閑話 the present situation
※ネグレクト表現があります ご注意ください
ミーンミーンミーン、ジ、ジジジジジーーー
もう、9月だというのに残暑の厳しい日だ。歩道のアスファルトの照り返しがじりじりと熱い。
大学の校内には似つかわしくない50も近そうな、ごま塩頭の男が、脱いだ紺色の背広を片手に、Yシャツの腕まくりをしながら、なるべく日に当たらぬよう、木陰を選ぶように歩いていた。
背中は汗で、びっしょりだ。
「助川警部補~!こっちにいたんですか?暑いですねぇ、冷たいものでも買ってきます?」
20代の中肉中背の男が手を振りながら現れた。
「は~、大きな声で役職言うなよ。さぁ、次に行くぞ」
「ええと、B棟はあっちのほうですね。ああーやんなちゃうほど、広いっすよねー
この敷地、木が多いからセミもいるんっすね。
…誰かヨボ(行方不明者)のこと知ってる人いますかねぇ。
みんな、同じこと言うんすよねぇ。髪は染めてないセミロング、背は平均より高めでやせ型、あと、」
ハンカチを出し、汗を拭きながら若い刑事が言う。
「ああ、アウトドアにでも行くみたいな荷物、いつも持って来てたんだってな」
歩調を変えずに歩きながら、ちらりと辺りを見回す。
時間のせいか場所のせいか、学生はほとんど見えない。
「寝袋付きですよ!スケさん。しかもカバンしっかり持って降ろしもしなかったって。不思議ですねぇ。
話だけ聞くと、家出ならいつでもできますって、恰好だったって、感じですねぇ。
……あ、自販機!」
若いほうの男は、途中、自動販売機を見つけて、即座に駆け寄りコインを入れて、派手な柄の炭酸飲料を買った。
連れの男も、コインを入れて、ボタンを押す。
「え、スケさん、スポーツドリンクですか?暑いっすもんね。夏、長すぎっすよね~
そうそう、今度のヨボヨボ、ほかのとはちょっと違いますよね。だから、最後に回したんですか?」
「…………」
「まあ、真面目で一人暮らしで、大学も入学して…借金もなかったですよ。
家出なんてする必要ないですよね~」
「……ほかの件との係わりがないかも注意しろよ」
近い圏内で、若者の連続失踪事件があった。中学生から主に高校生の学生だ。事件性も含めて捜査することになった。みな被害者は身寄りのない、友人も少ないような子ばかりで調査に苦労した。近所では、現代の神隠しだ、と言われている。
ただ一人の大学生、蘆屋日奈子もその一人だった。正直この件を含めるか、疑問の声もあったが。
日奈子の両親は警察よりも、娘の失踪を知るのが遅かった。
はじめに不審に思った大家が一度両親に連絡を取ったが、中々繋がらなかったのだ。仕方なく刑事と大家が彼女の借りている部屋にマスターキーで入った。
そこは女の子の部屋とは思えぬほど質素で何もない、ノートパソコンだけが置かれたような部屋だった。
蘆屋日奈子は、絵に描いたような苦学生で、性格は、学校でもバイト先でも真面目だったという。
ただ、失踪する少し前から、ひどく窶れて心ここにあらずに見えたそうだ。
それと、あのキャンプでも行くような大荷物だ。
その奇異な格好をするようになったのも、失踪数週間前からだったという。丁度、1年前の今、虚ろで日に日に幽鬼か何かにように憔悴していくので、同じ講義の女学生が声をかけようとした、その後、すぐいなくなったようだ。
ようだというのは、彼女もほかの学生たち同様、日奈子が来なくなったことに気が付かなかったのだ。その女学生でさえも。声をかけようとしていたのに、だ。
一刻の間、彼女のことを考えられなくなったという。
なぜか、霧のようにすぅと存在が、消えてしまったかのように。
記憶に残っていないというのだ。
やっと面会できた日奈子の母親は、キレイに髪をセットした自信たっぷりの女社長で、刑事が自宅に来ても、初めは愛想笑いしていたが、すぐにいらいらした様子になって、足を組んで、顔を傾け、あらぬ方を見ながら聞かれたいことだけに答えた。
「本当に、困ってしまうわ、あの子どういうつもりかしら。困りますよね、子供って本当に言うこと聞かない。え、ええ…いつ、最後にあったかですって?さぁ、大学の志望を届けるあたりでしたっけね…ま、忙しくって。結局、こっちが言ってた学校には成績が及ばないって……主人もT大ですのに…ええええ、本当に、あんなによくしてあげたのに。え、誘拐?ふふ、蘆屋さんの奥様はとても、お子さんを大事にしてらっしゃいますねってよく言われますのよ…ああ、大学の費用のことは夫に任せてますの。ねぇ、そうでしょ。…夫?海外ですわ……」
この蘆屋夫人は娘への当たりから、近所では長らく継母だと思われている人だ。調べてみても実母だが。ただ、蘆屋日奈子は赤ん坊のころに、籍を抜かれ、祖母の養子となっていた。夫人が言うには税金対策だということだ。
この夫人は、夫とは高校で出会い、見染めて、進学先は別なのに、しつこく自宅まで通って居座り、追いかけぬいて押しかけ女房になったらしい。
「娘さん、随分、バイトしてたんですね。援助はしてなかったんですか?」
しびれを切らしたように、若い刑事の後藤が言った。
「…………だって、希望の大学じゃなくて~」
「ええと、援助してたんですか?」
「………だって、希望の大学じゃなくて~…お金のことは夫に任せていますのよ」
「ええっと、」後藤が何か言う前に、テーブルの下で助川が肘をつつき、止めさせる。
行き先に心当たりはあるか、
日奈子の趣味は、親しい人は誰か、
子供の時の思い出は、癖は 、
蘆屋夫人は、まるで聞こえていないかのように、黙って余所見したり、テーブルに頬杖して顔を斜めにしたまま動かさず、横目のまま意味ありげにこちらを見たり、急に饒舌に話をしだしたりした。
ただ、娘のことは何も知らなかった。
この家には、高校卒業まで一緒に暮らしていたのに、日奈子の私物も住んでいた気配もなかった。
「あの子が、生まれてすぐ私の体調が悪くって…私、身体が弱いところがあって……夫の母親に4歳まで預かってもらったんです。お姑さん、専業主婦でね。そうしたら、なんだか、あの子、おばあさんみたいな態度を取ったりして…恥ずかしいわ…お姑さんは、自分の夫の父親に、娘がそっくりだって、嬉しそうに…でも、すごい厳ついお顔ですのよ。目がぎょろっとしてて…なんかとっても厳し人だったって…もっと娘らしくしたらいいのに、恥ずかしいわ…」
2時間ほど話を聞いて、蘆屋宅を後にする。
「いやぁ、すごいオバハンでしたね」
片手でネクタイの結び目を引っ張り、反対の指で目頭辺りを摘まみながら、やあやあ疲れましたよ、喋り方も変で要領を得ない、わざとなのか天然なのか…と、後藤がぼやく。
自動車に乗り込むと、助川の携帯が鳴る。
「はい、助川です」
「(車)どうしますか?」助川が頭を振る。
後藤はコンビニに買い物に行くことにして車から出た。
しばらくして戻ってきたが、まだ話し終わらないようなので、缶コーヒーを片手に横に座って待っていた。助川が長い電話を終えた。
「だれですか?」
「蘆屋日奈子の父親だ。かけ直ししてきたんだ。やっと、話を聞けた」
「あーどうですって?」
「うん、嫁が暴力を振るうから、娘に構えなかった。だから、わからないって」
「どういうことですか?DV?娘にですか?」
「いや、自分にだよ。小さい時から娘にかまうと、ひどくやきもちを焼くんだと。だから、娘には何もできなかったとさ」
「…… 警部補~、なんだか、どっと疲れましたね」
いずれにしろ、事件などではなく、新天地でしあわせに暮らせていたらいい、と刑事たちは密かに思うのだった。
日奈子の両親とオーツ夫妻とは、対照的です。
オーツパパは家族といつも一緒で暖かい人でした
亡くなった後ですが、アーシアに温もりをくれています
アディアに来てアーシアは元気を沢山もらえました
助川警部補 渾名スケさん 40代半ば 老け顔
後藤巡査 20代 新米 レスリングが得意
お読みいただきありがとうございました




