55 推しが一緒?
すみません、少し、いつもより長めです
この大きな図書館で、アーシアが探していたのは、錬金術の教本だった。
やっと、錬金関係のお目当ての本棚を見つけることができた。
そのコーナーで、思わずあっと声が出た。
『ビィドメイヤーのやさしい錬金術の本』という題名を見つけたからだ。
その棚を見ると、ビィドメイヤー・シリーズというべきか、沢山の種類が並んでいた。しかも、製本品だ。嬉しくなって手に取った。
『ビィドメイヤーのやさしい錬金術の本』は自分が師匠に貰ったものとよく似ていた。ただ、初級基礎により特化した内容だ。
絵も見やすく奇麗で、よくまとまっている。
(そういえば、次の講義の教科書も、ビィドメイヤー先生の本だったな)
興味があったので、紙袋を空けて、すぐにチェックしたのだ。
また、ほかのビィドメイヤー先生の本を手に取っていく。近くの席に座って、師匠から貰った教本と比べながら見てみる。
新しく加えられた情報や研究などもあって、楽しかった。
いくつか借りて行こうかなと思っていると、隣に人影ができたので、アーシアは顔を上げた。
するとすぐそばで、中年の少しふくよかな白衣の女性が、アーシアの手元を見ていた。
「あ、すみません、ここ座ってはいけない席でしたか?」
女性は首を振ると、手を軽く振って去って行った。
アーシアもまた、丁度時間になったようで、机を片付け、本を数冊借りるために階下に降りた。
定時になって、錬金術Ⅳ・基礎の講義室に入った。講義室は段になっていて、下方の講義がよく見える形になっていた。
エミリーとソフィーが、並んで座っているのが見えると、あちらも気が付いて、手を振っている。
「こっちよ、アーシア」
と言って、アーシアを手招きした。昨日の男子たちとは一緒に座っていなかったが、彼らも近くにいて、軽く手を振っていた。
近くまで来ると、斜め後ろの席に座っていたルーカスとエリアスが、身を乗り出して口元に手を当てて小さな声で、
「今日は、猫の従魔もいるんだって?どこにいるの?」
と、聞いて来た。みんなの目も期待に満ちている。
「うん、ここの袋の鞄にいるよ。
……居たり居なかったりするけど……」
ルーカスは、「え~?!」と言って不思議そうにしていた。
というのも、話している間にいなくなっていることに気が付いたからだ。
(居たり居なかったりって、シュレーディンガーの猫みたいになってしまったわ。
異世界だからツッコミも自分……乗りツッコミっていうんだっけ?)
心の中での乗りツッコミは、やや寂しいが、致し方無い。
また、マドカに関しては、やはり、兄弟が気になるのだろう。大丈夫だろうか。
席に着くと、世話焼きのエミリーが、
「基礎の先生は、ヘレン・オーウェン教授といって、真面目な人だから気を付けてね。
ほかの人からはギリ2とか言われることもあるけど……
……きちんとしてる先生だから」
「ギリ2?」
「ああ……」
エミリーたちは、ちょっと気まずそうに、ギリギリ2級の意味だと言った。実務の方をかわれてここまで出世したのだと噂が立っているそうだ。そのため、やや手厳しい見方をする者もいる。
エミリーたちは、厳しいところはあるけど、真面目に教えてくれる先生だから、そういわれているのはあまり好きでないそうだ。
ヘレン先生が、教室に入って来た。
(あ、さっき図書館であった先生だ……)
アーシアのことを、ちらっと見ていた先生だった。
授業が始まってみると、ヘレン先生は、張り上げていないのによく通る声で、授業を淡々と的確な感じで進めた。背はそんなに高くないがしっかりとした存在感があった。
講義を受けてみると、とても基本を大事にする先生だと分かった。
魔力量が多くないから実技面では振るわないのかもしれないが、理論に関しては大変理解力があることに、この短時間でも気が付いた。
錬金術が、非常に危険を伴うことを伝えようと、特に厳しく見えるのではないだろうか。
先ほどあった時、先生はアーシアの手元を……手元の本を見ていた。
――師匠からビィドメイヤー先生の本を。
ああ、と、あのときやや冷たくさえ見えた視線だったが、何となくシンパシーを感じてのことだったのかもしれない。
(きっと、ビィドメイヤー先生推しなんだわ!)
ふとアーシアは(勝手に)そう思った。
授業が終わった。エミリーたちは、それぞれ用事があるそうだ。
最終学年ともなると忙しい。ほかの学生も蜘蛛の子を散らすようにパッといなくなった。
アーシアが、帰り支度をしていると、
「アーシア・デイスさん」
ヘレン先生がまだ残っていて、アーシアを呼び止めた。
そして、無表情な顔とは真逆のきらきらした茶色い目でアーシアを見つめて、よく通る声を小さめにしてささやくように言った。
「貴方は、すでに素晴らしい才能の錬金術師です。
ですが、できたらここで、学生として学ぶべきことを、学んでいってください。
ここでの学びが、実り多いことを願っています」
そう静かに言うとそのまま、扉を出て行った。
突然言われて、アーシアは少し戸惑ったが、自身もコミュ障だ、恐らくヘレン先生は元々言葉が少ないタイプの人なのだろう。過大評価が過ぎるとも思うが、しかし、そんな風に声を掛けてもらったことに心から感謝の念を持った。
また、同じ推しを持つ同士の出現に、(勝手に推し活できると)大変うれしく感動していた。
セドゥーナ学園の日々はこうして始まり、受講した科目も増えてきてもうじきひと月になる頃だ。
学園に着いたばかりの頃、宿を教えてくれた女学生のウェスとも、無事会うことができた。
というのも同じ敷地内でも火魔法科と錬金科では端と端にあたるからだ。
朗らかで明るいウェスは、話し易くて一緒に居て楽しかった。ちょっと会う機会が中々持てそうにないが、是非にとお友達のなることができた。
エミリーやソフィーたちといい、コミュ障のアーシアでも結構はやく友達ができたな、と不思議な感じを覚えた。
何しろ、前の世界で大学生をしていた時期のほうがまだ、今より長いのに、お友達と言えるような親しい相手ができていなかったからだ。
錬金術ⅣとⅣ・基礎の授業は多くある。Ⅳの先生は、マリック・ブラウン先生といって40代の浅黒い肌の男性だ。
マリック先生は、元ヘレン先生の助手で、准教授になった人だ。授業を一番持っていて錬金工学も受け持っている。一番教え方がうまいそうで、研究生も多く抱えているという。
錬金学・腐敗と発酵は、オットー先生で、白髪頭の背の低い全体に四角い感じのおじいさんで、白い髭を生やしている。
授業の前には必ず、「偉大な師匠であるフック教授が、あくなき探求心で顕微鏡を開発したおかげで、こうして今、私たちはこの小さな生き物たちの存在を感じることができるのです」
と、始めるので有名だ。フック教授は、様々な小さき生き物を見つけまた、さらなる顕微鏡の発展のために旅立った人である」という。
薬品の講義は、元々はアレッサンドロ先生の担当だが、助手のハンス先生が持っている。あの、初日に一年生のオリエンテーションをしていた、穏やかな感じの先生だ。
必修科目が先に始めり、そろそろ選択科目の授業も始まる。
アーシアは、午後から授業がない日を選んで、中心街の商業ギルドに行くことにした。
そろそろ納品の時期だったのだ。馬車に乗って街へ降りて行く。
例の『小鹿の憩い亭』のある路地は、商業ギルドのある大通りの近道だった。
ポルタベリッシモの中心街は、どこへ行っても、ランタナやブーゲンビリアのようなカラフルな花とプランターや、リボン飾りなどが道や家に吊るされていて、楽し気で華やかだ。
程なく、ギルドに着いた。ギルドの建物も街同様に周囲と馴染む色合いで、大変立派なものだった。
中に入ると、どこからともなくゲアラドのギルドのペプロー氏がやって来た。相変わらずすっきりした身なりだ。
「久しぶりですね、デイスさん。この度当地区のエリアマネージャーになりました」
ペプロー氏が言った。
【デイス・楽々★ポケットコンロ】と名札が付いたアーシアのポケットコンロを手に持っている。
「?!」
(なぜ、コンロの名前が分かったのだろう……態と省略したのに……)
まあ、鑑定してしまえば出る名前であるので致し方ない。
これは自分本人でないので隠蔽できなかった。
「やぁ、ポケットコンロもスリングも、好調な売れ行きでしてね、私もアーシアさんに集中したいと配属希望を出したのですよ」
マネージャーというが、エリアマネージャーは、何店舗も統括する役職で副ギルド長からは、かなりの出世なのだそうだ。
そんな役職なら、忙しくてアーシアにかかり切りにはなれないのでは、とアーシアは思っていたが、そこはうまくできるのだそうだ。
先日ゲアラドのギルドで登録したスリングは、今日の外出でもちらほら使っているお母さんを見かけ、嬉しくなったばっかりだった。お母さんもきれいな柄のスリングで明るい顔をしていた。
スリングを作ってよかったなあ、と思う瞬間だ。
ポケットコンロのほうは、大口の受注があったそうで、ペプロー氏が嬉しそうだがやや申し訳なさそうに、
「実は、その大口、軍なんですよね。コンロが大変助かるんだそうで、もっとまとまってほしいのだとか。
いま、アーシアさんには1カ月30台のお願いをしていますが、軍はその30を欲しいと言ってまして、出来たら来月と再来月は45台に増やしていただきたいんです」
大丈夫ですか?」
アーシアは、材料さえあればと引き受けた。錬金する分には時間はあるが、学校で採取に行く時間が取れないからだ。
「よろしくお願いします」
とても嬉しそうに、ペプロー氏が言った。
ギルドからの帰り道は、行きよりも混んでいた。
今日は、人並みや店も見て回りたいので今度は大通りの歩道を歩く。
道の真ん中には、騎乗動物用の道になっている。
人を縫うように、歩いて行く。お目当ての食料品店はもうすぐだ。
ポルトベリッシモは、輸入船の港にもなっていて、いろいろな品物が入ってくる街だ。お米のような、日本的なものはないかと探しに来たのだ。
ふいに後ろから、手首をぐっと掴まれた。はっとして振り返ると、
「おねーちゃん!アーシアお姉ちゃんだろう」
どこか見覚えのある、明るいワイン色の髪の男性が、必死な顔で呼び止めていた。
お読みいただきありがとうございました
よろしければ、ブックマーク、いいね!ご感想など、お気軽にお寄せください
執筆の励みになります
よろしくお願いいたします




