3 これは夢ではない サバイバルのすゝめ
「夢じゃない、現実だ」
病院から帰って一息つくと、日奈子はぽつりとつぶやいた。自覚してしまうと背筋がゾクリっとしてしまう。
(あそこはどこだろう…)ありえない角の生えた小動物や足の長い鹿のような生き物。
それに山の見晴しのいいところから、人を見かけたことがあるのだ。くすんだ緑っぽい髪の外国人がいた。明らかに地球のような地球じゃない。
今までの数度は同じような森の中であったり人がまばらにいる場所だったり、断片的ですぐに現実に戻ってきていた。だから、夢と曖昧に捉えていた。
いつ、むこうに飛ばされるか、気が休まらない。
靴がないのは一番に困ったことだった。
「…背に腹は代えられない」
日奈子は引っ越しに使った大き目のリュックサックを引っ張り出した。
「サバイバルバッグを用意しよう!」
パソコンを起動させ、アウトドアと防災袋の検索をし、軽いが底がしっかりした河用シューズ、泥水でも飲めるようになる携帯濾過ポットなどの便利グッズを通販で購入した。商品が届くまでに揃えられるだけ揃えて鞄に入れた。履きやすい靴もきれいに洗った。
数日はひやひやしたが寝るときも外出着のままでリュックを胸側にしょって寝た。
学校でも大きなリュックと講義用荷物で通学し、周囲に怪訝な顔をされたと思う。恥ずかしいのより重いほうが堪えた。大枚をはたいたので自分のひと財産にあたるだろう。
むこうに飛ばされるのは寝ている時が多く就寝時は必ず外出着とリュックは欠かせなかった。ちょっとした気のゆるみでも飛ばされることがあり、ヒヤッとした。
人前では自分がどうなっているのかも恐ろしくて聞けなかった。
現実に帰った時、周囲はなにも言ってないところを見ると大丈夫なのだろうと思うことにした。
異世界(仮)は、大体、森の中に飛ばされることが多く、まれに人里近くの時もある。
よく訪れる場所としては、鹿のような生き物がいる辺りだ。ありがたいことにいつもいる鹿は穏やかそうでこちらに気づいても大きな思慮深そうな目でじっと見つめるだけだった。じっくり見てみるとやや首と足が長いだけでなく体毛が緑の光沢のある青鈍で角は灰色だった。キレイな生き物だ。そしてここは、飛ばされる中でも安全な場所だった。何度も出会うため、勝手に鹿先輩と心の中で呼んでいた。
少しこちらを伺いながら、ゆるりと実に優雅に手のひらほどのザクロのような木の実を食べている。
何度もこちらを確認し木の実を見るので、まるで弱く食べ物をとることのできない新参者に、この実を食べよと言っているようだ。もう一度ちらりと日奈子を見つめると、鹿はもう十分というように去っていった。
日奈子は、好奇心に誘われその鹿のいた低木に近づいた。深い森の中なのにその場だけは、暖かい木漏れ日が差し込んでいた。ああ、だからこんなに幻想的に見えたのか。鹿パイセンは、熟れて開いた実を上手に選んで食べていたのだ。
鹿先輩の勧め?もありザクロのような木の実をもぎ取った。皮はやや硬かったので、小刀を使う。
持っててよかったサバイバルナイフ。
実の中は、やはりザクロのような見た目で、色はツヤツヤして黄色だった。
(美味しそう…)
なに、大丈夫、胃腸薬も持ってきた。思い切って口に入れる。
プチプチの実は、まだ熟れ切ってない酸味のあるさわやかな甘さで美味しかった。
日奈子は、こちらに来て初めて、自分が微笑んでいることに気が付いた。




