが言うには、なんでも婚約者さんは、新進気鋭の薬学者で、健康食品開発をしていて、所謂(いわゆる)サプリメントのことのようだ、クリュメさんの父親を助けているそうだ。

 話を聞くと、クリュメさんの父親は、資金提供という形で援助しているようだ。

 身につけている物や物腰(ものごし)から、裕福なお嬢様なんだろうな、とは(うかが)われた。


 色々嬉しそうに、婚約者を語るクリュメに、頷きながら先を急いだ。

 もうすぐ薬学科というところで、突然、隣を歩いていたクリュメに、腕をつかまれ止められた。


「どうしましたか?」


 クリュメは、前に目を見据えて、口を真一文字にして震えた。

 視線の先には、黒くウェーブした髪のひょろりとした白衣の男が、髪をシニョンにした女性を伴って歩いている。

 ちょっとアレッサンドロ先生に似ている。アレッサンドロ先生をもう少し若くして、しゅっとさせた感じだ。

 丁度角を曲がって見えなくなりそうになると、クリュメは慌てて、


「行きましょう…」はっきりした口調でアーシアの袖を引っ張った。


「あの方が、婚約者さんですか?」


 遠慮して少し小声で言う。隠れるように二人をついて行くからだ。


(これは、尾行っていうものではなかろうか…)

 アーシアは何とも言えない気持ちになった。


「ええ、彼、素敵でしょう?」


 そういわれて、まじまじと見る。後ろ姿で分かりにくいが、白衣から(のぞ)く細いストライプのぴったりしたズボンが個性的ともいえなくもない。

 高い頬骨に小さいノンフレームの眼鏡(めがね)をしている。


(……あ、前に、会ったことある?ああ、錬金科の棟で出会った…あ、もっと前…この女性…クリュメさんって……)


「あ、あの、ゲアラド岩塩坑(がんえんこう)の、観光ツアーに来てらっしゃいませんでした?カップルで。

 とても仲が良さそうで…記憶に残ったというか…」


 二人を揃って見て、思い出した。あの、ツアーで一緒だった仲のよさそうな(場違(ばちが)いにラブラブ)カップルだ。

 列の前と後ろで、話すこともなかったが。


「まあ!ええ、そうなの。あら?もしかして、どこかで見たことがあるって思ったら…あの時の一人で来てた学生さん?

 ふふふ、とっても楽しかったわ。あの旅行。初めて二人で行ったんだもの。

 あの後、人気(ひとけ)のない道を外壁(がいへき)沿()って歩いたの。

 ロマンチックだったわあ」


 その時を思い出したのか、大きな声になってうっとりと話した。


「あ、声が(聞こえちゃいますよ)・・・」


 (あん)(じょう)、声が聞こえたようで、前の二人が振り返った。

 男は一瞬驚きの表情を浮かべたが、直ぐに、目を細めて微笑み、蜜のように甘い声で言った。


「やあ、きみか。こんなところにどうしたんですか?」


「ああ、ハニー、イヴァ、突然ごめんなさい。

 急に来てしまって。こちらの学生さんに、ここまで案内してもらったのよ」


 うっとりとした表情で、クリュメはここに来た理由をすっかり忘れたかのように、微笑(ほほえ)んだ。


「ああ、ダーリン、クリュメ、そうなんだね。きみ、どうもありがとう。ええと錬金科(れんきんか)だったかな?

 僕は、イヴァン・イアヴェドウズ。数年前から、薬学科(やくがくか)の講師をしているんだ」


 頭を下げて、挨拶(あいさつ)しようとしていると、クリュメが物言(ものい)いたげな表情で後ろの女性を見ていた。


「ああ、クリュメ、君は初めてだったかな?


 彼女は、僕の秘書(ひしょ)をしてくれることになった、ダフネと言うんだ」


 イヴァン先生の後ろから、シニョンにした地味な女性が出てきた。


「ダフネ・トラシオンと申します。以後お見知りおきを。婚約者さま」


 婚約者という言葉に気を許したのか、クリュメはにこりと笑って、イヴァン氏の腕を取った。

 そして、ダフネはイヴァンに何か言われて、アーシアの傍を通り、後方に行ってしまった。


「それでは、失礼」


「ここまで、案内してくれて、ありがとう!」


 二人は仲良く、薬学科の研究室のある方へ去って行った。


 (しばら)く、アーシアはぼんやりと二人の後ろを見つめていた。そう、ダフネ・トラシオンといった。

 あの砂色の髪の謎の少年と、一緒に居たかもしれない女性だ。地味だが不細工でもない、でもとても印象の薄い女性…

 それに、アーシアの横を通った時、強く甘い花の香水が匂った、(わず)かな煙草の香に混ざって、クリュメと同じ香水の匂いだった。


 嫌な胸騒(むなさわ)ぎだ。アーシアは、ショックにため息をついて、心を落ち着けた。

 丁度、薬学部棟にいることだ、ナオミ先生に会いに行ってみよう。染毛剤の染料についての意見が聞きたかったのだ。

 きっと、この嫌な(ざわ)めいた気持ちも落ち着くだろう。

 そう思って、クリュメたちの行った方とは別の研究棟へと(きすび)を返した。




「あ、あのう!」


 急に呼び止められたため、振り返ると、背の高い男子生徒、一般科の制服を着ている、がいた。


(ああ、また迷子かな…今日は…いろいろあるなあ…厄日かな?)


 そこまでひどくないか、と気を取り直して、


「わたしですか?なにか、御用ですか?」近づいて、相手を見てぎょっとなった。


(やっぱり、厄日だ…)


 真面目そうな青年が、しばし言葉を()まらせて、言った。結構なイケボでもある。


「ごめん、急に話しかけちゃって…きみ、裏庭に抜ける方によく通るよね。


 あ、ぼくは、怪しいやつじゃないよ。一般教養学部、武術科の 尾野(おの) 大輝(だいき) って言うんだ。

 今日は、薬学部に回復薬を貰いに来たんだ。


 時々、向こうで…一般科で見かけるから、気になってさ。きみ、他の学生よりは年長そうだから…

 もちろん、ぼくより、十分若いけどっ…


 ぼく、歳が23、もうじき24で来訪者では最年長(さいねんちょう)なんだ。そのせいで、なかなか馴染(なじ)めなくてさ。……居心地(いごこち)悪いんだ。


 きみ、やっぱり、先生?なのかな?出来たら、友達に……」



「あ、そうなんですね、ごめんなさい。先を急ぐんでっ」


 一瞬、顔が固まって、テンパってアーシアは、そそくさと駆けて行った。

 男子に話しかけられるなんで、何年、いや何十年振りだろう…しかも、勇者である。もちろん、お断わりだ。


()()()()()なんて、しないぞっ! お・こ・と・わ・り・だ~~~!!!)




「あ~、やっぱりだめかあ…「だが、断る」みたいなしょっぱい表情させちゃったな…美少女に…」


 かなり主観の混ざった単語だと、アーシアがいたら訂正(ていせい)しただろう。

 落ち込んでいる大輝の声を聞きつけて、ポーションの箱を抱えた、制服姿の本物の美少女がやって来た。


「なに?「だが、断る」って、岸〇露伴でもいたんですか?異世界すごいね」


「ちがう、そうじゃない………って、………ちょ、荷物置いてまで、そんな、ポーズ取らないでよ。


 …あずあずって呼ぶよ、山田君みたいに!あずさちゃん。案外、山田君と気が合うんじゃない?」


 上げていた片腕をささっと下げて、荷物の箱を拾って、少女は頬を膨らませた。


「山田君には、友達は座布団だけでいいんですよ。ほら、さっさと行きますよ、尾野先輩」


「あー、(なんか、いろいろ混ざってるよ…)世知辛(せちがら)~い…」


 そう言って、勇者の二人はいつもの一般学部の建物に戻って行った。






 尾野 大輝   23歳 ジェネレーションギャップに悩む勇者

 あずさ 16歳 花のJK勇者 紅一点


お読みいただきありがとうございました

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