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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第八章 わたしのアルディア 選択と祈り
208/208

201希望の光、旅の空


 本部報告。端的に言えば、魔王の配下、

 魔族ドゥッケ=リリ

(以下、蛇結茨のドゥッケ、レディD、リリス、ダフネ・トラシオン)は討伐された。

 魔王の欠片については、ドゥッケ=リリの実験で危険な毒性があったが、無害に宝玉化した状態だ。

 (すべ)て、我が部所属の“放浪の錬金術師”の尽力による。なお、アジトは壊滅し、(わず)かに残骸を残すのみで何もない。


 宝玉は通常通り、ヴァスキス神聖国の大聖殿に納められることになるだろう。

 これで死の原も安定し、モンスターもようやく通常の数に戻るだろう。

 本来ここは資源も豊富で狩猟に適した土地、危険さえなくなれば人々が利用できるようになるはずだ。


 ……それに、今期の勇者は助かったな。

 前魔王の残滓を俺たちが片付けなければ、勇者の討伐の旅はもっと悲惨なものになっていただろう。


 “放浪の錬金術師”がこの件を片付けたことについては、なるべく騒ぎ立てないように。


 よろしく頼むよ。


 ヴィクトール・ビィドメイヤー特級錬金術師


 追伸、僕もそろそろ隠居するからね~ 旅にでも出るよ。アデュー!




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ウフフ……」


「あら、機嫌が良さそうね」


「だって、ほら、糸の(もつ)れが……すっきり。ほぐれたんでございますもの。

 調律が良いと、ほら、糸車もよく回りますわ」


「ええ、あの子たちのお陰ね。姉さんも尽力の甲斐があったわね」


「ふふ。わたくしは、そんなにしていませんわ。

 貴女の方こそ、こそこそ何かしていたのではなくて?

 ……()()()()()()?」


「わたしって、つい魅力が(あふ)れてしまって……

 何もしなくてもちょっとだけ周りが幸せになれるのよ。

 ――ちょっとだけよ。


 ……それよりも、かまどのご婦人、ウェスタさまよ。あの子に強めの加護を与えたのは」


「あの方は、お優しい……ですが、積極的に加護を与えるとは珍しいですわね」


「ダカラ偏屈ヤロウ、アノ子ニ気ヅカナイ」


「それにしても、ふふ、可笑しいわね。

 あの飄々(ひょうひょう)とした男が慌ててふためいて帰って来て。見ものだったわ」


「ええと……ああ、オブセルウスのことを真面目だからってほったらかしたりするんですもの……

 仕方ありませんわ。神殿を混乱させたのですから、少々頑張って貰わないといけませんわ」


「偏屈オブセルウス、頭カタイ、仕事デキナイ。ソノ師匠ハ、ヘイムダッル?」


「ええ、そうよ」


()イノ、ヨク見テ無イカラ」


「うふふ、ホワイトでしょ。地上での彼は、アス・ホワイトっていったかしら。

 あれでも、”冥府(めいふ)御仁(ごじん)”の次に忙しいのよ。だから、そういわないで……

 彼は、魔王と勇者だけのことだけをオブセルウスに任せているけれど、他は総て自分で見に行っていますのよ」



「……冥府ニ、在ルベキ者、戻ッタ」


「ええ、そうね。少々難儀(なんぎ)をしたみたいだけどね」


「あんなに立派に祝詞(のりと)を奉じられたのですもの……

 滅多にあることではございませんわ。冥府の御仁も、お悦びでございましょうよ」


「それにしても、彼女を見ているのは、楽しいわね。今度は何があるのか。

 ……ところで、あの娘、種族は一体何になったのかしら?」


「ワカラナイ」


「ふふ、そうね。それも含めて、楽しみというものでございましょう……

 寿命も長いのですもの。――長くて美しく、たくましい糸ですわ。

 きっと、楽しく過ごしてくれると思いますわ」


(たの)シミ」


「本当にそうね」



 姉妹の手元は忙しく、けれど優雅に、金糸に様々な色を交えた糸を紡いでいく。

 赤茶色の切ったばかりの終いの糸は、仕舞い忘れの濁った糸くずを幾重も(まと)い、絡んだままに、丁寧にそっと束ねられて脇に置かれている。

 新しく紡がれた虹色のような運命の糸は、金の光を纏って、姉妹の指を心なしか楽し気に滑っていた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 午前の光が、工房の入り口に降り注ぐ。アーシアは、爽やかなその光とそよ風の中、移動工房でお店の支度をしている。


 入り口の横には待合の椅子を並べて置く。

 可愛らしい色の扉は、開いたままに、中に入って、準備を続けた。


 入って直ぐにはチーク材の磨かれて艶のあるカウンター、その横には出入りの出来る板がついている。

 右の奥には、古びているが立派な錬金釜、折り畳みの椅子と作業台もあった。その横には水瓶と、少し離して料理も出来るストーブが置いてある。


 釜の手前にはカウンターと揃いの薬品棚と、飾り棚付きキャビネットが置かれている。

 反対側には、紐を巻き付けた柱が幾つもある、奇妙な大きな置物が鎮座(ちんざ)している。これは、店主の従魔の居場所になっていた。

 その猫の住処(すみか)の後ろには、ひっそりと不思議な鞄が飾ってあった。見たこともない布地で出来た大きなリュックのようなもの。


 この店の店主アーシアは、うら若い錬金術師だ。

 紺色に赤と白の縁飾りのついたワンピースの上に、白いエプロンを結んだ。頭には三角巾。

 彼女は狭い店を(ほうき)を持って床を掃くと、棚やテーブルを拭き、せっせと手早く掃除した。

 錬金釜の不思議な残り香と、黒鉄色のストーブの火に掛けた、ポットの蒸気の匂い。

 そして、カウンターに美しい白地に藍の模様の入った鋳物の宝石のような小さな花瓶に、可憐なスズランを入れて飾った。


 カウンターに差し込む清涼な光は、その琺瑯細工の花瓶を照らし、スズランの白さを際立たせ、きらきらと輝かせた。


 アーシアは、カウンターの上に、綺麗な緑と黄色のリボンを取り出した。リボンの端が金色に光る。


(うん、これがいいわ。ニーちゃんによく似合いそう。

 結婚の贈り物は、これで結ぼう……包装紙は何がいいかな……)


 あと、数カ月でニーちゃんの結婚式だ。

 カタリナ師匠も、セドゥーナ国のポルタベリッシモにやって来る。

 アーシアは、微笑みを深めた。


「あ、いけない!」


 カウンターの端に置いた小さな時計を見る。これも花瓶とお揃いの琺瑯製だった。

 アーシアは慌ててカウンターを出て、壁に立て掛けてあった黒板の看板を表に出した。


 そこには、黄色い文字と可愛い白猫と子猫三匹のイラストに、



 ❝飛び猫・錬金工房❞



 と、書かれていた。その看板を入り口と待合椅子の横に置いた。

 猫たちの顔がポーションの瓶と一緒に、にっこりと笑っていた。


 しかしその可愛い工房テントは、人も居ないような草原の只中にあった。

 しかも奥には死の原の荒野が続く場所だ。


 工房の入り口から真っ白な長毛猫が、誇らしげにふさふさの尻尾を上げて出て来た。


「ニャーン!」『気持ちい風なんだぞぅ!』


「うん、そうだね……」


 広い草原の向こうに青い空が広がり、東雲を白く淡くたなびかせている。

 何処(どこ)か遠くの森からか、草の匂いと共にスイカズラの甘い香りが風に乗ってふわり届いた。


 太陽はゆっくりと東の空を照らす。

 ここは、ついこの前まで、荒れた岩地だったが、いつの間にか若い草が生えて来た。


 マドカをそっと抱っこする。その雲のような白い柔らかな毛並みから陽だまりの匂いがした。


 広い空に、青と白の鳥が、チチチと鳴きながら飛んで行った。


 もう、世界は静かに動いている――そんな気がした。



(うん。世界は広い。――旅をしよう! 異世界中を見て回ろう!)



「さあ、お店を開店しよう。今日は何を作ろうかな?」


『あたち、おはぎが食べたいわ!』

『ぼくは、コッコカリス』

『……ヨシは、お腹が空くんだなぁ』


『おい、おまえたち!ご飯のことじゃないんだぞぅ』


「でも、マドカも食べたいでしょ? 何が食べたいかな?」


『あー、お、おいらは……』


 柔らかい風の中で、猫たちとアーシアの笑い声が楽し気に、いつまでも響いた。

 東から昇る暁の光は、暖かく、新しい朝を照らしていた。





 ある時から、巷ではひっそりと噂が立っていた。


 不思議な移動工房があった。そこは、大変人気の店だ。

 とても賢く可愛い看板猫がお出迎え。


 いつどこで営業するか分からないが、

 とてもよく効くポーションと、

 ちょっと便利で、素晴らしく質のいい錬金製品が手に入る。


 もし、あなたが運が良ければ、そこの店主の自家製の料理が楽しめる。

 錬金製品ではなく、その店主が作る料理を楽しみにしている客もいるという。


 ――噂の錬金工房は、いつの日か、あなたの町にもやってくるかもしれません。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ――”放浪の錬金術師”の記述は少ない。


 どこからともなく現れ、人を助けて回るという。

 世界中を旅してまわり、多くの人々の力になった。

 注意深く歴史の紐を解いたなら、かの錬金術師の姿がアルディアの発展の影にひっそりと在ったことを、きっと見出すことができる。


 その軌跡はそれこそアルディア全土、そこかしこに広がっているのだ。


 まさしく名の通り、”放浪”の錬金術師であった。


 その名は、人々のしあわせにそっと寄り添い、今もなお息づいている。



~fin~


長い間、お読みいただきまして、ありがとうございました

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