56 再会
「おねーちゃん!アーシアお姉ちゃんだろう」
喧騒にもかかわらず、青年の声はアーシアにはっきりと響いた。
アーシアは、訝るように、もう一度目の前の青年をじっと見た。
青年は、明るいワインの色のちょっと髪が逆立ったような短髪をしている。
服装は実用的な冒険者然とした姿だが、ちらりと見えるシャツの襟が深い赤色でアクセントになっている。
目は落ち着いた色で、
(ちょっとカタリナ師匠に似ている……?)
はっとして、胸のスリングを握るとマドカがニャっと言って、顔を出して、
「なんだ、小僧じゃないか!久しぶりだなあ」
と言った。と言っても、周囲にはニャンニャン言って聞こえるだけだ。
「あ、マドカもか?!変わらないな~~」
アーシアは驚きすぎてアワアワと狼狽えて変な動きをしてしまう。19年前だから、25歳のサムくんだ。
「え?!ええと…も、もしかして、サムくん?」
サムくんはにぱっと屈託ない笑顔で、
「元気だったか?今時間あるか?」
アーシアが頷くと、随分大人になったサムくんに、手をそのまま引っ張って近くのカフェへと連れて行かれた。
学園行きのロータリー近くの路地にある店だが、穴場なのか意外と空いている。
元冒険者のやっている店だと言う。
「ところで、元気だったか?今、どうしているの?」
「うん、今年学園に入学して…ええと、錬金学部の…4年に編入できたの」
「おお、さすがお姉ちゃん、だな!」
ふんふんと聞いているサムくんは、随分男前になったが、カタリナ師匠に似た深い赤茶の目は本人の気質とよく合ってキラキラ光っているし、雰囲気はまったくあの元気な男の子のままだ。
アーシアは、不安に思っていることを思い切って聞くことにした。
「あの…わたしの姿が…変わらないの、不思議じゃない?それに、ごめんなさい!こんなに長いこと連絡もしなくって…」
サムくんは、あっけらかんと、何でもないように、
「母ちゃんなら、平気だよ。元気にしてる。そういえば、オレもこっちに来てから連絡してないや。
それに、アーシアが年取らないのは、長命種だからでしょ?
珍しいけど、いないわけじゃないから。アーシアお姉ちゃんこそ、驚いたんじゃないの?記憶喪失だったんだし。
山の向こうに長命種が住んでる集落があるって聞いたことあるんだよ。閉鎖的なとこらしいからよくわからないんだけどね」
(長命種…そういえば、この世界にはそういう種族があると習ったな。ほとんどは、人間から隠れて住んでいるって。でもそういえば確かにセドゥーナに来てから、ドアーフみたいな種族っぽい人はちらほら見たな…)
「マドカも、普通の猫じゃなかったんだろう?頭よかったもんな」
マドカは顔を出して、ニャアと鳴いた。飲み物が運ばれてくる。サムくんは、コーヒー、アーシアはこの地方特有のスパイスの利いたホットティーだ。
「サムくんは、何をしているの?」
「オレは、学園所属の特別執行部、執務室付き実行部隊、
エージェントってやつだよ。
オレは冒険者に混ざってモンスター討伐が多いんだ」
「え?!すごいじゃない!」
(火の魔術師か……ん?そういえばエミリーたちが、何か言ってたな…ええと)
「もしかして、劫火の狂……」
「劫火の火魔術師だよ。はは、少し早いけど2つ名っていうかコードネームがついたんだ」
へへ、と少し笑って鼻の下を掻いた。
「あ、ニーちゃんは、どうしてるの?元気?」
「ああ、姉ちゃんもこっちに来てるんだよ!オレが来たのと同時にさ。美容院で働いているんだ」
「美容師さん!ニーちゃんに似合うわ」
「ははは、いつも忙しそうにしているよ。オレでもなかなか会えないんだぜ。
そうそう、母ちゃんも元気だよ。
オレは会ってなくても、姉ちゃんとは連絡とってるから。元気だってさ」
「そうなの…」
ホッとして肩のこわばりがとれる。
「なあに、心配ないさ。卒業した後でもいつでも、会いに行ったらいいさ」
アーシアは、ゆっくり頷いた。手の中のお茶は丁度良い温度になって、シナモンの暖かい匂いが心まで温めるようだった。
「あ、来た来た!アーシアお姉ちゃんも、おいでよ」
急に立ち上がると、アーシアを引っ張って、ドアに向かう。
「ああ、お会計…」「大丈夫、大丈夫」
外に出てみるとロータリーには、いつも使う学園行きの木造の駅馬車ではない、幌馬車だが、少し豪華なものが、入って来た。
「お~い!こっちこっち」
サムくんの、声に合わせて馬車が止まった。
「アーシアお姉ちゃんも、おいで」
御者をしていた大きい男性も降りてきて馬車の中に入った。
「あ~、こっちは、オレのお姉ちゃんのアーシア・デイスっていうんだ。母ちゃんの弟子なんだ。今日一緒に参加していいかな?」
中には、男性が御者をしていた人と合わせて4人、女性が1人いた。
「もちろん、きみの母上のお弟子さんだったんだね。
歓迎するよ。アーシアさん、きみのポケットコンロ、大変いいね。愛用しているよ」
水色の真っすぐな髪の長い男性が、言った。
「ふふふ、大歓迎よ。友達のナオちゃんが来れなくなっちゃって、女子一人になっちゃったからさ。
よろしくね」
バチンと音がするようなウィンクをして、迫力のある美女が言った。マドカがぴょこんと顔を出して、ニャアと挨拶した。
「ああ、従魔のねこちゃんか、よろしくな」
御者だった大きな男が言った。顔が綻んでいたから猫好きなのかもしれない。
「よ、よろしくお願いします……あの、何の集まりなんですか?」
「ああ~きみか~、こないだは、ごめんね~
へぇ、じゃあ、今日は懇親会兼歓迎会だね」
(あ、オリエンテーションの部屋を聞いたお兄さん先生…?)
相変わらず紫紺の髪がやや鬱陶しく前にかかっていて、余程身長が高いのか窮屈そうに身体を曲げている。
「カイトさんは?」
サムくんが聞くと、
「うーん、愛馬?で来るってさ」
「じゃ、これでここから乗る人、全員ですか~」「おっけー」
そういうと、サムくんが御者席に乗り込んだ。
「あ、アーシアお姉ちゃんもこっち来る?」
サムくんが、言ったので、もう少しニーちゃんたちの話が聞きたいなと思い、ついて行って乗り込んだ。
馬車は学園のほうへ向かい、西門脇を通り過ぎてゆるい坂を登った。
初めての場所なので、なんだかわくわくする。幌の中は何やらずっと騒がしい。
馬車が何もないような広い場所で止まった。アーチの大きな入口を潜り、しばらく歩くとまた外に出た。
「わあ…」
そこは大地を大きくくりぬいたように、段々に輪になったかなり広い場所だった。今は跡地なのかもしれない、練習用の射的用の的や木の棒が置かれ、武術訓練場のような様子だ。
それでもまだ、場所が余っている。優に野球ができるくらいの広さはある。
(採掘場?露天掘りって言うんだっけ?)
皆は慣れたようにとこからか持ってきた、テーブルと椅子を出してセッティングし始めた。
「あ、手伝います」
「じゃ、こっちね」
水色の髪のきちんとした感じの人について行くと、来た時のような通路に部屋のようなスペースがあって、そこに道具やら椅子やらが置いてあった。
「そっちの、皿を用意してもらおうかな」
「はい、あっちに持って行けばいいんですね?あ、でも…お料理は…」
「うん、大丈夫、デリバリー頼んでるから。お酒も持ってきたよん」
今度は紫紺髪のお兄さんがそう言って、入り口のほうを指さすと、大柄な男の人が酒瓶の入った箱を同時にいくつも持って運んでいるのが見えた。
大きな机を3つくっつけて並べ、大きな正方形のようにして椅子を置いている。
丁度、デリバリーが来たようで、テーブルに料理が並んだ。
マッシュポテトに、フライドオニオン、チーズドレッシングのサラダに大きなパイ重ね、がっつりした肉の串焼きがスパイシーで美味しそうだ。
前菜に、チーズの盛り合わせもあった。
(ここは……この人たちは何の集まりなんだろう、随分と、みんな華やかでキラキラしているな…?)
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