32 ひとり立ちの準備
師匠と話した後、部屋に戻るとマドカが待っていた。
アーシアを見ると器用に立ち上がり、手を合わせて揺する様な動作をしいた。
マドカは、不思議なポーズをよくとる。
でも、かわいい、とアーシアの頬が緩んだ。
『おい、ご主人。おいらたち、一回『聖なる森』に行かなきゃいけないんだ』
「何の用事があるの?」
『おいら、お前んとこの村に先に来たから、連絡をくれた森の聖獣に会ってないんだ。規則なんだよ』
「そうか…
でも、冬の間は多分無理だよ。わたし、春になったら村を出る予定だから、その時にでも寄ろうか?」
『おお、いいな。ところでどこ行くんだ?』
「うーん、学園の入学試験の前まで、作ったことないレシピを消化したり、スキル上げしたいんだ。あ、あとね、発明品もひとつ開発できたらいいと思って。師匠が言うのは、できたら学校の入学とか進級に役立つんだって」
『スキル上げ、そうか、修行か!いいんじゃないか?』
「そうと決まれば、準備をしなくちゃね」
マドカは嬉しそうに、おいらも修行するぞなどと言いながら、サイドテーブルにぴょんと乗った。
ウィンドウのレシピを見ながら、材料を考える。
『今度は、何作るんだ?』
「テントだよ!
拠点になるものを、作るんだ!
わたしは錬金術師だから、言っても仕事場だけどね」
空間収納があるから、どんなものでも持っていける。アーシアの場合サイズ制限もない。でも、余り大きすぎても、旅にはふさわしくないだろう。
まず、材料をピックアップして、師匠の工房で錬金釜を貸してもらって、パーツを作る。
そして、裏庭の広い場所で組み立ての錬金術を使う。よし、それでいこう。
(それにしても、錬金釜、入手しないといけないな。
大きな町でなら売ってるって聞いたけど…モンスターのドロップ品とかを売ったら、買えそうかな?)
練習で倒したモンスターのドロップ品もかなりの量が貯まっている。冒険者には、ドロップ品も収入の一つだ。アーシアのもどこかで引き取り手があるだろう。
(あとは、何が必要だろう、ああ、調理道具か!レシピにあったな!)
(ちょっとした料理のできる用意がしたい。フライパンに鍋が2つくらいは欲しい。ああ、パンは沢山作って空間収納に入れておこう。カセットコンロみたいのできないかな…?)
工房へ行って、師匠に作業場所を借りる。師匠は機嫌が良いようで、アーシアを見るとニコニコした。
「ずいぶん、張り切っているじゃないか」
「はい!そういえば、旅には普通、どんなものを持っていったらいいですかね?」
「うーん、そうだね。ちょっと待てて」
師匠はゴソゴソ奥から取り出した。手に、りんごのようなものを持っている。
「外にはモンスターもいるから、まず、これだね。
鞄の一番出しやすいところに入れておいて、着火して投げる!」
りんごのように気軽に出してきたものは、爆弾だった。
アーシアが攻撃魔法を持っていないと思っているだろう師匠は、爆弾の保管の仕方や、使い方や投げるタイミングを身振り手振りで、事細かに説明してくれた。
「あとはねぇ…ちょっとあったかい格好して、裏口に来てくれるかい?」
上着を着て裏口に行く。こっちはには別の倉庫があって、アーシアはまだ行ったことがなかった。
師匠としばらく雪の中を歩いて倉庫へ行く。
「こっちは、あんまり使わないものや大きいものが入っているんだ」
戸の鍵をガチャガチャして開ける。古いのか錆びているのか、開けにくいようだ。
中に入ると、師匠は明かりをつけた。薄暗くて外と同じく寒い。同じ大きさの大袋が積みあがってたり、何かの道具のようなももあり沢山ある、そこを抜け奥に行った。
「これ、これなんだよ」
師匠は明るい声で言いながら、部屋の片隅を指さした。その先には、年季の入った大きな釜があった。
全体は重厚な飴色をしていて、燻した金色の洗練された模様が刻まれた縁が付いている。
その縁模様の使い込んで薄くなったところにも味がある。古そうだが立派なものだった。
(こ、これ、すごい…錬金釜だ!)
「これも、あたしの師匠に貰ったんだけど、自分ので慣れてるし、大きくてね。
今の流行りは小型でね。
特に、旅をしながら錬金術をする時は、小型のを使うんだ。持ち運ばないといけないからね。
あんたなら、空間収納 があるから、もしかしたら入るんじゃないかと思って。
しばらくは自分のを持つまでの間、古風な釜だけど、使ってみたらどう?
大きいのにも利点があるんだよ。発明家なんかは、好んで使ってるしね」
アーシアは、目を輝かせた。
「も、貰っても、いいんですか?!」
師匠は笑って、場所も空くからありがたいよ、と頷いた。
アーシアは早速、錬金釜をひょいっと空間収納ストレージに入れた。
「まあ、やっぱりアーシアの収納は大きいんだねえ」
師匠と別れて、丁度裏庭に来たついでにテントの錬金をする。雪も、サムくんが火魔法で除雪をしてくれたばかりみたいで、使えそうだ。
金属ポール、撥水性の皮布、これは丈夫なモンスターの皮から特別に作ったもので、防具にも良いかもしれない、と内側にする布、これはアーシアの好みで選んだ、などを用意する。
最後に取り付けるドアとドア枠は、暗いところでも見えるように、少し明るいサーモンピンクにした。
『錬金・組立』
魔法陣が展開して、まず骨組みが組み立てられる。
魔法式も素早く完成させ、格子状にしっかり組み上げる。
二番目の魔法陣が2つ出て、布が合わさっていく。魔法式も増えるから大変だ。俊敏性と器用さがかなり増えたのではないだろうか。
次々に魔法陣が繰り出され、ようやく錬金が終わった。
目の前には、明るいドアの付いたドーム型の砂色の大きなテントが完成していた。
畳むことを考えてないから、サイズはちょっとした小屋並みに大きい。
中に入ってみると、やや狭い一人部屋くらいの大きさで、錬金の作業をするには申し分のない広さだった。
内側の布は、腰のあたりまでは艶のある濃い臙脂色にして、他はキャリーローズの小花柄を控えめに散らせた淡いミントブルーになっている。天井に明かりの魔石を入れるソケットがあり、明かりを灯すと暖かい雰囲気になった。それでも暗いなら、ランタンを吊るしたらおしゃれな感じになるだろう。
(移動工房…素敵な拠点ができたわ、作業台も必要ね、あとは…)
旅立ち後、錬金釜を自分で買おうとは思っていたが、それまで何もできない。師匠から錬金釜を貰えるなんて、本当にラッキーだった。
先ほどのカタリナ師匠の話によると、錬金術師が旅先で作業スペースを借りるのは、簡単ではないようだったので、作業テントを作るのは、正解だった。
なんでも、においや爆発とかの心配をされるそうだ。寝るのには、いざとなったらサバイバルバッグに寝袋があるし、十分だろう。
(あ、でも、猫用ベッドは用意しなくちゃいけないかな?)とアーシアは思っていた。
最初の目的地も『聖なる森』に決まり、春を迎えるころには、アーシアの旅の支度は、概ね整っていた。
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