5 戻れなくなったわたし
またいつもの朝だろうか、意識が覚醒していく。身体がひどく痛い。寝返りをしようにも布団に張り付いたように全身が動かなかった。(痛いな、結構高いところから落ちたのかな…)
「ヴェラ、クゥオントウ?≪おじょうさん、大・丈夫ですか?≫」
(!!!!!!!)
(…ここ!……まだ、戻ってないの?)
見慣れない古めかしい天井に石壁、目の端に見える窓は曇った分厚いガラスで、ぼんやりと木々の緑が見えた。
「ーーー≪からーだ、い・た・いんじゃない?≫」
「---ーーー≪〇〇おば・あさんが、ーこ、こ・につれてき・たの≫ ーーーーー≪も・もり・の入口・でーー見つけて…≫ーーーーーー≪ごはーんー、たべ・ら・れる?≫」
日奈子は、混乱でパニックになっていたが、石のように動けなくなった身体では、泣きそうになりながら震えるだけだった。(助けてもらったお礼、言わなきゃ)必死で顔を声のほうに傾けると中年のややふっくらした女性が困ったようにこちらをうかがっていた。
「あ、ありがとうございます。たすけていただいて」
日奈子は、かすれてよく出ない声で、なんとか婦人に声をかけた。
婦人は不思議そうな顔を見せたが、微笑んで小さく手をあげた。ふと、大学でよく声をかけてくれた女性が思い出された。
(!!、あ、サバイバルバッグ!どこ!?どうしよう!)
相手に失礼だと思うより早く、
「かばん!、かばん見ませんでしたか?わたしの、なんですが」
「うーん、あなた、なにも持ってなかったとおもうわ。ごめんね」
「そう、…ですか」
婦人が部屋を出ていく音がする。
会話の最後のほうではしっかり意味が分かるようになっていたが、不思議にも感じなかった。ショックが大きすぎたのだ。古いグレーの天井が涙で霞んだ。




