33 ビッコロ村の春
冬の間、アーシアは、師匠の仕事の手伝いの傍らに、旅立ちの準備をしていた。立派な錬金釜もいただいたので、自分の部屋で存分にクラフトできた。釜が大きいので、出すときは家具を寄せないといけないけれど。場所が狭くなって、飛び猫マドカは少しへそを曲げていた。
外に出れば、また強いモンスターとも、遭遇するだろう。
モンスターの対処には攻撃魔法の練習で慣れてきたが、初めてロックグリズラーに出くわした時のあの恐ろしい感覚は、ずっと忘れられていなかった。
せめて、相手が向かって来るのを妨害し時間を稼ぐことはできないか?
戦うよりも、まず先に逃げることを。一番初めに思ったことは、それだった。
あんなに大きいモンスターでも移動スピードはそうでもなかった。攻撃のスピードは速かったがそれまでの溜めのような時間があった。
(うん、ならば…護身用スタンガン?、雷魔石あったなぁ…それとも警察官の警棒?材料は…うん、ちょうどある………)
そしてごそごそと錬金して作り上げたものを持って部屋に立つと、マドカが跳び上がった。
『わ、びっくりしたぞ。そんなに大きい棒つくってたのか!
ん、杖にしては変な形だし、槍にしては尖ってもないな』
アーシアの背の高さよりやや高く金属のポールがU字に分かれている。木に金属を差し込んでいるような仕組みだ。木の部分は滑らかになっているが木の節とかうねりがアクセントになっていい感じだ。2つに分かれる手前Uの下の木の部分がある辺りは、黄色い魔石が埋め込まれていて、おしゃれだ。
森を歩く時のトレッキングポールにもなっていいな、とも思いついた。
「その名も、刺股くん1号(試作品)だよ!」
『サスマタってなに?』
「主に、害獣や不審者の動きを封じるための防犯具だよ。
ああ、あと金属部分には触っちゃ駄目だから、注意してね」
『え、なんで?』そう言いながらマドカは好奇心一杯で尻尾を上げた。
「普段は流さないけど、電流が流れる仕組みなんだよ。この魔石の雷魔法でね…」
『こ、こわいなぁ!絶対触らないよぅ』
ビクンと今度は跳び上がる。尻尾はもちろん、膨れている。
準備には錬金しなくてはいけないものが多く、時間がかかりギリギリだった。
今まで溜まっていたアイテムが随分と役に立った。そうそう、例のスリングの余り生地で頭に被る三角巾も作った。洗い替えも何枚かできた。
師匠のように、薬品調合の時などに被るといいだろう。
そうしていよいよ、春が訪れ、旅立ちの時が近づいた。
ビッコロ村の春は遅い、だからまだ雪も少し残っている箇所がある。
しかし、路地横には、青い星型の花びらに水滴を光らせて涙ぐんでいるかのようなイフェイオンが、ゆるく風に吹かれて咲いており、少し先に黄色のクロッカスが、明るく顔を出している。
村の人々には、アーシアの旅立ちの挨拶は済ませてきた。
パーマー牧場では、ジェリーくんのお母さんから羊毛やらチーズやら惣菜やら、いろいろ貰った。
「空間収納があるからいいよね!」と。
また、甥御さんは、スリングで落ち着くようになり、妹さんは本当に助かったこと、【デイス・お花のクリーム】がとてもよくて、肌がきれいになったことを、とても感謝された。
今のうちに、クリームをできるだけ沢山買っておきたいということも言われた。クリームは在庫があったのですぐに渡すことができた。。
学校では、みんなに挨拶しに行くと、もう子供たちは知っていた。
アーシアが教室に入ると、ぱあっと走り寄ってきて、部屋の中に手を引いて連れてきてくれた。
アーシアは、みんなに、昨日作ったハーブクッキーの入った袋を手渡す。
泣きべそをかきながら子供たちは、頑張ってね、いってらっしゃいと、口々に言い、プレゼントまで渡してくれた。
ニムくんには、ぎゅっと手を握られて、
「いっしょに文字のべんきょうができて、たのしかったよ」と言われた。
緑色のさらさらした髪に、いつの間にか丸さの少しとれたニムくんのほっぺは赤くなり、丸い目は涙で一杯だった。
ニムくん兄弟には花束を、サーシャちゃんにはかわいい櫛とサーシャちゃんのお気に入りのリボンを、ディゴくんには釣りの道具を、牧場で会えなかったジェリーくんにはトメテ(トマト)と果物を、ガルドくんには手書きのノート、この周辺のモンスターのレベルや倒し方、注意点などの情報が、そのモンスターの絵とともに書いてあった、を貰った。(一所懸命書いてくれたんだろうな…)
心のこもった贈り物に心が打たれ、目が熱くなる。
みんな涙でいっぱいだが、明るく見送ってくれた。
バベット先生には、ここに連れてきて保護してもらったことと、勉強のことなどを改めてお礼を言って分かれた。
「いつでも、頼っておいで」、バベット先生の言葉に胸が暖かくなった。
ニーちゃんとサムくんには、割と直前に話したから少し責められてしまった。
それでも当日の朝、早いのに、二人は泣きながらも、送り出してくれた。
カタリナ師匠は、追加の爆弾と火炎薬(投げて攻撃するアイテム)を、あれもこれもと渡してきた。
ふふふ、とアーシアは笑って、
「今まで、お世話になりました。ニーちゃん、サムくん、元気でね」
「うん、お姉ちゃんも、ちゃんと忘れないで、しっかり寝て、ごはん食べてね」
ニーちゃんは、なぜか保護者目線だ。そんなにしっかりしてなさそうに見えるんだろうか…
「また、絶対、会おう来てね!!絶対だよ!!」
サムくんも顔をくしゃくしゃに赤くして、ぼろぼろ涙を流しながらも、強い口調で言う。
いつも元気溌剌、鉄砲玉みたいに直ぐにどこかに行ってしまうサムくんが、こんなに懐いてくれていたとは思わなかったアーシアは、ちょっと驚いたが、うれしく思った。
「ふふふ、うん、またね」
「気を付けて行くんだよ。それと、どこか錬金術のお店があったら見学させてもらうといいよ。
あと、爆弾の投げる練習もね。
……いってらっしゃい」
「はい、師匠。それでは、いってきます!!」
アーシアは一度大きく手を振り、前を向いて一度ぎゅっと目をつぶる。
3人への感謝と寂しさで胸がいっぱいだった。
そして、踵をあげて、前に踏み出した。
さあ、出発だ。
イルフェシオン:(ハナニラ・英名spring star flower)
花言葉は「悲しい別れ」「愛しい人」「星に願いを」など
黄色いクロッカス:「私を信じて」「青春の喜び」「友情」「あなたを待っています」などがあります
新しい旅立ちの日が来ました
ゆっくりではありますが、アーシアたちの旅に、よろしかったらご一緒ください
お読みいただきありがとうございました
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