25 ビッコロ村の日々②
川魚を持ってオーツ家に帰ると、どっと疲れが湧いた。
帰り道は仲良くニーちゃんと手をつないで帰ってきたが、最後のほうはニーちゃんに手を引かれて、連れて帰って来てもらった様になってしまった。涼しい風も魔法で送ってくれるというサービスぶりだ。ニーちゃんは、ほんの少しだが火魔法の適性もあるらしくて、暖かい風も出せるので物を乾かしたりするのに重宝する。
アーシアも『抽出』スキルで水分を抜いたりできるが、仕上がりが微妙に違うのだ。
戻ったら小休憩後すぐ夕飯の仕込みになるので、ハーブティーを飲んで一息つく。これは、春の採取でライヤンフラワーを採りながら、同時に茎と根を水分をその場で『抽出』するという作業で集めた、ライヤンコーヒーという名のハーブティーだ。ライヤンフラワーは向こうのタンポポのような植物だ。
根っこを細かく砕き、焙煎すると、コーヒーに似た感じになる。一度スキルなしで作ってみて、調合スキルで試す。材料に燃料を少々加え『調合』する。
なかなか良い品ができたので、時々作ってはサーシャちゃんの雑貨屋さんに卸させてもらっている。
商品内容はこんな感じだ。
[デイス印☆らいやんコーヒー(食料品):(品質B)ノンカフェイン 母乳の分泌促進、利尿作用、便秘、冷え性改善、肝臓の働きを助ける (味)やや苦い/茶葉(出来上がり数量)400g×2パック/(特性)リフレッシュ]
たんぽぽコーヒーのように、お母さん向けのコーヒーができた。
さて、食事の準備だ。今日は釣ってきた魚をメインにしよう。
[夏メカワ(魚類):美しい体色と斑紋が特徴的 サケをやや淡泊にしたような味/ 淡水魚の中でも上品で繊細、さっぱりとした味わいの魚/ 塩焼き、唐揚げ、ムニエルに良 ]
30㎝程の夏メカワを三枚おろしにし、半分はハーブ塩を塗す。
もう半分は薄く切って、玉ねぎのスライスと一緒にりんご酢に蜂蜜を隠し味に、漬け込んでマリネにする。その間に、ライ麦麦芽を『調合』で発酵させ、ニーちゃんのあったかい魔法の手を借りて、サワー種を作り、パン生地を作っていく。生地をパン型に入れ、石窯オーブンに入れて焼く。この地方で有名な黒パンの出来上がりだ。もっと時間がかかるのだが、錬金術でスーパースピードアップできる。
塩を振っておいた方の魚は、水分をやさしく拭いて、粉を丁寧に塗し、フライパンに油とハーブを練り込んで作ったバターを入れて熱し、メカワを皮のほうからジュッと焼いていく。一緒にキャリーローズ(茎葉の部分)も入れて、裏返して丁寧に焼く。ハーブとバターの良いにおいがしてくる。
パンも頃合い、特有の香ばしく甘いにおいがしてくる。本当は黒パンは切りやすいように冷ましたほうがいいのだが、今日は慎重に切ってそのままいただく。
「ただいまあぁ~おや、いい匂いだね!」
師匠が納品から帰ってきた。「お腹がすくねぇ」そう言ってゴソゴソと納屋のほうへ行く。
夏メカワにキャリーローズを添えた香草ムニエル、黒パンに、同じくメカワのカルパッチョ。蜂蜜とカラシーナから作った粒マスタードでカロット(人参風の野菜)のラペ、羊のヨーグルトを添えて完成だ。ヨーグルトには、柚子に似た果物のコンポートを少し乗せる。飲み物にはミルクいっぱいのライヤンコーヒーを、テーブルに置いた。師匠が納屋からワインとチーズを、ニヤニヤしながらいそいそと持ってきた。
「「「「いただきまーーーす!」」」」
ムニエルは、中がふんわり外側がカリッとして、ハーブとバターの香りでとても美味しかった。
カロットラペも、ピリッとして、ちょうどいい歯ごたえがあり、カルパッチョもさっぱりとして箸、じゃないが、が進む。黒パンも若干ボロボロするが、風味がよく酸味と甘みが好みだった。
(う~ん、いい味だ)
「おいしいね!アーシアが釣ってきたの!」
子供向けのメニューじゃなかったかもなと、アーシアは心配をしたが、二人とも嬉しそうに、どんどん口に頬張っていた。
サムくんは、黒パンにチーズとカルパッチョを挟んで、軽くぎゅっとつぶしてから、大きく口を空けて食べている。
師匠は、カルパッチョを摘まみながら、出してきたワインをぐびぐび飲んでいた。
「お母さん!また、お酒飲んでる!」
ニーちゃんが、呆れたように言うと、師匠は笑って、
「ぶどうのジュースだから!大人用の、ぶどうのジュース」
と、ふざけていた。
夕食が済んで、もう休むだけになると、カタリナ師匠がついと手招きした。
アーシアが頷いて傍に行くと、真面目な調子で、
「ところで、アーシア。あんた、学園に興味はあるかい?
アーシアは、もう何でも一人でできるようになっててね…ここで、教えることももうないんだよ……
それにさ、あんたは、…ずっとここじゃ、もったいない。
それに、自分で商売ができるように資格も取らないとね……
きっと、あんたなら、学園も飛び級して早く出てこれるよ」
言葉を一言一言確かめるように、師匠は言った。
「学費もね、すこしばかりあるんだよ。あんたが納品手伝ってくれたりしたお金もまとめてね…
村の人も、アーシアがお手伝い頑張ってくれるから、カンパしてくれたりもしたんだよ」
ずっと、考えていたことらしい、かなり長いことかけて、用意してくれたのだろう。
アーシアは、じっと身動きせずにカタリナ師匠の言葉を聞いていた。
嬉しくて、感動して涙があふれそうになった。
「まぁ、まだ入学は先だけど、準備もあるだろうからね」
そう言うと、カタリナ師匠はアーシアの横に来て、肩を二度ほど優しく擦って部屋を出て行った。
バターミルク:バターを作るときに出るもので、ビッコロ村のような田舎の一般家庭でバターはこれを指すことが多い
黒パンは、ロシアのボロジンスキーというのをイメージしています
キャリーローズ:こちらのローズマリーのようなハーブですが、この名前だと薔薇っぽいですね
お読みいただきありがとうございました 土日は2話更新予定です 読み飛ばしに、ご注意ください
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