52 セドゥーナ国際総合学園
『扉から扉へ』は、大変便利なスキルだった。
ただ、残念なことに作業部屋にはドアがないため直では行けない。何か策はないかとひねり出した結果、暖簾でも判定がOKだった。
突っ張り棒で、じゃらじゃらビーズと紐のカラフルな暖簾を吊るした。イメージを壊したくなかったので苦肉の策だ。どっちがいいか、いまいち自信がないが。
マドカがじゃらじゃらを見て目が輝き、うずうずしていたのを、見逃さなかった。
紹介された、レストラン【コル・デル・クオーレ】は、なかなか立派なお店で、内装もポルタベリッシモを彷彿させる楽し気さを感じさせながらも、一人でも落ち着いて食べられる空間だった。
白い漆喰の壁でアーチに区切られて、大きなテーブルが個々に置かれていて、同じ色の高めのカウンターの向こうでコックさんが働いているのが見えた。
金のフライパンや片手鍋、網に入った瓶や、ドライハーブのブーケ、ニンニクなどがカウンター上にぶら下がり、壁の小さな絵には、海や港が描かれていた。
アーシアは奥の壁際の一人席に通された。料理は向こうで言う地中海風で、大変、美味しかった。メニューも豊富で、また来るのが楽しみだった。
その後幾度か、コル・デル・クオーレを訪れたが、ウェスには、残念ながら会えなかった。
商業ギルドの場所が、コル・デル・クオーレの通り沿いにあったので、言われた通り顔を出した。
コンロなどの受注の約束を取り交わしてきた。ペプロー氏にも近々会えるそうだ。
約束の日が来て、学校に赴く。
今日は、あのベテラン事務員さんが担当してくれた。寮には、今日にも入れるようになっているそうで、鍵を貰った。
事務員さんが、
「デイスさんは、教務でもよく話に上がってますよ。
ポケットコンロ、大変な人気だそうですね…
あ、こちらは一般科の校舎です。ここをまっすぐ行くと寮になります。
魔法科、生産系の学部は寮の反対側になりますので注意してください。
教務は、あちらにもありますので、心配なさらないように」
広い噴水のある広場を抜けてしばらく渡り廊下を行くと、寮があった。
寮は男女に分かれ、女子寮は奥だった。
アーシアは、マドカもいるせいか個室を貰い、広さもなかなかだった。
ベッドなどの備え付けの家具もあった。
部屋の日当たりのよさそうなところにキャットタワーを出しておく。
もう、3本も作っているのでお手の物だ。
自由に使える錬金釜の共同部屋も、あるそうだが、この部屋なら、釜が置けるほどに広かった。
因みに、バストイレ付という至れり尽せりだった。
後で聞いたが、この部屋は助手や教員が使う用の部屋らしい。
今は長期休暇中のため、学生は少ない。あと、ポケットコンロの受注のため、半缶詰状態だったため、誰とも知り合いになれず、入学当日を迎えた。
入学式には、制服でなくてはいけないという規則がないので、きちんと見えるような、紺色の太いパイピングが入った濃いグレーのツーピースに、ボウタイの白いブラウスを合わせた。
事前に在校生の制服も見ているので、浮かないように合わせた。スカート丈はひざ下やや長めで、裾に向かってゆるく広がっている形だ。
髪の毛は後ろで一つに結んでアクセントに暗紅色のリボンを結ぶ。靴もビッコロ村で作っていたものの、おしゃれ過ぎて、使うことのなかった紐の編み上げのある皮の靴だ。
マドカには、入学式には従魔が同伴できないため、部屋で待っていてもらうことにした。
入学式には、新入生がずらりと並んでいて、制服の生徒はやはり多かったが、アーシアのように私服の人もいた。また、年齢が明らかに離れている人がちらほら生徒席にいたことにも、ホッとしていた。
学園長は恰幅のいい初老の紳士で、何かいいことを話していたようだが、久しぶりの学校に緊張気味のアーシアには、あまり聞こえていなかった。
入学式が終わると、学部の順に退席し、案内される。どんどん人が減っていき、いよいよ錬金科となった。
生徒たちは、若い案内人に引率されて、教室へ向かう。そこで、オリエンテーションを受けて、解散となる。
いかにも若そうな、まだ幼さが残っている学生たちの後を、所在なさげについて行く。
途中、別の集団に間にはいられ、うっかり列を見失ってしまった。なんとか錬金科のある建物を見つけ、中に入る。
いつのまにか、廊下には誰もおらず、途方に暮れていると、白衣の小さな眼鏡をかけた男性が、あちらの方から歩いて来るのが見えた。
年齢的に先生のように見える。胸に何か箱のようなものを持っている。
「あ、あの、錬金科の教室を探しているのですが…」
男性はウェーブのある肩までのウエットな黒髪で、鼻筋が細い。
白衣の下は、黒っぽい服のようだが、柄物でお洒落そうに見えた。
「ああ、新入生だね。あの突き当りの教室だよ」
ちょっと気取ったような声色で男性は言った。
「ありがとうございます」
礼を言って、教室に急ぐ。男性はそのまま、錬金科の建物を出て行った。
教室には、すでに先生が自己紹介していた。
「……だ。ハンス先生と呼んでくれればいいよ」
若そうな見るからに穏やかな感じの先生だ。
「……あな、遅れて、す、すみません…」
アーシアが入ってくると、にこりと朗らかに笑って言った。
「もしかして、アーシア・デイスさん?
ここは、1年の教室だから、あなたはその階段を上がった4階のほうだよ。
ここからだと分かりにくいから階段あたりでもう一回場所を確かめてね」
といった。
「あ、ありがとうございます!!」
急がなくても大丈夫だよと言うハンス先生に、お辞儀をして、急いで階段を昇って行った。
4階には上がったものの大きな部屋が多くて暗い、丁度、背の高い黒っぽい服装の先生が歩いてきた。
手をポケットに突っ込んでいるし、ちょっと威圧感があって、普段なら避けるタイプだ。話しかけずらかったが、思い切って聞いてみる。
「4年の教室はあちらでいいですか?遅れてしまってないでしょうか?!」
大分若そうな、紫紺の前髪が目にかかる様なラフなヘアスタイルの、手足の長い男が、面倒そうにちらっとアーシアを見て、
「ん?ああ、君、コンパクトコンロの子?4年の教室はあっち。
……僕って忙しいから、案内とかってしないんだよね」
バイビーとか言いながら、ゆらゆら歩いて行ってしまった。先生にしては奇妙な男だった。
ありがたいことに、先に行くと明るいところに出て、教室も見つかった。
在校生の登校時間は、あとに設定されていたらしく、入学式の手伝いをしていた学生以外は、まだ教室の集まりきっていない感じだった。
途中、誰とも出合わなかったので、入学式のあった講堂とは別のルートの行き方があるのかもしれない。
すると思った通り、錬金科は倉庫が多く、建物全体が迷路のようになっていて、普段は皆、4階の渡り廊下を利用しているということだった。アーシアは倉庫が多い方から来たようだ。
中に入ると、数人づつのグループが固まっていた。誰も急いでいる様子もなく、服装も自由だった。
まだ、時間は大丈夫なようで、アーシアはほっとした。
手前に固まっていた、男女4人組の女生徒の一人が、アーシアに話しかけてきた。
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