4 異変
何度か行き来しているうちに、意識がはっきりしている時は、あちらに飛ばないと分かった。
寝ている時は必ずあの鹿先輩がいる場所で安全だった。意識を失う場所によって異世界の場所も決まっているのかもしれない。
飛ぶ瞬間は、自分の存在が限りなく薄く溶けていくように感じた。少しづつ異世界に滞在する時間が伸びているようだった。サバイバルバッグは、きちんと役に立っている。
場所の見当が付くと、異世界の不思議の森をうろうろし始めた。安全なところから慎重に行動の範囲を広げた。
歩くうちに岩のように重い荷物が、不思議と少しづつ軽く感じた。それでも胸に抱えた分はふらつく程には重かったが。
家庭教師のバイト中なども気が張っていて大丈夫そうだった。理科が特に苦手という生徒用に雑学的な本をしこたま持って帰宅途中にそれは起こった。気が付いたらいつもの森の中を歩いていたのだ。あまりにも自然に。
「ュウヴ!≪おい!≫」
低く唸るような男の声だ。2,3人いそうだった。日奈子はハッとして振り返った。
ガラの悪い男たちだった。
「ヂェイーヤ、リツゥグアンネ!≪にもーつ、ーーーせよ!≫グァラア」
(どうしよう、物取りだ!)なぜか言っている意味が分かった。調度同時通訳のように部分部分聞こえるのだ。
日奈子は身体をねじるように駆け出した。この世界にはなさそうな履きやすい靴も履いてる。必死で、それこそ死に物狂いで逃げた。
(冗談じゃない、わたしのほぼ全財産だ)
重心のおかしいせいか、妙に早かった。
(…この鞄だけは取られちゃだめ!!…
見えなくなれ、見えなくなれ、見えなくなれぇ!)
極限状態のせいか、おかしな願望を心で叫びながらーーーそして運が悪かったのか良かったのか、崖から崩れ落ちたのだった。
(ああ、わたし終わった?…でも……荷物取られなくてよかった)
また目が覚めたらいつもの生活に戻っているかもしれない、薄れる意識の中、日奈子は思っていた。




